民家 昔の記録 会津若松の蔵 198210
■ 先日妻壁に大きな開口部を設けた蔵は記憶に無いと書きましたが、記録にはありました。上下2段の開口部、ともに両開きの扉付き。このような上下2段の開口部を妻壁に設けた例というのはあまり見かけないような気がします。
下の写真の蔵の目板葺きの庇、これは後から付けたのではないかと思います。庇以外のデザインはよく似ています。共に堂々とした、存在感のある蔵です。
♪人生いろいろ、男もいろいろ、蔵だっていろいろ・・・、ですね。
民家 昔の記録 会津若松の蔵 198210
■ 先日妻壁に大きな開口部を設けた蔵は記憶に無いと書きましたが、記録にはありました。上下2段の開口部、ともに両開きの扉付き。このような上下2段の開口部を妻壁に設けた例というのはあまり見かけないような気がします。
下の写真の蔵の目板葺きの庇、これは後から付けたのではないかと思います。庇以外のデザインはよく似ています。共に堂々とした、存在感のある蔵です。
♪人生いろいろ、男もいろいろ、蔵だっていろいろ・・・、ですね。
『古寺巡礼』和辻哲郎/岩波文庫
■ 先日再読した『風土』は和辻哲郎の名著だ。この本は要するに「文化の相違を風土の相違にまで還元する」という試みだった。この指摘、実は『古寺巡礼』に出てくる。
**もしゴシック建築に北国の森林のあとがあるとすれば、われわれの仏寺にも松や檜の森林のあとがあるとは言えないだろうか。あの屋根には松や檜の垂れ下がった枝の感じはないか。堂全体には枝の繁った松や檜の老樹を思わせるものはないか。東洋の木造建築がそういう根源を持っていることは、文化の相違を風土の相違にまで還元する上にも興味の多いことである。**
和辻哲郎は直観力に優れた人だったと思う。『風土』そして『古寺巡礼』を読んでそう思った。和辻は文化的事象を観察することでその背景にある抽象的で曖昧模糊とした風土を読み取った。それは論理的な思考ではなく、直観力によってのみ可能だったと思う。
『古寺巡礼』が出版されたのは大正8年、1919年のことだった。和辻がちょうど30歳のときだ。序によるとその前年友人と奈良付近の古寺を見物したときの印象記だという。この本の読了後の感想を簡潔に記すことは難しい。
和辻哲郎の名著を再読できて満足、本稿ではそれだけを記しておく。
■ 民家 昔の記録 高知県後免の蔵 198003
蔵もいろいろです。今回は今から30年近く前に訪ねた高知県後免で見かけた蔵。多雨地域のため、壁に水切瓦が付いています。
この地方独特のデザインです。妻壁の開口部の上部に付けられた水切瓦。前々稿で取り上げた南木曽町の蔵とはやはりデザインが全く違いますね。
そう、蔵もいろいろです。
■ 長谷川尭さんの『建築有情』中公新書を読み終えた。この本は1978年の3月に読んでいるから、31年ぶりの再読ということになる。
以下「回廊」からの引用
**<回廊>のデザインにとってもっとも重要な点は、あまり高くない柱の列に支えられたアーチのリズム、つまりアーケードとよばれる部分の意匠にある。中庭と廊下を仕切りながら、外気を歩廊の部分にまで引き込み、同時に庭と向こう側の廊下と空を見通すことのできるスクリーンのようなこの列柱とアーチの構成は、修道院建築の中でもっとも美しい部分であり(中略)<回廊>が本来歩くための空間であることから一定の間隔で立っている柱とアーチは、歩行者にそれぞれのリズムを与え(後略)**
モアサック修道院とアルハンブラ宮殿の「繰り返しの美学」な回廊の写真に長谷川さんはこのような文章を添えている。やはり表現力のある方だと思う。空間の魅力を文章にすることは易しいことではない。
「駅舎」と題する文章では御茶ノ水駅とそれを囲む都市空間の魅力を綴っている。
先週末、新宿駅から中央線で東京駅に向かっているときこの空間に注目していた。高架化された中央線が、この駅に近づくと谷底に向かうように沈んでいく。そこで目に入ってくるのが、乗客のために整備されたかのような緑の帯。無機的なビルの林が続く窓外の風景はここで緑の林に一変する。
「御茶ノ水空間」と著者は名付けているが、コンクリートの聖橋、鉄骨の御茶ノ水橋、そして植栽された土手の斜面などで構成されている空間は確かに魅力的だ。
実はセミナー終了後、この「御茶ノ水空間」の観察をしようかとも思っていたが、ギャラリー間を選択したのだった。次回はこの空間を観察しよう。
『建築有情』 良書は時の流れに耐える。
路上観察 南木曽町田立の蔵 090704
■ 茅葺の民家ほどには蔵のデザインに地域性は無いだろう・・・。これが、さにあらず。地域によって蔵のデザインもいろいろだ。今回は岐阜県中津川市と境を接する南木曽町田立で路上観察した蔵。
蔵には主として防火上の理由からそれ程大きな開口部は無い。特に妻壁にはあまり設けない。ところが路上観察したふたつの蔵は妻壁の上部に大きな開口部があった。庇は銅板葺きの薄いものをよく見かけるが、このような瓦葺のどっしりとした庇は私の記憶にない、記録にはあるかもしれないが。それと両開きの扉にも注目。妻壁の開口部には扉がないか、あっても普通片開きではないか。
蔵の壁の仕上げに用いられる漆喰は風雨で傷みやすいので、腰壁はなまこ壁や板壁にすることが多い。腰壁と上部の壁の見切りは普通下の蔵のように水平だが、上の蔵は屋根の勾配に合わせてへの字型になっている。鉢巻きも白と黒。このようなデザインから上の蔵は少しにぎやかな、というか派手な印象を受ける。
比して下の蔵は落ち着いた印象。どちらが好みかは人それぞれだろうが、私は下の蔵のデザインの方が好きだ。
■ 6月に読んだ本のレビュー
今公開中の話題の映画「剣岳 点の記」の原作者 新田次郎の『槍ヶ岳開山』。播隆上人の真摯な生きざまに感銘を受けた。夫婦愛の物語とも読める。おすすめ本。
柴門ふみさんのエッセイ『ぶつぞう入門』『にっぽん入門』と続けて読んだ。すると文春文庫になっている残りの1冊『サイモン印』も気になる。先日新宿の紀伊国屋書店で購入して帰りのあずさで読んだ。やはり東京の大型書店はすごい。きちんと本が揃っている。
『サイモン印』に出てくるが、「紫門さん」と間違えられることがしばしばだそうだ。私はサイモンです!という、注意喚起のタイトルかも知れない。
武澤秀一さんの著書2冊。仏教の世界を建築的な視点から読み解いてみせた本。仏教と建築、ふたつの分野に精通していないと著すことができない。
写真には写っていない『のぼうの城』。 Mさんから借りた本では予想に反して一番面白かった。人望を得るとはどういうことか、考えさせられた。
長谷川尭さんの『建築有情』中公新書をおよそ30年ぶりに読み始めた。なかなか興味深い指摘がある。読了後に取り上げようかな。