小雨の中 久し振りに畑に出かけました
ところが 途中で ワイパーも役に立たないほどの豪雨に見舞われました
そのまま帰るのも残念なことです
帰路にあたる「谷中霊園」へ寄ることにしました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/b7/2737a9f9960ee6d0ebf34916d43ceb81.jpg)
少年時代の夏休みの思い出は ここ谷中に尽きると言っても過言ではありません
1日5円の小遣いは アイスキャンディーとして消えました
10人前後の仲間と 徒歩でやってきました
昆虫採集 駆逐水雷 宝さがし この広い通りでの紙芝居・・・
あらゆる遊び それも全身を動かしての遊びに終始したものでした
昭和20年代・・「3丁目の夕日」前夜のことです まだ焼け跡が残っていました
この場所にも 思い出があります
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/02/c2ad496ab1f63b32783c0ca413776084.jpg)
いまは 天王寺五重塔の敷石だけが残っています 交番の裏です
寛政3年(1791)誕生 総ケヤキ造り 35米の高さを誇った谷中のシンボルでした
関東大震災 東京空襲も免れた五重塔でした
それが 昭和32年7月 心ない放火犯によって 焼失しました
幸田露伴の「五重塔」でも有名な塔でもあります
遠足の帰り 集合写真の背景にもなっていました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/2f/3d77aec603f7564c1e820705fcc03b0c.jpg)
そして 谷中といえば徳川家です
白い部分が 徳川家の墓所です
中でも「最後の将軍」徳川慶喜の墓所が有名です
久し振りに 寄ってみることにしました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/89/2e406de40a40278ed947b23dc2702b82.jpg)
こちらが近道です
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/f0/acd3087ee3f3f086845c81647203aa94.jpg)
お馴染み 葵のご紋が迎えてくれました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/ee/ca51f8e56f68dbb6d57cb02dcd989c81.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/90/635726877e8e4831d45b883bf6829935.jpg)
この写真の 左側が慶喜公の墓です これ以上は近寄れません
明治に入ってからの 晩年の慶喜公
当時はまだ珍しかった 写真撮影を趣味にされていたそうです
明治時代の東京 人々の暮らし 景色 風俗など 貴重な記録として現存しています
この日も雨にもかかわらず 私のほかに カメラを構える初老の男性がいました
デジカメです やはり 遊び心旺盛なブロガーでしょうか
ガラス乾板を多用した 当時の新進カメラマンの慶喜公
この地下で どのような思いを抱いて デジカメを見ているのでしょうね
検索をしていただくとおわかりのように 谷中には有名人の墓所が数多くあります
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/2e/48a1828cd50866f227bd76b1047382e5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/14/27f241802b8df721ca208a1ab5d23929.jpg)
戦後の名宰相 鳩山一郎 薫さん夫妻が眠っています
花にはお目にかかれませんでしたが 有意義なひとときになりました
ブログをやっていなければ ドライブだけの日曜日だったでしょう
ちょっとだけでも 行動してみる
これも ブログの効用ですね
谷中から見たJR日暮里駅です 常磐線です
ニッポリと読みます
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/43/e723f2ca1e916656f347d753cb8669de.jpg)
豆腐料理の名店「笹の雪」
相撲部屋の「武蔵川部屋」は この近くにあります
ところが 途中で ワイパーも役に立たないほどの豪雨に見舞われました
そのまま帰るのも残念なことです
帰路にあたる「谷中霊園」へ寄ることにしました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/b7/2737a9f9960ee6d0ebf34916d43ceb81.jpg)
少年時代の夏休みの思い出は ここ谷中に尽きると言っても過言ではありません
1日5円の小遣いは アイスキャンディーとして消えました
10人前後の仲間と 徒歩でやってきました
昆虫採集 駆逐水雷 宝さがし この広い通りでの紙芝居・・・
あらゆる遊び それも全身を動かしての遊びに終始したものでした
昭和20年代・・「3丁目の夕日」前夜のことです まだ焼け跡が残っていました
この場所にも 思い出があります
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/02/c2ad496ab1f63b32783c0ca413776084.jpg)
いまは 天王寺五重塔の敷石だけが残っています 交番の裏です
寛政3年(1791)誕生 総ケヤキ造り 35米の高さを誇った谷中のシンボルでした
関東大震災 東京空襲も免れた五重塔でした
それが 昭和32年7月 心ない放火犯によって 焼失しました
幸田露伴の「五重塔」でも有名な塔でもあります
遠足の帰り 集合写真の背景にもなっていました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/2f/3d77aec603f7564c1e820705fcc03b0c.jpg)
