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随筆 ザ・ボディビルダー   文科系

2021年07月23日 13時17分22秒 | スポーツ

  僕が通っているジムには、ボディビルダーさんたちの一群がランナーと同じほどいる。皆熱心なのだが、なぜかそのうち多くの方は下半身がトレーニング不足で貧弱であって、筋肉が良く付いた上半身も人様々に脂肪が被さってぷっくりと見える人が多い。いくら筋肉を盛り上がらせても、有酸素運動をしないと脂肪は落とせないのである。何故走らないのだろう。こんなに熱心にやっていることが、望みと矛盾している……。

 さて、よく見たら、ボディビルダーさんたちにも、いつもきちんと走っている一群がいる。その内お一人の走行フォームがどうにも気になって仕方なかったので、先日とうとう初めて声をお掛けした。人もまばらで殺風景な、更衣室での会話である。
「一応ランナーの端くれとして、お宅のフォームのこと、ちょっと喋っていーですか?」
 五五歳ほどとお見受けしたその胸には胸筋が優に二センチ以上は浮き出ていて、割れた腹筋に覆われた腰はギリシャ神話の「豹の腰」。背は低めだが細めの身体がむしろ気に入って、かつ本格的ボディビルダーに見えたから、声をお掛けする気になったのである。予測通りににこやかに「どうぞどうぞ、お願いします」と来た。向こうは向こうで当然、僕が来る度にマシン隣同士も含めて、いつも十キロほどを走っている者と知っているはずである。

「あのーですねー、ちょっと上半身が二重に前に曲がっていると思います。腰の上辺りからヘソを前に出すような感じで起こして、他方顎をこう引けば首の下の背中もこう伸びます。アマチュアはこのように臍辺りの骨盤をやや前傾させても上半身は自然に立った姿勢の方がうんと楽に走れるはずなんで、僕はいつも心拍計を付けて走ってますが、これだけのことで同じスピードでも心拍が十近く下がりますよ」
「ありがとうございました、確かに、覚えがあります。普通でも猫背と言われますし。そうですか、そうすればそんな楽に走れると」
「ビルダーさんも、コンテストの前は特に走らないといけないと聞きました。脂肪を削げないと筋肉が浮き出ないから成績が付かないと……」
「そうですそうです、確かにその通りなんで、長く走れないビルダーは太い筋肉の上に脂肪が付いてくるから、唯のデブになる。助かりました。やってみます」
 快く、聞いていただけた。そこで、改めて僕から、
「あなた、毎日来られてますよね。それであれだけのトレーニングと、ランまでやられるって、ご立派。まだ現役なのにねー」
  次の返事には、とにかく驚いたのなんの、こう返ってきた。
「いやーっ、とっくにリタイアーしてますよ。……七一歳ですから」
 他人の年でこれだけ見誤ったのは、僕の人生まず初のこと。一五歳は若いのである。脂肪はないし、筋肉があるぶん顔も引き締まってつややかな小顔、その上の髪も僕よりかなり……と、とにかくそのお顔を改めて仰ぎ見ていた。そんな僕は口をポカンと開けた苦笑いだったかも知れない。彼も僕の眼を見て笑っているから、二種の微笑みの交錯という絵である。その歳までこの身体を維持してきたって、ランナーとしても僕よりはるかに大先輩だ。ランナー大先輩に、たかだか十数年の僕が説教たれてきたってことになってしまった。

 

(2014年1月、所属同人誌に初出)

追記 このビルダーさん、今も全く同様に続けていて、この作品中の会話を経た上に、この作品自身を彼に贈呈して以来、同じジムの仲良しになりました。そして強調したいのは、今でも昔とほとんど変わらない体形、容姿なんです。顔だって筋肉が多いから皺も増えていない。つまり、今年79歳になるはずの今でも、どう見ても65歳にさえ見えないお方です。

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