あんなこと こんなこと 京からの独り言

「京のほけん屋」が
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チャップリン

2013年03月31日 | うんちく・小ネタ

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20世紀最大のイギリスの映画人で、「喜劇王」の異名をもつチャールズ・チャップリンを偲んで、彼の誕生日(1889年4月16日生まれ)に設けられた「チャップリン・デー」という日があります。チャップリンは運転手(後にマネージャー)として雇っていた高野虎市に影響されて親日家になり、生涯で4回来日しています。

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チャップリンが1932年(昭和7年)5月14日に初来日したとき、彼の身に危機が訪れます。初来日の翌日は5月15日、「五・一五事件」です。このクーデターの首謀者・古賀は、15日夜の首相官邸でのチャップリン歓迎会で彼を殺害し、退廃文化をたれ流している(と首謀者が考える)アメリカを始め、世界中を恐慌に陥れようと企てていたとか。

ところがチャップリン本人の気まぐれから歓迎会は17日に延期され、彼は国技館の大相撲観戦に出かけました。結果チャップリンは難を逃れ、その一方で歓迎会が開催される予定だった首相官邸では、犬養毅首相が海軍の青年将校に暗殺されます。

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チャップリンは6月2日の帰国当日、新しい斎藤首相と官邸で面会し、犬養毅前首相の暗殺現場を見せてもらったそうです。自分も遭遇したかもしれない現場で、チャップリンは「恐ろしい」とつぶやき、斉藤首相に首相官邸の警護の強化をアドバイスしたとか。しかし4年後、首相官邸は再度襲撃され、斉藤首相は暗殺されます。「二・二六事件」と呼ばれるクーデターですが、このときも、チャップリンは来日予定だったそうですから、驚きです。

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半島の郷土料理

2013年03月17日 | うんちく・小ネタ

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イギリスとオランダ、どちらも郷土料理の名前です。
「イギリス」は島原半島の郷土料理で、「イギス」という海藻から寒天を抽出し、米ぬか、さば、きくらげ、にんじん等をブレンドして固めたもの。
おもしろいことに、愛媛県の今治地方にも「イギス豆腐」と呼ばれる同様の料理があって、どうやらこちらがオリジナルのようです。島原の乱で住民が全滅した島原半島南部に四国人が移住したらしいのですが、この時に料理も移動。国際都市島原で「イギス」が「イギリス」に変化したにちがいないと言われています。
ちなみにこの料理、あまりおいしくない・・。

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一方の「オランダ」は大分県国東半島の郷土料理で、なすとにがうりを味噌で炒め、小麦粉でとろみをつける「ちゃんちゃん焼き」のようなメニュー。                                  まあまあおいしい・・。
水分の多いなすを油で炒める時の音がうるさく、「大きな声を出す」という意味の大分弁「おらぶ」から名付けられたとか。                                                  「おらぶ」の過去形が「おらんだ」なのだそうです。

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ところで、イギリスとオランダという国名を冠する二つの郷土料理が、どちらも半島に根付いていることは偶然でしょうか。海原に突出した出自には、住民を自然と国際人にする力があるのかもしれません。それ故のネーミングでしょうか。
イギリスとオランダといえば、戦時下のABCD包囲網を思い出します。
ABCD包囲網とは、日中戦争が始まって5年目の1941年、東アジアに権益を持つアメリカ(America)、イギリス(Britain)、オランダ(Dutch)が行った日本に対する経済制裁の別称で、対戦国の中華民国(China)を加えた頭文字を並べABCDとしたもの。

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このABCD包囲網により日本は追い詰められました。制裁解除の交渉も不条理な交換条件ゆえに決裂し、日米開戦を決意せざるを得なかったのです。
まさか、経済制裁の腹いせに食べていたわけではないでしょうが、「イギリス」と「オランダ」は負の歴史を呼び覚ます半島の郷土料理なのですね。

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トラウマ

2013年03月02日 | うんちく・小ネタ

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人には誰でも消したい記憶というものがあります。
友人の例えで言えば、高校2年のサッカー部夏合宿。下手くそながら一生懸命ゴールキーパーの練習に精を出していた彼は、監督の「おまえのセービングは芋虫の悶絶みたいだ」という叱責にかなりへこんだそうです。絶対に忘れない悔しい記憶となったとか。
しかし、芋虫になった記憶ならまだいい方でしょう。

ベトナム戦争の記憶でPTSDに苦しむ退役兵たちは、恐怖の記憶を消す薬を待ち望んでいるに違いないのです。

そんな記憶を操作して苦痛を和らげる最新の研究成果を紹介します。

◆ZIP                                                           ある目印の場所に来ると電気ショックを受ける装置の中で、<wbr></wbr>ZIPという薬を脳に注射されたラットは目印を恐れなくなるそうです。「<wbr></wbr>目印=電気ショック」という記憶が消されたのです。ただ、<wbr></wbr>嫌な記憶だけを選択的に消すことができないのがZIPの欠点だとか。

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前述の彼にしても、高校2年の記憶が全て消えるのは嫌でしょう・・・。

◆プロプラノロール
人が恐怖を感じた時はノルアドレナリンが放出され、事実と感情がセットになって数時間のうちに嫌な記憶が定着してしまい<wbr></wbr>ます。そこで、恐怖を感じた直後にノルアドレナリン阻害薬のプロプラノロールを<wbr></wbr>摂取すると、大事件がありふれた記憶に変化するらしいのです。<wbr></wbr>これはまだ実験途上のようですが、もし、そうなるとしたら、<wbr></wbr>彼の想い出の芋虫はどうなるのでしょうか。

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◆記憶の書き換え                                                         昔の記憶は、<wbr></wbr>意識に上るたびに変わり得ることがわかってきました。「在りし日の己を愛するために 想い出は美しくあるのさ」という桑田佳祐さんの「明日晴れるかな」の歌詞のように、<wbr></wbr>想い出は時間とともに美化されるかも知れません。薬に頼らず記憶を上書きする心理療法が研究されているのです。

屈辱の悶絶芋虫が、かわいいイモムシ君になればいいですね。
 


以上3点がトラウマを克服する最新研究なのです。

そう言われてみれば、盆暮れの旧知の集いで出てくる昔話が、回を重ねる毎におもしろくなっている気がします。
サッカー部の合宿ネタも、毎回持ち出して美化してもらおうと思った次第です。

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