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随筆紹介  なおらん   文科系

2018年09月28日 03時22分18秒 | 文芸作品
  なおらん   H・Tさんの作品です

 立春も過ぎてあしたは雨水というのに、時々小雪が舞っている。今年のさくらは遅くなると予報も。私は名古屋市の東部にある病院で順番待ちをしていた。風邪には強いと言っていたのに、去年の暮れひどい咳で尿がもれ、ベランダには白いショーツが何枚も風に舞い、大変だった。正月明け近所の友人にこの病院で尿もれの治療をしているK医師を教えてもらい、今日で二回目。
問診の合間に思い切って、
「先生、治るでしょうか」と尋ねると、開口一番。「なおらん。あんた、若くなれるか。年をとれば、体もいろんな所が劣化というか悪くなると言うか老化する。それは自然だ。わしは六十四歳、友人の三分の一は神様というか天国へ逝った」。ちらっとカルテを見て、
「あんたは八十七歳か。もう残り少ないだろう。体も変化し、尿もれもそれだ。なおらん」
「でも先生は尿もれの名医だと聞いて、私はここへ来ました」
「メイイ。どんな字を書くんだ。わしは知らん。薬で抑えるか、それなりの手当をしてしのぐかを知り教えるだけ、尿もれも自然現象だ。顔の筋肉が緩んで皺になる。それが直るか、みんな自然だ」
「でも今では癌でも治るというではありませんか」
「癌は病気だ。尿もれは病気ではない。比べるな」
「……」
「癌は死ぬ事もあるが、尿もれでは死なん、だから安心したらよい」
「……」
「手当の方法はいろいろあるから友人に尋ね教えてもらったらええ。薬は体の状態を調べて出す。決まったら近くの医者に手紙を書くから、こんなに遠くまで来る必要なしだ」
「……」
「知人や友人が尿もれなどなかったと言ったら、それは大うそつきか、天然記念物だ」
「……」
「もう一度言うが年をとったら、尿もれは自然になる。風邪の咳で尿がもれるなら風邪にも気をつけることだ」
「……」
「後もう一度来月ここへ来るように。この辺は桜の名所。来月花見をしながら来るように」
 私は操り人形のように頭を下げて部屋を出た。

 九十歳に手が届くようになった私。病気知らずで医者知らず、患者の顔を見ずコンピューターかなんかを見て結果を言い聴診器は首にぶら下げているだけ、こちらの言う事など聞かない医者多しと聞くが、K先生は何度も何度も言って下さった。
 次の診察日、近くの医院に手紙を、そして、「何かあったら、電話で予約して、また来たらいい」でおしまいだった。
 私は散るさくらに送られて帰った。
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