Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』3等A席 2回目鑑賞

2005年06月12日 | 歌舞伎
『信州川中島合戦』(『輝虎配膳』)
初日近くでもかなり完成度が高い舞台だったのですがもっと引き締まった舞台になっておりました。やはりなんといっても役者配置のバランスが良いということが面白いものにしているなと。

輝虎の梅玉さんがやはりいい。ニンに合っているのだろう。怒りの部分に大きさが出てきたように思う。越路の秀太郎さんに豪胆な品格が出てきたのが一番目を引いた。膳をひっくり返すシーンでの死を覚悟した決然たる態度が体全体に現れていた。引っ込みの花道での演技が見たい。時蔵さん、東蔵さん、歌六さんも心情がきちんと体に入った演技でますます良くなっていた。

『素襖落』
吉右衛門さんの踊りに大きさが出てきた分、見ごたえがでてきた。ただやはりメリハリがまだしっかり出てない。あともう一歩。愛嬌の部分はだいぶ自然な感じになってきたけどやはりまだ硬さが残る。富十郎さんの声にハリが戻りつつあるかな。タイミングもよくなってきた。フォローする立場になっている歌昇さんはさりげない部分で愛嬌のある面白みとキレを見せる。やはり上手い。

『恋飛脚大和往来』「封印切」「新口村」
染五郎さんと孝太郎さんの若手コンビの成長が著しいと思う。この二人に足りない柔らか味が出てきた。それと忠兵衛と梅川のラブラブぷりに拍車がかかってる。これはかなりいい。この二人の密接度の高さが悲劇に至る道筋を際立たせている。

「封印切」
まず、染五郎の雰囲気が柔らかくなってきた。肩の線に丸みが出てきた感じがする。ただやはりはんなりな雰囲気までには至っていない。あと前半の場で軽さがまだまだ足りない。和事の軽さを出すのは難しいのだなとつくづく。「逢いに行こうか、戻ろうか」の花道での出が急いている感じがあるのだがここはもっとたっぷり、そしてもう少し軽い感じにしたほうが忠兵衛らしいと思う。ただ、その後の梅川とのじゃらじゃら感はかなり良くなってきた。おえんじゃなくてもツッコミを入れたくなるくらい。ここの部分でもう少し柔らかい色気があるといいんだけどなー。もっとぐっと肩のラインを落として胸のところで色気を、とか。かなり無理な注文?(^^;)

良くなってきたのは後半。2階で八右衛門の悪態を聞いている部分あたりからとにかく形がよくなっている。キメの形が非常にいいと存在感が出てくるのだな。むっとした様子、梅川のためと我慢している様子、それを上半身だけの動きでよく見せている。背中を向けてすらきっちり心情がのっているのがわかる。前回、この部分で存在感が無かったんだけどかなり出てきた。ここらあたりから時に良い意味で仁左衛門さんにドキッとするくらい似てる部分がありました。

そして怒りのあまり階下へ降りる部分。ここはもっと高ぶった感情を出してきてもいいかな。でもその後がすごい気迫でした。仁左衛門さんにがっちり食らい付いていた。テンポも良くなってきて、前回、仁左衛門さんに軽くいなされている、と思った部分がなくなってきた。だから封印切りに至る部分で相当な迫力が出てきた。激情の部分をしっかり出してきて、梅川の泣きで、感情が一気にグッときて「ままよ」と封印を切る、この激情の部分が前回はあっさりいかにも自然な流れでやっていたのをかなりたっぷりとしてきた。やはりたっぷりするほうが見応えがある。

またそこからの染ちゃんの表情がすごかった。激情、空虚、そこに梅川へ想いをふと見せてから我に返っての恐怖心とどんどん変化させている。それが3階からでもしっかりわかる。だいぶ忠兵衛の性根を自分のモノにしつつある。そして絶えず梅川のほうに気持ちがいっている部分が非常によくみえた。言い争いの部分では八右衛門のほうにしっかり向いてるし梅川を見ているわけじゃない。なのに梅川に気を配っているのがわかる。なんだかとても情の濃い忠兵衛だった。ここの部分は仁左衛門さん忠兵衛とは違う染忠兵衛が形つくられそうな予感。心配だった声もよく出していて、くどきに切なさも出てきた。でも個人的にはここはもっと切なさが欲しい。もっともっと出来るはずだ。出来ると思うからかなり高い要求だとは思うけど書いておく。