そして 谷中といえば徳川家です
白い部分が 徳川家の墓所です
中でも「最後の将軍」徳川慶喜の墓所が有名です
久し振りに 寄ってみることにしました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/89/2e406de40a40278ed947b23dc2702b82.jpg)
こちらが近道です
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/f0/acd3087ee3f3f086845c81647203aa94.jpg)
お馴染み 葵のご紋が迎えてくれました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/ee/ca51f8e56f68dbb6d57cb02dcd989c81.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/90/635726877e8e4831d45b883bf6829935.jpg)
この写真の 左側が慶喜公の墓です これ以上は近寄れません
明治に入ってからの 晩年の慶喜公
当時はまだ珍しかった 写真撮影を趣味にされていたそうです
明治時代の東京 人々の暮らし 景色 風俗など 貴重な記録として現存しています
この日も雨にもかかわらず 私のほかに カメラを構える初老の男性がいました
デジカメです やはり 遊び心旺盛なブロガーでしょうか
ガラス乾板を多用した 当時の新進カメラマンの慶喜公
この地下で どのような思いを抱いて デジカメを見ているのでしょうね
検索をしていただくとおわかりのように 谷中には有名人の墓所が数多くあります
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/2e/48a1828cd50866f227bd76b1047382e5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/14/27f241802b8df721ca208a1ab5d23929.jpg)
戦後の名宰相 鳩山一郎 薫さん夫妻が眠っています
花にはお目にかかれませんでしたが 有意義なひとときになりました
ブログをやっていなければ ドライブだけの日曜日だったでしょう
ちょっとだけでも 行動してみる
これも ブログの効用ですね
谷中から見たJR日暮里駅です 常磐線です
ニッポリと読みます
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/43/e723f2ca1e916656f347d753cb8669de.jpg)
豆腐料理の名店「笹の雪」
相撲部屋の「武蔵川部屋」は この近くにあります
長年、東京に住んでいるオヤジさんならではの思い出と博学さから教わること(谷中墓地と徳川慶喜公など)が絶妙にいいのです。
そして過去ログの中には漢字バトンに箱男調査に、と相変わらずの好奇心いっぱいのオヤジさんぶりに、思わずにっこりです
いまだ実行できません(笑)
デジカメもリンクをはるところもますますブログの達人になられましたね。
谷中霊園ですか。
クリックしてみたら名前が沢山並んでいました。凄いですね。
そうですね。
誰でもブログの記事にしたいという目的がなければ、雨の中を寄り道なんてしないでしょうね。
『17歳バトン』以前のオヤジな私様がアイスキャンディーをくわえながらこの辺りを走り回る様子が目に浮かんできましたよ。
今日もサービス精神旺盛なオヤジな私様でした。
研修です。
ご返事は後ほどさせていただきますね。
すみません。
最初の写真の並木は桜ですか。毎年春には凄いでしょうね。
どの写真も雨上がりと言うのか緑が綺麗でに映し出されています。
子供時代の愉しい思い出がたくさん詰まっているようですね。
天王寺五重塔、現存していれば観光のポイントになったでしょうに、何時の世にも心無い人がいますね。
徳川家、鳩山家、長谷川家など凄い墓が並んでいることでしょう。田舎住まいには想像もつかないですね。
何時も変わらぬ東京の紹介ありがとうございました。
研修会ご苦労さんです。
雨に濡れた並木道、緑滴る風情がいいですね。
少年時代の思い出の箱のような場所なのですね。
思い出にたどり着けるのは、やはり霊園として、変わることなくここに眠っている人の魂の安らぎの場所だからの様な気がしました。
日暮里、高校時代近くに住んでいたとても綺麗な1年上の人が、お父さんの転勤で、東京に行きました。時々文通していたのが日暮里の地名のある封書だったことを思い出したした。
4年も暮らしたのに、いったい私はどこを歩いていたのでしょう・・・。
それでも、東北本線は上野が終着でしたから、山の手線にのって日暮里はよく通りました・・・。なんて、しゃれた読み方をするものだと、ぼんやり思っていましたよ・・・。
お相撲は父も私も大好きで、国技館にはよく出かけましたし、築地から長いお相撲さんの行列を追いかけていたこともあります。麒麟児と琴風のファンでした・・。
話が横にそれてしまってごめんなさい。
急に学生時代が懐かしくなりました。キャンパスの思い出に他に、仕事で上京してきては、娘に付き合ってくれた父親のことを思い出しました。
私のお小遣いも5円か10円、あましょくや味噌パン、
のしいか、棒アイスをかっていましたよ!忍者ごっこ、月光仮面ごっこに風呂敷ははずせないアイテムでした・・・
好きなのは戦前からの風情が残っている「東京」です。
今後も、そういうブログになりそうです。
よろしいでしょうか。
ブログを始めてから、億劫がらずにひょこひょこ出歩く自分がいます。
自分で驚いていますよ。
予想外の嬉しい効果です。
お互いに、花の勉強をしていきましょうか。
風情がありますよ。
森まゆみさんの「谷根千」というタウン誌に詳しいです。
農夫さんと、来春こそいかがですか?
ロッテのG退治、ありがとうございました。
今夜も、おいしいヤクルト、ゴクゴク飲んでるようです(笑)