あんなこと こんなこと 京からの独り言

「京のほけん屋」が
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歴史に残された星の話 ・・・ 

2010年03月22日 | うんちく・小ネタ

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明月記の客星

天喜二年四月中旬以後、丑時、客星觜・参の度に出づ。東方に見(あら)わる。天関星に孛(はい)す。大きさ歳星の如し。

藤原定家が治承4年(1180年)~嘉禎元年(1235年)の間の出来事を記述した日記で現在は国宝に指定されている『明月記』に見える記述です。

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「天喜二年」はAD1054年。
「四月中旬以後」と有りますが、現在の暦(グレゴリウス暦)で考えると、6 月初め頃と言うことになります。

「觜・参の度」とは、中国生まれの星座「觜」「参」の有る場所という意味。「大きさ歳星の如し」とは、明るさが歳星(木星)ほどだったと言うことです。かなり明るかったわけです。

明月記が書かれたのがAD1180年~ですから、AD1054年のこの星の記録が有るのはおかしな事なのですが、これは天文寮の記録などを読んで引用したもののようです。

 1_3                               国宝『明月記』   

                                                                ◇「客星」とは
客星とは、今の天文学の言葉で「新星」のこと。新星はnova(ノバ)と呼ばれます。これはラテン語の nova stella(新しい星の意)から。

新星は新しく星が生まれたというものではなくて、それまで暗くて見えなかった星が何らかの理由で急激に明るくなって、その存在に気づかれた星です。
通常の新星は、星の明るさで言うと10等級(1万倍くらい)ほど明るくなり、その状態が数ヶ月続くもので、我々の銀河の中でも年に数個が発見されます。

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ところが明月記の客星は、普通の客星(新星)と違って約 2年の期間観測されています。ちょっと特別な新星で、超新星(Supernova) と呼ばれる星でした。何が「超」かというと、一番目立つのがその明るさ。一つの星でありながら、数百億~数千億個の星で成り立つ銀河全体の明るさをも超えるほどになることです。

このAD1054年に現れた「客星」はその明るさの最盛期には昼でも見えたと中国の記録に残っているほど明るくなりました。

                                                                ◇「客星」その後
AD1056年には見えなくなってしまったこの客星ですが、この客星が有った場所に星雲が有ることがわかったのは18世紀に入ってから。
その星雲には独特のフィラメント構造が見つかり、その見かけの連想から、「かに星雲(Crab Nebula)」と呼ばれるようになりました。

後に、フランスの有名な彗星探索者であったシャルル・メシエが彗星と紛らわしい見かけの天体を記録したノートの最初にこの星雲を記載しました。このメシエのノートは現在明るい星雲や星団が「M○○星雲」のように呼ばれるようになるメシエカタログです。

メシエカタログの最初に書かれていたことでかに星雲は「M1」呼ばれ、星好きの間では知られる存在となりました。
家庭にあるような小さな望遠鏡でもよく見える天体です(おうし座にありますので、今はよく見える時期です)。

32909                                                           

                                                          ◇「客星」さらにその後
二十世紀に入るとこのかに星雲からは、強い電波やX線が放射されていることがわかるようになりました。
さらに、この電波やX線の基であると考えられる星が 1秒間に30回も明滅を繰り返す不思議な星であることもわかりました。

やがてこの明滅が、この星の自転による変化だとわかりました。なんと、1秒間に30回も回転しているのです。規則的に光の脈動を繰り返す星としてやがてこの星は「かにパルサー」(「パルサー」はパルス状の光を発する星)と呼ばれるようになりました。

現在は、このかにパルサーがブラックホールの一歩手前の状態である「中性子星」という超高密度天体であることがわかっています。どれくらい高密度かと言うと、

  1立方センチでその重さが10万トン!!

角砂糖一個分ほどの大きさで重さが10万トン。とんでもない星です。

Gi2                                                               

                                                             ◇かに星雲の今後
かに星雲は6300光年も離れた処にあるため小さく見えますが、実際はすごく大きい。直径にして約10光年ほどの天体です。                                            1054年の大爆発で吹き飛ばされたガスが猛スピードで広がった結果、この大きさに。
現在もなお、秒速1500kmという速度でガスは広がり続けています。
                                                                          今の季節ならかに星雲は夜は眺めやすい場所に有りますから望遠鏡をお持ちの方は、星図片手に平安時代の人々が目撃した「客星」の後の姿を探して、人間の世界の時間の流れと星の世界の時間の流れを体感して見ませんか?