染忠兵衛が八右衛門に食らい付いて迫力が出てきたせいか、仁左衛門さんの八右衛門に愛嬌だけでなく金持ちぼんぼんの嫌らしさ、そして捨て台詞に凄みが出てた。うわあ、恐いよっ。やっぱり前回は手加減してたんじゃないのかしら…。

孝太郎さんの梅川にも柔らかさがでてきて、情味というものが台詞に出てきていた。この情味が色気につながりそうな雰囲気も。まだまだ足りないけどふんわりした台詞回しになってきたなと。これをもっともっと出してふわふわした色気を出していってほしい。忠さんしか見えてない可愛らしさは十分にあるんだけど、どことなく孝太郎さんの梅川にはわりと姉さん女房ちっくなしっかりさがある。でも歌舞伎の梅川はもっと頼りなげな憂いがある可愛さのほうが似合うんじゃないかなあ。ただ、小柄な部分をいかしてぐっと相手方の胸元に入り込み表情に一途さを見せるのは上手い。忠兵衛に真相を聞く前のうれしげな雰囲気も良かった。ただ真相を聞いてからの嘆きをもっともっと悲痛にしてほしい。自分のために封印を切らせてしまった、という慟哭にちかい嘆きがほしい。だってあれだけラブなんだよ。ただの泣きじゃダメなんだよー。難しい注文だろうけど、個人的に今回の「封印切」の梅川に一番物足りない部分だったりします。

「新口村」
染忠兵衛と孝太郎さん梅川に存在感が出てきた。最初の出はムシロで顔と身体のほとんどを隠してるんだけど二人がお互いにしっかり寄り添っている形がよく、この出から拍手がきたよ。そのくらいいい形だった。そしてムシロを取ったその姿がなんとも美しい。ここでまた更に大きな拍手が。前回も勿論美しかったけど、ここまでの美しさがなかった。そうなのだ、この二人の姿の形が非常に良くなっているのだ。お互いがお互いを必要としている、そして気遣い合う、その姿がなんとも良くなっていた。

しかし、染ちゃん、こんなに義太夫のノリがよかったっけ?ほんとひとつひとつのポーズが絵になってきている。義太夫へのノリがしっかり身体に入ってさりげないのにきっちりしてて非常にいい。それに伴い台詞まわしがより情味、切なさが増してきた。梅川への気遣いもより鮮明。そしてやっぱりちょっと子供ぽくて愛らしい。うん、ここの染ちゃんはほんと良い。

孝太郎さんの梅川も忠兵衛への想いがしっかりと出て、私が支えてあげなくちゃな雰囲気がとてもよかった。また孫右衛門への気遣いの優しさがより優しい雰囲気になり、情味がでてきた。でももっとしっとりした色気が欲しいなあ。この場は梅川がキーとなるのでかなり神経細やかに演じなければいけないのだろう。ここで憂いと気遣いの両方を出すのはかなり難しそうだ。孝太郎さんの梅川は雀右衛門さんに教わっていて、今回もその形を丁寧に丁寧にやろうとしているのはよくわかる。台詞回しが時折、雀右衛門さんぽくなるのには驚いた。でも情味の部分がまだまだ足りない。なぞるという部分からもう一歩抜けて、より「想い」というものを身体から出してほしい。細々した仕草の形が前回よりほんとうに良いだけに、やっぱりもっと上を求めちゃう。

孫右衛門の仁左衛門さんも子供可愛さだけでなく父親としての苦しい複雑な想いをしっかり出してきた。よりしみじみと忠兵衛を想う気持ちが伝わってくる。表情を派手にしてくるかと思ったけど、ここはしっかり押さえぎみにしていた。そのあとで一気に感情を出す、その緩急が上手い。より情を出してきたため前回よりすすり泣きの声があちこちから。

そういえば「覚悟極めて名乗つて出い」で思わず忠兵衛が戸口から出てきてしまい、「今じゃない、今ではない」という孫右衛門の切ない台詞のシーンで客席から笑いがこぼれるのはどうなんだろう?みんな、台詞がわからないのか、染が出のタイミングを間違った?と思って笑うお客さんもいたような気が。ただ今回この部分、染がさっと引っ込むのではなく親の様子を伺いながら少しづつ戸を閉めるという演出したのはわかりやすくなっててよかったかも。