あんなこと こんなこと 京からの独り言

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いとにくし

2016年06月19日 | うんちく・小ネタ




平安時代のエッセイ「枕草子」で、清少納言が「にくきもの」を語る項があります。
現代語訳的には「腹が立つ」「ムカつくこと」となります。


「今参りのさし越えて、物知り顔に教へやうなること言ひうしろ見たる、いとにくし」
 →新入りが先輩を差し置いて物知り顔で世話を焼くのはムカつく。

「あけていで入る所たてぬ人、いとにくし」
 →開けっ放しでドアを閉めない人はムカつく。

「蚤(のみ)もいとにくし。衣の下に躍りありきて、もたぐるやうにする」
 →ノミが着物の下ではね回って持ち上げようとするのはムカつく。




物知り顔の新人とドアを閉めない人は、現代でも通ずるありがちな存在ですが、ノミがはね回るのはかなりレアなこととなりました。
つまり、人の心やしつけは1000年経っても変わらないものの、防虫技術の進歩は目覚ましいということ。
これぞ大日本除虫菊の創業者、上山英一郎氏の功績です。




上山氏は、1885年にアメリカの貿易商からユーゴスラビア原産の除虫菊の種を譲り受け、日本で栽培を始めました。
除虫菊は昆虫を寄せ付けない働きが知られていて、氏は収穫した除虫菊を乾燥粉末にし、「ノミ取り粉」として販売したのです。
清少納言のムカつきが解決したのであります。




その後、仏壇線香を参考に「蚊取り線香」ができ、1902年には渦巻型に進化。
1967年から始めた美空ひばりさんのCM効果で「金鳥の夏、日本の夏」が定着しました。
除虫菊の有効成分は「ピレスロイド」と呼ばれていて、昆虫には効くが人間には無害というすぐれもの。
現在では、このピレスロイドを蒸散する電子蚊取りが主流になってきましたが、やはり、あの昭和の香りにはかないません。
毎年夏になると、ある老舗旅館の広大な庭園に設けられた納涼床にござを敷き、夕涼みを堪能する会があるとか。何も言わないと電子蚊取りを設置されてしまうそうですが、風情台無しにつき、蚊取り線香の予約も可能だとか。

「日本の夏に電子的ピレスロイドで虫除けするは、いとにくし」




単価に見合う価値の考察

2016年06月05日 | うんちく・小ネタ



食品の付加価値をグラム単価で評価するという考え方があります。
だし素材を例にとると、最も安価な顆粒だしの素はグラム0.5円ですが、本格的にだしを取る花かつおだとグラム5円。
この10倍の価格差が「だし感」の差なのです。
高級食材なら国産マツタケのグラム100円や、グラム800円のロシア産キャビア。
いやいや最高値時のウナギの稚魚はグラム2500円でした。グラム4300円の金に迫る高値だから、シラス漁師が血眼で海に入るのも無理はありません。




話は変わりますが、いろいろな娯楽を体感すると「一時(いっとき)」単価という考え方で総括をしたくなります。一時とは昔の時間単位で今の2時間。
その名残か、演劇やスポーツや音楽など多くの娯楽が2時間単位で提供されており、どうしてもその費用対効果を比較したくなるのです。
歌舞伎は一時18000円でちょっと高い。劇団新感線の時代劇だと大がかりだから一時13000円ですが、小規模の芝居だと一時7000円。
コンサートはどうか。ウィーンフィルなんて一時30000円でとても手が出ないが、N響なら8800円で何とかなりそう・・・。




スポーツも然り。大相撲の本場所は幕内力士が登場する午後4時からの一時を楽しむのが主流で枡席1人12000円。
東京ドームの巨人戦、一軍は6200円ですが、二軍だと3000円でネット裏最前列。
そうだ! ぴったり一時で終わるマラソンなら沿道観戦は0円ですね。



こういう風に比較すると、一時単価的に最も価値がある娯楽は間違いなく寄席だと気づきます。
前座が終わる6時半頃入って大トリが終わるまでの一時をたっぷり楽しみ2800円。もちろん漫才、曲芸、手品なんかの色物付き。
やっぱり寄席は庶民の娯楽なんですね。

「おい息子、となり行って金づち借りてきてくれ、釘打つんだ」
「すいませ~ん、金づち貸してくださぁい」
「どうせ釘打つんだろ、やだよ、すり減っちまうから貸さないよ」
「父ちゃん、となりのおじさん貸してくれなかったよ、ありゃ相当のケチだね」
「そうか、仕方ない。…ウチのを使うか」

一時単価を考えると、寄席ほど贅沢な娯楽は無いと思うのです。