おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

荒野へ

2017-10-21 11:04:53 | 日記

 ジョン・クラカワーの「荒野へ」を読んでいる。この前、レンタルビデオ屋で借りてきた映画「イントゥ・ザ・ワイルド」が、思ったよりも面白かったからだが、原作は以前読んだことがあったのに、その時には少しも印象に残らなかったのだ。というのも、当時は冒険もののドキュメンタリーばかり読んでいたので、放浪の末に死んでしまった若者の話に興味が湧かなかったのだろう。

 話の概略は簡単だ。大学を卒業した若者が、すべてを捨てて身ひとつで放浪した末、準備不足のままアラスカの荒野に踏み入り餓死してしまうのである。事件当時も、アメリカでは単なる馬鹿者と捉える人もいたし、高邁な理想に燃えた情熱的な青年として捉える人もいた。原作を読むと、どちらかに分類できるほど単純ではなく、高邁な理想に燃えた殉教者であるとともに、野心あふれる自信家の側面があったようだ。

「あなたは家にまっすぐ帰ることばかり考えていました、くる日もくる日も、目にしている同じ場所へ一散に。そのために、神がぼくたちに発見させようとして周囲に配置してくれたすばらしいものを、あなたはなにひとつ発見できないのではないかと思います」

 原作のクラカワーに他の作品はないかと調べると、「空へ」というノンフィクションがあった。登山家としても活躍していた作者は、エベレストの登山隊にジャーナリストとして同行する。その登山隊がエベレスト史上最悪の遭難事故を起こし、多数の犠牲者を出した。作者は当事者のひとりとして取材を重ね、「空へ」を書いたという。

 というような解説を読んで、あれっと思った。同じような映画を最近観たなと思ったら、「エベレスト」という最近公開された映画の原作だったのだ。

 ちなみに映画「イントゥ・ザ・ワイルド」を監督したのは、ショーン・ペンだが、彼は僕のお気に入りの映画「LIFE!」でカメラマン役として出演していた。なんだか、いろんなところでいろんな人たちが繋がっている。

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冬を前に

2017-10-20 11:00:43 | 福島

 10月だというのに、気温はようやく10度を超える程度で、夏をすっ飛ばしていきなり冬になってしまった。

 散歩に出ると、冬になると頻繁に見かけるようになるジョウビタキのオスが2羽、縄張り争いでもしているのだろうか、くんずほぐれつしながら飛んでいた。木の上では、モズが尻尾をフリフリしている。カワラヒワの群が、コロコロコロコロ鳴きながら、電線に止まっている。冬になると里に降りてくる冬鳥たちの姿を、急に見かけるようになった。ニュースでは、近くの阿武隈川に白鳥が飛来したと言っていた。

 柿の木は、突然やってきた寒波のせいか、実は赤く熟しているのに葉っぱはまだ緑色をしたものがある。我が家の裏にあるウメモドキの木も、赤い実をたくさんつけているが、葉っぱはまだ緑色だ。そこにヒヨドリがやってきては、激しく雨の降る中、せっせと啄んでいる。

 

 夏の間は餌を置いてもほとんど野鳥は寄りつかないが、寒くなってくると餌になる虫が少ないのか、給餌台のヒマワリのタネを目当てにシジュウカラがやってくる。

 秋になると、厚着をするには早いし、かと言ってちょっと何か羽織りたいと思うので、ここ何年もダウンのベストが欲しいと思っていた。が、なんとなく我慢しているうちに本格的な東北の冬を迎え、ベストを買う機会を逸していた。今年は早々に寒くなったので、思い切ってダウンのベストを買った。これで、ちょっと散歩に出るときなんかには便利なのだ。

 というようなわけで、急に夏に逆戻りしたりせず、しばらく寒い日が続くのを望むアベさんなのであった。

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ストーブをつける

2017-10-19 11:17:35 | 福島

 10月だというのに、今日の最高気温は11度の予報だ。おまけに朝からシトシトと雨が降り、ちっとも秋らしい気配がなく、足元から冷え冷えとしてくる。

 ドリはすっかり食欲は戻ったとはいえ、相変わらず下痢気味で、ずいぶんと体重が落ちてしまった。見かけはゴールデンレトリバーというよりは、ヤギに近い。脂肪がなくなった分、寒さが身にしみるようなので、今年は早々とファンヒーターをつけてやった。コタツにも布団をかけると、ドリは頭から潜り込み、のぼせないように尻だけ外に出している。