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150 コメント

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連休疲れで寝てしまいました。 (NOいちご)
2010-03-22 07:10:54
連休疲れで寝てしまいました。
アセアセ。
京のほけん屋さんも、
お疲れになってませんか?

すごいインパクトのある写真ですね。
かに星雲 の事を観測データ的なことで
教えて下さい。
京のほけん屋さんがどこまでも大きな
存在になっていくような気がします。
記事も写真もコメントへの返信も、
全部全部、情熱の塊のような気がします。

お身体には気をつけて下さい。
そしてこれからも、こんな素晴らしい
記事を私たちに提供して下さい。
返信する
NOいちご 様 (京のほけん屋)
2010-03-22 08:43:03
NOいちご 様
コメントに感謝致します。

かに星雲 (M 1, NGC 1952) はおうし座に
ある超新星残骸で、地球からの距離は
およそ7000光年。
現在も膨張を続けており、中心部には
かにパルサーと呼ばれるパルサーの存在が
確認されています。
超新星自体は1054年に中国や日本の
記録に残されており、藤原定家の日記に
引用されています。

■星座…おうし座

■観測データ
・種別…超新星残骸
・赤経 (RA, α)…05 h 34.5 m
           (J2000.0)
・赤緯 (Dec, δ)…+22° 01'
           (J2000.0)
・距離…6,300 光年
・視等級…+8.4
・視直径…6' x 4'

■物理的性質
・直径…3 光年
・その他の名称…M1 
NGC 1952


返信する
京のほけん屋様 (住吉二郎)
2010-03-22 23:46:52
京のほけん屋様

すっごい、広大な話ですね。
それを興味深い内容に仕上げた
記事にも毎回驚かされますが、
このコメントでの展開は、もっと
楽しみです。
ワクワクしてます!

タイトルの写真も素敵ですね。
猫ちゃんの次は、この頃の
荒れ模様の気候にもマッチ
してるし、春らしい雰囲気もあるし、
それに、お空のテーマの記事と、
イメージをひとつにも出来ます。
どこまでもディテールをきにされている、
京のほけん屋さん。すっごい!

かに星雲の発見された歴史を
教えて下さい。
返信する
メシエ天体で発見されてからの事、 (FUJII)
2010-03-22 23:52:06
メシエ天体で発見されてからの事、
詳しく教えて下さい。
天体マニア・・というほどでもないのですが、
このブログがきっかけで興味を持ちはじめました。

太陽の磁場の話はショックでしたから、
その頃から、いろんな本を読みあさるように
なったのです。
このブログ、ほんとすごい!

メシエ発見以後の記録について、
あまり詳細な記事が無いのです。
残骸・・という意味合いからも、このあたりの
記録には明確な情報が無いのでしょうか?
返信する
京のほけん屋様 (鳴滝の女皇)
2010-03-23 00:04:20
京のほけん屋様
ほんま、すっごい。
これだけの情報が、どんな風に
頭の中に詰まっているのか、
不思議です。
私なら整理が付かないし、その前に、
詰め込みも出来ないですね。

かにパンサーかパルサーとかって
聞くことがありますが、
これって、何ですか?
返信する
京のほけん屋様 (ボージュ)
2010-03-23 00:24:21
京のほけん屋様

かに星雲の観望の仕方や、
その見え方を教えて下さい。
みつけたことが無いんです。
まぁ、この星座だけでは有りませんが、
興味をもった惑星でも、時間や、
時期の問題などもあって、
なかなか全部を確認できるものでは無いですね。

それでも観たくなるし、観ながらどんな地球での
エピソードが、この星に関して残されているのか
など、考えると楽しいものですよね。

それにしてもすごい写真ですね。
タイトルもいい写真だなぁ。
レイアウトだけでも大変だと思います。
それをさらりとやってのけてるように感じさせるのは、
本当にすごい方です。
返信する
住吉二郎様 (京のほけん屋)
2010-03-23 01:40:56
住吉二郎様
コメントに感謝致します。

