Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

日生劇場『二月大歌舞伎』 1等席前方センター

2013年02月16日 | 歌舞伎
日生劇場『二月大歌舞伎』 1等席前方センター

夏に大怪我をされて舞台をお休みされていた染五郎さんの復帰公演です。染五郎さんが転落されてしまった舞台を拝見していた身としてはまずは早く拝見したいということで初日に赴きました。早朝に團十郎さんの訃報のニュースが入り、色んな想いが入り混じった観劇となりました。こういう日にも舞台に立たなければいけない役者さんたちは大変ですね。それでもそんな素振りを見せず私たち観客を楽しませてくださいました。観客としては感謝するだけです。

そして色んな思いを抱えての観劇となった私は自分でもビックリしたくらい涙を流しました。でもそんななか歌舞伎は楽しいって心から思いました。やっぱり歌舞伎が大好きです。

『口上』
幸四郎さんの口上はラフなものではなく正式な拵えでの口上でした。あの拵えでのとても丁寧な口上に胸を衝かれました。いつもならこういう時の幸四郎さんはとてもにこやかです。しかしそのにこやかさはなく終始マジメな表情。染五郎さんの事故のことで心配かけたお詫びと今回、無事に復帰できたこと、そして新しく開場する歌舞伎座と歌舞伎をどうぞよろしくという内容。口上の最後のほうでは幸四郎さんの目に涙が浮かんでおり声も震えていらっしゃいました。色んな想いが去来されていたのでしょうね…。

『吉野山』
鼓の音に導かれすっぽんからせり上がって来た染五郎さんの姿に涙、涙。鼓と共に落ちて行った染五郎さんが本当に舞台に戻ってきた瞬間でした。染五郎さん、お帰りなさい!復帰おめでとうございます。

忠信(源九郎狐)@染五郎さん、凛として爽やかな華がそこにありました。ひとつひとつの振りをかみ締めるように丁寧に丁寧にかっちりと。初心に戻っての楷書の踊りという感じでした。武将忠信としての芯の部分を強く出しそのなかでふっとした拍子に「異」である狐の本性がでるという造詣。戦語りがとても明快。踊りのなかに冴え冴えとした鋭さと骨太さがあります。全体的には少しばかり緊張されていたでしょうか。緊張感がこちらへもひしひしと伝わってまいりました。そういう意味では踊りに硬さはあるものの観ていて気持ちのよい踊りぶりでした。まだ復帰第一歩で久しぶりの舞台ですし大怪我をして身体を数か月動かせないところからよくぞここまで回復させてきたと思いました。

静御前@福助さん、丁寧に抑えた踊りのなかに柔らかさとふっくりとした艶やかさがあります。義経の愛妾としての色気がありつつ忠信の主人格である静御前としての「格」がしっかりそこにありました。華やかで変に出過ぎることもなくとても良かったです。

逸見藤太@亀鶴さん、軽妙にのびのびと踊られています。藤太の可愛い小心者ぶりが楽しい。芝居部分でのいわゆる滑稽味は少々薄いですね。

最後の立ち廻りは華やかで楽しいです。

全体的に『吉野山』の舞踊劇の舞踊部分が鮮明に出た楷書の舞台だなと思いました。


『通し狂言 新皿屋舗月雨暈』
「魚屋宗五郎」が単独で上演されることが多いですが今回は前段の「弁天堂」「お蔦殺し」の場を出して半通し上演です。国立劇場でもこの半通し上演の試みが最近ありましたが芝居の作り方がだいぶ違いました。国立は時代ものに近い芝居、今回はあまり時代にせず世話物に近い芝居。よりわかりやすくという試みでしょうか。「弁天堂」「お蔦殺し」は滅多に上演されない場ということもあり登場人物たちのキャラクター造詣や物語の運びがまだこなれてないなとは思いましたが登場人物たちの思惑や行動原理の部分で後段に繋がるものが十分見いだされとても面白く拝見しました。この段があると主計之助と宗五郎の立場の違いの対比のみならず酒に呑まれてしまう酒乱同士の対比も鮮明になります。とはいえ陰惨な場ではありますね。「魚屋宗五郎」はこの場面だけで十分になるように構成されている。なので前段をつけると多少説明過多になっている部分はあるものの、やはり前段があることで登場人物の関係性が具体的になり説得力が出ると思います。ある程度の物語構成をしっかり見せることはいわゆるお約束や有名戯曲の前提を知らない今の観客には必要だと思います。こういう試みはこれからもしていって欲しいです。

宗五郎@幸四郎さん、宗五郎は3回目です。私はすべて拝見しておりますが今回の宗五郎は、前々回と前回と比べひとつなにかぽ~んと突き抜けた出来と思いました。芸に広がりがあったというか、「宗五郎」という人物が見事にそこにいた気がしました。とにかく出てきた瞬間、空気が変わりました。宗五郎の哀しみが一瞬にして劇場を覆う。そしてその哀しみだけに浸らせない。真っ直ぐな気性と酒乱になっていくさまの格差を緩急効かせ演じていく。哀しみゆえにしでかしてしまう行動の滑稽さをてらいなく開放して見せていく。これはお見事でした。幸四郎さんの宗五郎は酔っていくうちに自然に酒乱になっていく。酒を飲んでいくうちに宗五郎@幸四郎さんの顔が赤くなっていく。そんな拵えをしていないのにそう見えた。様式とリアルの中間での酔いに観客は見事にだまされる。宗五郎の家族と同じような気持ちになったり、または宗五郎の哀しみのなかの酔いに一緒に酔ったり。芝居ってこういうものなんだなと思いました。いままでは宗五郎にしてはどこか大きすぎる(どこぞの大旦那にみえた)かなと思っていましたが今回は理不尽に妹を殺されて哀しみ市井の魚屋でした。

お蔦/おはま@福助さん、まずはお蔦、物語のキーとなるお蔦をどうにもならない立場の女性として柔々と哀れに美しく演じてとても良かったです。疑われたまま、死を覚悟し部屋に戻った場での哀しみに打ちひしがれる様に『加賀見山』の場を思い出させた。そしておはまでは下町のおかみさんらしいさばけぶりのなかに旦那想いの可愛らしさを乗せてこちらもとても良かったです。こういうさばけたお役だとやりすぎになることもある福助さんですが出過ぎることなくしっかりと演じていたのが印象的。

主計之助@染五郎さん、酒ゆえに悪人に付け込まれてしまう酒乱の主計之助を殿様らしい品と大きさを保ちつつも酔ううちにどんどん陰に籠っていき狂気の狭間まで落ちていく様を見せていきます。お蔦への想いが強いからこその狂い。

おなぎ@高麗蔵さん、若々しく聡明で凛とした風情がとても良かったです。かなり突っ込んだ芝居でも一本筋が通り崩れないところがさすがの上手さです。

太兵衛@錦吾さん、情味の深い老父としてしみじみといい味わい。存在感がありました。

三吉@亀鶴さん、うまく三吉というキャラクターに嵌っていました。巧いですね。おっちょこちょいだけど親方想いのいい小奴。

浦戸十左衛門@左團次さん、出番は多くないのですが場の空気を締め大きくしていきます。

岩上典蔵@桂三さん、飄々とした風情ながらしっかりと悪役を演じていました。

小姓梅次@児太郎くん、可憐なお小姓さんです。しっかり身体を殺し丁寧に演じていました。しっかり女形の声を作れてきていたのには感心。安定してきましたね。