おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

行方不明になるには

2017-10-04 11:11:09 | 日記

 少し前までは、誰も携帯電話なんかは持っていなかったので、営業マンは外回りに出かけると、どこで何をやっているかは誰にもわからなかった。電話のなかった世の中を想像すると、連絡は手紙か電報か言伝に頼るしかなかったのだから、他人のことを気にしようにも関わりようがなかったのだ。

 ところが、世の中に携帯電話やスマホが出回ると、こちらの都合にお構いなく、いきなり他人とつながることになってしまう。それが面倒だからと電源を切ったり遠ざけておくと、連絡したのにどこに行ってたのと追求されることになる。今の時代は少し前の世の中に比べると、どうやら行方不明になるのは簡単らしい。

 ニュースでやっていたが、中国では急速に現金を持たないキャッシュレス化が進んでいるという。偽札や贋金が多い国なので、スマホやカードによる決済の方が騙される心配がないということが大きいらしいが、近頃はもう一歩進んで、顔認証だけで買い物ができるようになっているという。

 現金を持たないというのは、便利なように見える。落とす心配もなければ泥棒に遭うこともない。いいことづくめだと思っていたら、やはり物事には両面があるようだ。

 キャッシュレス化が進むということは、誰がどこでどんな支払いをしたかというのがデータとして集約が簡単だということだ。つまり、僕がいつどこでどんな買い物をし、どんな映画を観、どんな芝居を観、どんな講演会を見に行ったか、といったようなことが自分が知っている以上に、記録として残されるということである。

 中国のキャッシュレス化を猛烈に推し進めているのは、本当は中国当局だという噂もある。データの集約は、その人がどんな思想を持ち、どんな行動をとっているかを示している。思想の自由のない中国では、これほど強力な管理体制はない。日本でも、個人背番号制だとか共謀罪だとか、個人の自由を奪うかもしれないと騒いでいる政策はあるが、そんな政策を実現しなくても、完全な管理社会は、そんなに遠い未来ではないのかもしれない。

 キャッシュレス化の世の中になった時のことを想像すると、僕らが誰にも監視されずに暮らそうと思えば、無人島か人跡未踏の山奥にでもこもるしかなくなるだろう。

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