1054年に出現した超新星(SN 1054)は、
中国の記録『宋史』「天文志」に客星
(突然現れた明るい星)として記され、
仁宗の治世である至和元年五月己丑
(1054年7月4日)に現れ嘉祐元年
三月辛未(1056年4月5日)に消失したとあります。

日本でも、藤原定家が自身の日記『明月記』に
記録しています。
また著者不詳の『一代要記』にも記録が残って
いますね。

さらに、1000年頃にアメリカ・インディアンに
よって描かれたアリゾナの壁画に残されている
星の画を、この超新星とする説もあるそうです。

超新星の出現当時は、金星ぐらいの明るさになり、
23日間にわたり昼間でも肉眼で見えたとか。
夜間は後2年間も見えていたそうですから、
すごいですね。

超新星の残骸であるかに星雲は、1731年に
イギリスの開業医でありアマチュア天文家の
ジョン・ベヴィス (John Bevis, 1695-1771)
によって発見されました。

ロス卿 (William Parsons, 1800-1867) の
観測で微細なフィラメント構造がカニの足を
思わせることからカニ星雲と命名されました。

ただ、ジョーンズのようにこのスケッチはむしろ
パイナップルのように見えるという人もいます。

かに星雲は、彗星を観察していたシャルル・メシエ
が、彗星と紛らわしい天体としてまとめた本の
1番目に収録されています。


返信する
FUJII様 (京のほけん屋)
2010-03-23 02:28:58
FUJII様
コメントに感謝致します。

メシエ天体では唯一の超新星残骸です。

メシエは1758年9月12日にかに星雲を
彗星の追跡中に発見しました。メシエは
「牝牛の南の角の上にある、星雲状の
もので星を含みません。白っぽくローソクの
炎のように長く伸びています。

1774年ボーデは「星のない小さな星雲状
のもの」としました。
ジョン・ハーシェルは
「星団で分解できそう」としたようです。

1844年ロス卿は、

「もはや分解されない楕円形の星雲。
おもに星雲の南端からおどりでた多くの
フィラメントが見えた。
普通の星団とは異なり不規則で
あらゆる方向に向かっている。おそらく
強力な力が他のフィラメントを押し出した
のであろう。これが星団の形を作ると思われる」

としたそうです。

このとき、最初にM1のフィラメント構造が
発見されました。その後、ルンドマークが
900年ばかり前に爆発したことを示唆し、
写真観測から年ごとに膨張しつつあることを
明らかにしました。

現在でもガスは毎秒1100kmの速さで四方に
広がっているそうです。
また、エドウィン・ハッブルやダンカンは
1054年に出現した超新星の残骸である
ことを確認したようです。

1994年のハッブル宇宙望遠鏡 による観測で、
フィラメントはプラズマで覆われていることが
明らかになりました。
ロス卿の言うとおり、このプラズマが外側の濃い
星間物質を押してフィラメント構造が発達しています。


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鳴滝の女皇様 (京のほけん屋)
2010-03-23 02:43:07
鳴滝の女皇様
コメントに感謝致します。

かに星雲の中心にある星は、
かにパルサーと呼ばれるパルサー(中性子星)
です。1969年に発見されました。

直径は約10km。光度は16等級。
かにパルサーは1秒間に30回という
高速回転をしており、33 msの周期で電波やX線を
出し、また可視光線で星雲全体を照らしています。

非常に強いX線を放出しており、X線天文学に
おいて時間のキャリブレーションに使われて
います。
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ボージュ様 (京のほけん屋)
2010-03-23 02:58:38
ボージュ様
コメントに感謝致します。

双眼鏡では微かな光斑に見えます。
口径5cmの望遠鏡では三角形の
白い雲のように見えるそうです。

口径10cmでは佐渡島のような形の
白い雲状に見え、条件が良いときには
内部に線が見えるとか。
またマラスは色がやや緑がかっているそうです。
(天体写真の色は人間の眼にあまり
 見えないHαなどの光を強調してしまうので、
 肉眼で見たものとは異なる場合が多い)

見え方は空の状態に依存する天体でもあります。
口径20cmの望遠鏡では佐渡島のような形に見え、
内部の模様も見え始めます。
口径30cmでロス卿のいうフィラメント構造が見え
始めると言われています。

中心部の中性子星は口径50cmの望遠鏡で
見ることができます。

最良の環境では口径25cmの望遠鏡で見ることが
できるという人もいるそうです。




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