 九州では山の上はともかく、真冬でも10度を下回る日が少なく、最低気温が氷点下を下回らないから、今日の気温なら1月2月の気温だろう。東北の外れとはいえ福島の冬は、最高気温でもひと桁、最低気温となると氷点下になることが多い。今日の気温は11月下旬から12月にかけての気温というところか。とにかく、ふた月は季節が一気に進んだ感じだ。

 この前、テレビで映画「デイ・アフター・トゥモロー」をやっていた。地球温暖化が海流の変化を招き、突然地球が氷河期に突入してしまうという話だ。

 気候変動などの環境の変化というのが、徐々にやってくると思っていたら大間違いで、ずっと入れていた風呂の水が、ある瞬間に溢れ出すのと同じで、ある点を境にガラリと様変わりし、元へは戻れない。昨日大丈夫だったから、という話は、人間の体を含め、自然界には通じない。

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初めての拒否

2017-10-18 10:27:07 | 福島

 ドリの下痢が続くので、胃腸を休ませるために1日絶食にした。そのあと、ご飯をあげると、がっついて食べた後で調子が悪くなり、震えがきている。こりゃ大変と、急遽お店を閉め、動物病院まで車に乗せて行く。途中、案の定漏らしてしまい、ドリばかりか車の中まで大変なことになってしまった。

 診察を受けて家に帰ると、ガブガブ水を飲んだあと、吐いてしまい、そのあとは丸まったまま動かない。朝の散歩も体を起こすのが億劫なようなので、トトだけを連れて散歩に出た。

 朝、少しでも食事をとってもらわなければ体力が落ちるからと、ドッグフードの缶詰を開けひと口ふた口食べさせたが、今まで食べていたカリカリには目もくれず、食事を拒否した。どんなに体調が悪くても、未だかつて食事だけは絶対に欠かしたことのないあの食いしん坊のドリが拒否するとは、きっと天変地異の前兆なのだ。

 お昼になると、たっぷり寝たのが幸いしたのか、ごそごそと起き出すと缶詰を食べた。さすがドリ、食欲だけは体力以上にあるみたいだ。とにかく体力が落ちるのが老犬にとっては最悪なので、食欲が戻ったことでひと安心だ。この調子なら、明日には元気を取り戻し、散歩に出られるようになるかもしれないと期待しているのである。

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キツネの映画を観る

2017-10-17 10:34:11 | 福島

 用事があってホームセンターに行くと、中古DVDを売っているコーナーがあったので、見るとはなく眺めていると、「キツネとわたしの12ヶ月」という、明らかにファミリー向けのDVDがあった。こんな映画を作るとしたらディズニーくらいしかないだろうと手に取ってみると、なんと昔観て大感激した「皇帝ペンギン」の監督さんの次の作品ではないか。「皇帝ペンギン」を観た人は知っているだろうが、ドキュメンタリー映画としてはおそらく画期的な映画で、僕は箱入りのプレミアム・エディションのDVDまで買い、撮影の裏側まで観て感動したのだ。

 で、「キツネとわたしの12ヶ月」は、どこかのレンタルビデオ屋さんのお古らしく、妙なラベルが貼ってあったり、パッケージが焼けて白っちゃけていたりするのだが、200円ちょっとという値段なので買わない手はない。早速、家に帰るとDVDをセットして鑑賞会だ。

 「皇帝ペンギン」で世界的な大ヒットとなった前作を受けてか、今度は十分な予算が組めたようで、映像は頭から終わりまで、信じられないくらい目の行き届いた繊細で美しい風景ばかりが映し出され、キツネの表情もどうやって撮影したのかと思うようなものばかりだった。

 登場人物は、人間ではほぼ少女だけ。あとは狼や熊や穴熊や鹿といった野生動物。淡々としたナレーションで、物語は野生のキツネをどうしても撫でてみたいと思った少女と、キツネの1年間の物語だった。

 日本でも、よく動物を主人公とした映画は作られるが、大概がお涙頂戴ものか人情ものになって、見ているほうが冷めてしまうことがよくある。日本人は、どうも突き放した冷静な描写というのが苦手なようだ。

 アメリカ映画といえば、エンターテインメントな豪華な作品は多いが、人生の機微に触れるような映画では単純すぎるものが多い。フランス映画は、ドラマに関しては昔のような勢いはなくなったが、環境や野生動物などのドキュメンタリー映画の分野に関しては、いいものがたくさんある。

