あまり見通しのきかない、細く曲がりくねった道を2kmほど登ると大平峠に着く。峠には歌人斎藤茂吉が大平峠を越えて飯田に向かった時に、自分が主宰した歌集「アララギ」と同じ名前のあららぎという名の里を望んで感嘆し、後に『大平峠』と題して詠んだ17首の歌を歌集『暁紅』に収めたいきさつと、その中の代表的な歌が数首記された碑があった。以下はその碑文。
「近代詩歌の最高峰と言われる斎藤茂吉が、木曽福島,王滝の旅を終えて三留野宿ゆた旅館に一泊し、飯田に於けるアララギ歌会に出席するために秋深まるこの峠を越えたのは昭和11年10月18日であった。
この時、紅葉する大自然の壮大な美にうたれてつくった17首の歌が『大平峠』と題されて歌集『暁紅』に収められている。『大平の峠に立てば天遠く 穂高のすそに雲しづまりぬ』『目のまへをそびゆる山に紅の かたまりいくつ清けくなりつ』『ここにして 黄にとほりたる もみぢ斑(ふ)の檜山を見れば言絶えにけり』 あららぎの里を望み、その地名に茂吉が編集・発行者として精魂を傾けた歌誌アララギの名を重ねた深い思いが詠われている。『ふもとには あららぎといふ村ありて 吾に哀しき名をぞとどむる』」
1台の車が停まっている他に行き交う車もない。ひっそりと静かなたたずまいの峠から北東方向,木の間越しに集落が見える。それがあららぎの里なのだろうか。碑文を手帳に書き写して大平宿に向かう。