読書日記

いろいろな本のレビュー

街場のメディア論  内田樹 光文社新書

2010-09-19 08:22:39 | Weblog
 内田氏は今最も売れている大学教授・評論家で自信がメディアの寵児であるが、彼自身がメディアの不調を冷静に距離を置いて批評していることに大きな意味がある。
 まずはメディアの不調は日本人の知性の不調と同期しているという指摘は誰もが首肯するものであろう。大宅荘一が夙にテレビによる「一億総琶白痴化」を危惧していたが、それがかなり前から現実化している。視聴率を上げるための俗悪番組、視聴者を馬鹿にしたニュースキャスター等々。資本主義の論理にたやすくからめとられた姿が今現前しているのだ。
 私は前からニュースキャスターの質が劣化していると思っていたが、本書で内田氏がその質の悪さを抉りだしている。テレビのやらせ問題を指弾する新聞は「こんなことをしていたなんて信じられない」というコメントを出すが、実は全部知ってて知らないふりをしているのだ。この「知らないふり」が極めてテレビ的な手法だと氏は説く。曰く、テレビの中でニュースキャスターが「こんなことが許されていいんでしょうか」と眉間に皺を寄せて慨嘆するという絵柄は「決め」のシーンに多用されます。その苦渋の表情の後にふっと表情が緩んで、「では、次、スポーツです」という風に切り替わる。(中略) 僕はこの「こんなことが許されていいんでしょうか」という常套句がどうしても我慢できないのです。「それはないだろう」と思ってしまう。そこには「こんなこと」には全くコミットしていませんよ、という暗黙のメッセージが含まれています。(中略)「知らなかった」ということを気楽に口にするということは報道人としては自殺行為に等しいと思うのですと。キャスターの個人名が浮かんでくるほどリアルな指摘だ。氏は指摘していないが、キャスターは一見貧乏人や社会的弱者の側に立つようなふりをしているが、自身は桁外れの高給を取っている。庶民が知ったら怒るだろう。こういう偽善的風潮に鉄槌を喰らわせたのが『衆愚の時代』(楡周平 新潮選書)だ。併せて読まれたい。
 本書のこの部分を読んだだけでも溜飲が下がったが、本と著作権の問題を論じた第六講以降も知識人の見識が窺われてたいそう面白かった。本書はベストセラーになっているが、逆に言うと、これが売れるということは日本人の知性がまだまだ劣化していないことを証明していることになるのではないか。

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