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自己抑制

2017-10-15 11:19:23 | 日記

 連日テレビで東名高速で起きた事故のニュースが話題になっている。高速道路上で後続の車の進路を遮り停車させたところにトラックが突っ込んだ事故で、事故の張本人となった人物が過失致死罪で起訴された。道路交通法では、危険運転致死罪には問えない可能性があるという。が、これは事故ではなく、列記とした暴力事件であることは誰の目にも明らかだ。道路交通法で裁こうとするから、誰もが違和感を感じるのだ。

 近頃はちょっとしたことでキレる人間が増えたというのは、どうやら世界的な状況のようで、アメリカでは理由もなく、コンサート会場に向かって発砲するという前代未聞の事件が起こった。

 科学の発達が、現代の文明社会を作り上げてきたと考えられがちだが、文明社会が存在するためには、実は人間ひとりひとりの自己抑制力が必要だ。それぞれが好き勝手なことを始めたら、社会はすぐに崩壊するのは誰だってわかることだろう。

 この自己抑制力を人類が獲得するために生まれたのが、宗教だという説もある。 人間は神様の前で、礼儀やモラルやタブーを発明した。ドストエフスキーは「罪と罰」の中で、主人公の殺人犯に、「神様がいないのならば、すべてが許される」と言わせた。

 これから、再び宗教が幅を利かす世の中になる可能性は少ないだろう。人類は神様からは自由になった代わりに、どうやって自己抑制の力を維持していくのだろうか。多くの人が頼りにしている「法」というものは、おそらく役には立たない。

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ドリじいさん

2017-10-14 12:01:18 | 福島

 5月の旅行から帰ってくるのを待って、ドリの手術をしてもらった。おしりと肛門の近くのコブを切除するためで、手術自体はその日のうちに終わった。

 が、その影響があるのかないのか、アレルギー性の皮膚病になり、お腹も壊しがちだ。アレルギーの薬が胃腸の負担になったのかどうかは、素人判断ではわからない。何度も動物病院に連れて行き、診察を受け検査をしてもらっても、胃腸には菌も虫もいない。獣医さんも元気だから問題ないと言う。

 いつも重い病気の動物を相手にしている獣医さんにとっては、元気なうちかもしれないが、飼い主にしてみると、ほんの少しの異常も気がかりで仕方ないのだ。老犬なのでどこかしらおかしなところがあっても不思議はないのだが、飼い主はいつまでも元気で長生きしてもらいたいと、それだけしか考えていないのである。

 動物病院では原因がわからず、ネットで同じ症状の犬を見つけては、効果があったという薬品を取り寄せたりしている。人間用の整腸剤がいいと聞けば与え、図体のでかいドリなら小児用の下痢止めがいいかもしれないと注文する。

 それでも今のところ一進一退で、よくなりかけたと思ったら、また元の症状に逆戻りということを繰り返している。

 先月には、近所で飼われているドリと同い年のゴールデンレトリバーが原因不明の急死をし、ますます心配が増す今日この頃なのである。

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魅力度ランキング

2017-10-13 11:24:56 | 福島

 「地域ブランド調査2016」が発表されていた。なんのことかと言うと、都道府県の魅力度ランキングらしい。らしいと言うのは、魅力度というのが今ひとつ具体的ではないので、ぼんやりとしたイメージということなのだろうと想像するしかない。そもそも認知度が低い都道府県は、ランキングが下位になるに決まっているから、なんの調査なのか怪しいものだ。

 例えば、これが「一度は住んでみたい都道府県」だとかなら、自分が今までに住んでいない土地を指しているし、「一度は訪れたい都道府県」なら、未だ足を運んだことがない土地だということになる。ところが、「あなたにとって最も魅力的と思われる都道府県はどこですか」という質問になると、本当は47都道府県すべてに行ったことがある人しか答えられないんじゃないかと思う。

 「今年観た映画で一番良かったのは」とか「今年読んだ本で一番面白かったのは」というようなランキングも同じで、1年間で数本しか映画を観ない人、数冊しか本を読んでいない人に質問しても、ランキング形式にするにはあまりにお粗末すぎる。結局のところ、観客動員数や販売部数の多さと比例するのは目に見えているのだから。

