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掌編小説 「ランのお仲間」  文科系

2015年03月14日 11時33分38秒 | Weblog
行きつけの市営ジムで早春のある日。一番遠くのランニングマシンに彼の姿を見た時は、ちょっと目を見張った。
「彼が、走っている。あの、彼が?」
 スピードは遅く、速歩き速度程度だが、ゆったりとして結構大きく確実な一歩一歩は、はっきりと立派なランナーの足取りだ。〈あれほど、とうてい無理とか、死んでしまうとまで言っていたのに……〉。
 彼と初めて会話する気になったのは、二か月ほど前のことだったろうか。七十台半ばと見えた小柄ながら中肉で血色の良い彼は、いつも確実に三十分ほどをマシンで歩いて帰られるお人だ。〈こういう人ならば、絶対に走れるようになるよなー〉というわけで、僕が試行錯誤してきた「走れるようになるノウハウ」を初めて他人に話す気になった。僕はどうも教え魔の血を具えているらしい。自分が良かったと思う知識は、どんなことでも他人に教えたくなってしまう。こんなノウハウなのだが、とにかく懸命に話してしまった。
 ①先ず十五分歩き続けられるできるだけ速いスピードを見つけ、その時間を延ばしていく。②やっと三十分早歩きできる速度が見つかったら、その後半の方にこれより遅い走りを入れてみる。走りを五分、十分と延ばしていく。③三十分の後半十五分がこんな走りに換わったら、最初の歩き十五分を含めて一時間を目指す。疲れたらまた歩いても良いから一時間ということだ。この内容を話し終わったとき、こんな会話になった。

「とても無理ですよ。ちょっと走っただけで、心臓がぶわーっと死んでしまうようになる」「スピードが速すぎるからですよ。歩くスピードよりも一キロ時ほど遅くても、走りは走りです。マシンにはスピードも心拍数も、メーターが付いてますからそれを使って……」。「そんなに遅く走って、意味あるんですか?」。「あります。それで三十分も走れるようになれば、続けているうちに自然に、だんだん速くなっていきますから」。「そんな簡単なわけないじゃないですか。何回かやってはみたんですが、とても無理です。この歳ですし」。こんな風に終わったその日の会話は、わずか五分。ただ、その十日ほど後にお見かけした時には、歩くスピードが見違えるように速くなっていた。以来今日初めてお会いしたことになる。この真冬に近い季節に空色の短パンと白い半袖で大きめの一歩一歩をゆったりと進む姿は、何かベテラン・ランナーのウオーム・アップ・ランにも見えたものだ。そんなランが十分も続いたろうか。走り終わるのを待つようにして、彼に歩み寄り、語りかけた。

「立派に走ってましたねー。素晴らしいです」。「いやこっちこそ、すごいノウハウですよ。この歳でまた走れるなんて、とにかく驚いています!」と始めて、こんな話をしてくれた。糖尿病があってずっと走りたかったが、何度か挑戦して諦めた歴史があること。だからせめてと、懸命に歩いてきたこと。それで体重が減ってきただけに、ずっとランに憧れてきたことなどである。「頑張って歩いてきて、体重も適正だから、すぐにこれだけ出来たんですよ」と僕。「いやいや、このノウハウが素晴らしい」。「今の速度で走っている内にだんだん心拍数が下がって来ますから、十も下がったら今度は、前の心拍数まで速度を上げればよいんです。お見受けしたところ八キロ時までは保証しても良い」。「普通の歩きの二倍速ですねー。ますます夢みたいだ」。そう語った彼を、僕はますます気に入ってしまった。
コメント
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