読書日記

いろいろな本のレビュー

中国人の善と悪はなぜ逆さまか 石平 産経新聞出版

2019-03-13 11:14:44 | Weblog
 石平氏と産経新聞出版という組み合わせは、いわゆる「嫌中」本を想像させるが、本書はさにあらず、立派な中国文化論だった。もともと著者は北京大学出身で、民主化運動に傾倒していた。日本に留学後、中国の現状を批判して日本国籍を取得している。彼の嫌中は祖国中国を深く知った上でのもので、そこいらのごろつきのものとは一線を画している。本書の副題は「宗族と一族イズム」で中国の権力者はなぜ腐敗するのかというテーマを扱ったものである。その理由を「宗族」と「一族イズム」いう中国独特の人間関係によって説明している。中国人は家族・親戚を大事にし、その縁故関係をフルに利用して出世・栄達を実現するということは、科挙の試験に受かった者の一族は潤うという例を歴史で習って知っていたつもりだが、一読してここまで徹底しているとは、というのが素直な感想である。 
 中国では共産党の幹部を始め、地方政権の幹部、その他普通の公務員まで、その地位を利用して賄賂を手にすることは一般的である。その額も日本とは違ってけた外れに多い。この事象は中国の親族関係に由来すると著者は述べる。つまり、公の視点、社会の視点からみれば「悪」である腐敗は、中国人の親族関係においてはむしろ「善いこと」だと思われるのだと。中国人が最も大事にしている親族関係において、腐敗は一族に利益をもたらすので「善いこと」として評価され、奨励されている以上、中国から腐敗が消えることは永久にないと言い切っている。
 「一族イズム」は親戚や友人を大事にして便宜をはかることだが、その源流は中国伝統の独特の社会集団「宗族」にある。「宗族」とは、著者によると、同じ祖先を共有する父系同族集団のことで、近代以前の数千年間、中国の基礎社会、特に農村社会に根を下ろして中国社会を形作ってきた。例えば、ある農村の家族に五人の男の子が生まれたとすると、この五人の男子が成長して結婚して独立して家を構える。中国の伝統的相続制度は長子単独相続ではなく諸子均分相続であるから、独立した五人の男子によって五つの家が誕生する。これが同じ姓を名乗って、歴代同じ土地に住み同じ先祖への崇拝を基軸にして同族意識に結びつけられた集団となる。その場合、皆が集合して祭祀を行なう「祀堂」を建て、「族譜」を作成する。このように家族を超えた集まりが宗族である。ここでは先祖崇拝のみならず、族内の統制をはかることが為され、「族規」という族内のルールを作り、それを族内の全家庭に順守させる。違反した場合、族長を頂点とする族会組織はその者を裁判にかけ、一定の処罰を与えることができる。また族内の弱い者、病人、生活能力を失った者などに対する援助と救済、あるいは孤児となった子どもの扶養も行なった。また「族産」という共同財産を作り、様々な予算の財源にした。要するに宗族は国家の役割を担ったのである。従って広大な中国に於いては中央の皇帝がだれであろうと、地方は与り知らぬというという伝統が形成された。その関係は今でも続いており、地方政府は中央政府の言うことを聞かないということが多い。
 かつて共産党が政権を取った時、毛沢東は農村の宗族を毀して人民公社を作ったが、その内、人民公社自体が宗族化するという結果になって、解散に追い込まれた。これはアメーバみたいなもので、集団化すると必ずこの「宗族」とそこから派生した「一族イズム」のパターンになる。だから習近平指導部がいくら腐敗を撲滅させようとしてもなくならないだろうと著者は言う。そもそも習近平一族が「一族イズム」によって権力を利用し、富を蓄えているからだ。この巨大帝国をこれからどうするのか。腐敗をたたくことは先述のごとく難しいし、経済は米中摩擦で下降ぎみ、軍事力誇示はリスクが高い。習近平は自身を毛沢東に擬している気配が濃厚だが、オーラがないのがなんとなく気の毒な感じがする。

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