 で、最も魅力的な都道府県ランキングの結果は、1位北海道、2位京都、3位東京、ワースト1は茨城、2位は栃木、3位は群馬だった。なんだかなあ、お金を使って調査する必要があるのか。

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犬の接し方

2017-10-12 10:21:59 | 福島

 ファーブル昆虫記やシートン動物記と言えば、大概の人が子供の時に一度は目にしたことがあるんじゃないだろうか。しかしながら、僕などは読んだ記憶はあるものの、内容はちっとも覚えていない。かすかにフンコロガシや鹿やオオカミの話があったなとは思うものの、それ以上思い出すことはできない。

 考えてみれば、そうした子供が読む本と言われているものも、大のおとなが精魂傾けて書いた本である。おとなが読んで面白くないわけがないと思うが、不思議とおとなになって真面目に読み返そうとはしない。もったいない話なのである。

 アマゾンで極北の動物の本を探していたら、シートンが書いた「愛犬ビンゴ」というのがあったので、極北とは関係ないが買ってみた。犬のことが書いてあるとなると、食指が動いてしまう。早速本を開くと、シートン動物記にある話のひとつらしい。表題のビンゴの話は40ページほどで、すぐに読んでしまった。

 19世紀のカナダの話なので、犬の飼い方が今の日本では想像できないのだが、放し飼いは当たり前として、オオカミと戦ったり、鹿を餌にしたりとペットというより野生動物なのである。そんな中でも、人間と犬の絆が描かれ感動的な結末なのだが、読後感じるのは、時代や国によってこんなに犬の飼い方が違うのかという思いである。

 植村さんの「極北を駆ける」では、犬ゾリでの冒険旅行の話なのでエスキモー犬が中心になるが、犬を甘やかすことは、死に直結するという厳しい世界だ。言うことを聞かなければ、棒で引っ叩いてでも言うことを聞いてもらう。餌は腹一杯食べさせると、吐いてばかりでソリを引くことができないので、決して満足に食事を与えることはない。ある時には、犬ゾリ冒険の途中で弱った犬を元気な犬と交換しなければならなくなった時、エスキモーに譲ってくれと言われ引き取ってもらう。と、翌日には食べられてしまい、毛皮は衣服へと変わってしまっているのである。

 植村さんも、単独の犬ゾリ旅行で食料がつき、居住地はまだまだ先だという状況になって、今日にでも弱った犬から人間と犬の食事として犠牲にしなければならないという時に、覚悟の上で出発したにも関わらず、やはり日本式の犬の接し方が頭をもたげてしまい、決心がつかなくなってしまう。

 犬とどう接するのがいいのか、というようなことに正解はないのだろう。時代や環境の違いで、犬と人間の関係は変わってきただろう。我が家の犬たちもすっかり高齢になり、あとどのくらい元気に生きてくれるかなと考えるようになると、犬との接し方ということについても、いろいろと感慨深くなってしまうアベさんなのであった。

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読書の秋に

2017-10-11 12:00:50 | 福島

 この前、本屋で湯川豊さんの文庫本「植村直己・夢の軌跡」を買ったら、面白くてあっという間に読んでしまった。植村さん自身が書いた本は、3冊ほど読んでいたが、近くにいた人による評伝となると、当人が書いたものではわからない別の顔をした人物が登場し興味深い。

 せっかくなので、以前読んだ植村直己さんの「極北に駆ける」が本棚にあったので、次はこっちを読み返すことにする。僕は本でも映画でも、面白いと思ったものは何度も繰り返し味わうことにしている。暗記するくらいまでになって、初めて読んだとも言える。

 昔の人の読書とは、常にそういうものだった。文字がない時代には口伝えにより話しつがれ、活字になっても本が高価だった時代が続いた。読書百遍意自ずから通ずとは、100回くらい読み返さなければ、すっかり頭に入るものじゃないということだ。そうやって頭に入ったものが、ある時ひょっこりと顔を出し、ああそういうことだったのかと納得する。

 今のようにパソコンやスマホですぐに調べられるような時代になると、僕らは本を読みながら、読んだところを片っ端から忘れていく。それが可能なのは、忘れたところをすぐに調べられるという安心感があるからだ。が、片っ端から忘れていったものが、重要な局面で頼りになるとは思えない。現代は情報があふれる時代だとは言うが、もしかしたら僕らの脳みそは、情報に対してほとんど白紙状態なのかもしれない。

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