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R.シュトラウス 楽劇「ばらの騎士」/カラヤン&VPO 他

2010年01月03日 15時23分24秒 | クラシック(一般)
 しばらく前にNHKのBSのプログラム「カラヤンの芸術」というシリーズ(フィルム時代に残した彼の映像が大量にオンエアされた)での1本。カラヤンが振るオペラで十八番といえば、なんといってもR.シュトラウスの「ばらの騎士」か「こうもり」だろうが、これはほとんど幻と化していた1960年のザルツブルク祝祭大劇場の杮落とし公演を映像である(DVDでも出ているようだ)。
 私はそもそもR.シュトラウスが苦手の部類だし、この「ばらの騎士」もLD時代に一度挑戦したことがあったのだが、3時間を越える長さや艶笑劇風な雰囲気に違和感を感じ、その良さがさっぱり分からないまま、途中で放棄してしまったことがあったのだが、これだけ「音楽的お膳立て」が豪華絢爛に揃った演奏なら話は別....とばかりに録画してあったものを、新年ということもあり、こちらの気分がゆったりしている今なら(笑)、「あれから大分年月もたったことだし、存外楽しめるかも」という期待を込めて観てみた。

 舞台は非常に豪華である。1960年の舞台の映像化だが、コンサートの中継というより、明確に映画化という意図した作品なので、ライブソースに併せて映像は別撮りしたらしく、こと映像に関してしては専門のスタッフが腕をふるい、カメラ・アングルや構図など、実に完成度の高い仕上がりになっている。とにかく落ち着いて観ていられる。少なくとも、後年カラヤン自ら演出したものなどに比べれば、スタンダードな良さに満ち満ちていることは確かだ(モノラルだが音質も非常に良好で、この時期のカラヤンらしく実に俊敏にR.シュトラウスの音楽を演奏しているのもよくわかる)。
 出演陣もこれも十八番なシュワルツコップの元帥夫人を筆頭に、オットー・エーデルマン、アンネリーゼ・ローテンベルガー、クルト・エクヴィルツ、ジュゼッペ・ザンピエーリなどなど、ちょい役ですら、今では「伝説の人」が続々と出てくるのは楽しい。有名なシュワルツコップの元帥夫人は、なるほど「若い男にうつつを抜かしているはいるが、そろそろ自らの寄る歳を感じないではいられない」という微妙な設定を実に巧みに演じている。第一幕のモノローグ以降など、一歩間違えば「単にお盛んな年増女が何を気取ってるんだ」みたいな感じないでもないと思うのだが(笑)、その高貴な容姿といい、凜とした歌唱といい、ほとんど下世話な雰囲気を感じさせず、微妙な女心を格調高さを湛えているのはさすがで、やはり十八番なだけはあると納得。また、ローテンベルガーの溌剌としたゾフィー役もチャーミングで好印象、エクヴィルツのスケベ心と俗物根性満開のエーデルマン役も楽しい。

 ただ、まぁ、おとそ気分で漫然と観ている分にはいいんだけど、これを存分に楽しめたかといえば、やはりそうでもない。第1幕の後半や第3幕のラストの哀しさなど、確かに心に染みるもの美しさがあるし、第2幕の銀のばらの贈呈の場面と二重唱だとか有名なワルツの場面などは楽しめたが、とにかく長い。音楽が時に瀟洒過ぎて「もう、ごちそうさま」みたいなになってしまうこともしばしばだった。やはりこれだけ古典的な舞台設定に、この妙に豊満な響きな音楽つくと、ちと違和感がないでもない感じか....まぁ、R.シュトラウスのマジックが効かない私故の印象なのかもしれないが。
 それにしても、このストーリー考えてみれば凄い。表向きモーツァルトの時代の設定でありながら、基本的には「若い男が逢瀬を重ねる人妻が、相手となる男が他の若い女と結ばれるのをお手伝いして、自分はそろそろ恋愛の現役を引退する年齢だと感じる」みたいなものだろうが、ドラマはいきなりダブルベッドで始まっちゃうことではあるし(笑)、ベルクの「ルル」みたいなエグさとは無縁だが、やはりこういう「苦み」というのは、これで20世紀のオペラゆえの味だろうと思った。

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