読書日記

いろいろな本のレビュー

トレイシー  中田整一 講談社

2010-06-06 15:02:39 | Weblog
 トレイシーとは太平洋戦争時、カリフオルニアにあった日本兵捕虜秘密尋問所の暗号名のこと。アメリカははやくから敵国日本の状況を徹底的に調べ、戦争の勝利を目指していた。ルース・ベネディクトの『菊と刀』はその成果で、日本人とは何かを研究していたのだ。本書にも出てくるが、海軍日本語学校で才能のある学生を集めて日本語・日本文学の研究をさせて、併せて通訳の養成も行った。このような国と戦争したこと自体、無謀と言うしかないが当時アメリカの国力を正確に把握する力も日本にはなかったのだろう。
 この尋問所は日本兵捕虜を丁重に扱い、心を開かせることで日本の軍事機密を聞き出そうという意図で開設された。当時日本の軍隊は「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓が幅を利かせており、捕虜になるなら自決しろが普通だった。したがって日本兵捕虜の心は日本に顔向けできないという慙愧の念に支配されており、その心情を解きほぐすのが最初の仕事だった。流暢な日本語で日々丁重に扱われて、日本兵はその重い口を開いて行き、零戦の性能、戦艦大和の構造、軍需工場の内部、暗号の詳細などの重要機密をどんどんしゃべったのである。捕虜たちは捕まって殺されるという恐怖があったが、そういうこととは無縁のアメリカ軍の対応に驚きを感じ、感動したのだ。最強の日本兵がかくも簡単に口を割ってしまう。ここに日本の軍隊の限界があった。人権というものをはなから排除した集団の末路は哀れである。逆に敵に利する行為を唯々諾々と行ってしまうのだから。この日本兵捕虜の卑屈さはシベリア抑留の中でも顕著だった。率先してソ連の赤化教育に迎合して、民主化の洗脳を受け、戦後の日本の思想潮流に大きな影響を与えた。ソ連も喜んだことだろう。
 太平洋戦争はまさに文化と文化の戦いで、その結末は戦争前からわかっていたということは、先の大戦で犠牲になった人びとにどう説明するのか。日本の為政者はかくも無能だったのだ。合掌。

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