Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『吉例顔見世大歌舞伎 昼の部』1等1階前方センター

2010年11月20日 | 歌舞伎
新橋演舞場『吉例顔見世大歌舞伎 昼の部』1等1階前方センター

『天衣紛上野初花 -河内山と直侍-』
とっても面白かったです。観ていて終始楽しかった。幸四郎さんと菊五郎さんの顔合わせってたまにしか無いけどあるといつも当たり。個人的この組み合わせ対照的なバランスがよくて大好きです。幸四郎さんと菊五郎さんの役者としての距離感がまたいいんですよ。ゆるみのないピンと張った空気感のなか、役として大人同士の気安さを醸しだし、ほんと素敵な芝居を見せてくださいました。

2005年に国立劇場で半通し上演された時(幸四郎、染五郎・時蔵)にも思いましたが『天衣紛上野初花』は通し狂言のほうが絶対面白いって今回も思いました。この作品がピカレスクロマンものだというのが際立ちますし、黙阿弥の晩年の傑作狂言だというもの判ります。研ぎ澄まされた粒だった台詞が多く全体の語り口がとても洒落ています。

現在なかなか通しで上演されない演目に関しては上演されない幕に対する演出、工夫は必要でしょうけど、今回は何度か通し上演にトライしている幸四郎さんの手が相当入っているとみえてメリハリが効いてテンポも良く粋な悪党どものノワールものになっていました。また今回の座組みは脇も揃ってたしバランスが良かったのも見応えが出た理由のひとつでしょう。

また、それとは別に座組みによって、また演出によって同じ演目でも雰囲気が違うのだなと強烈に感じた芝居でもあった。2005年国立の時の座組みでは滅び行く江戸という時代への郷愁や哀しさがみえましたが、今回はもう少し生ぽさを感じました、郷愁ではなく江戸末期の生の人々の営みのほうが立った芝居だったなと。これは完全に個人的な印象なのですが、たぶん世話物を得意とする菊五郎劇団の出すゆったりとした空気感が底辺にあり、そのうえでドラマを構築するのが得意な高麗屋がその空気にメリハリをつけ動かしていったことで「物語」のなかの人々が「そこにいる存在」として活き活きと活写されたんじゃないかと。そんな風に思ったりしました。2005年の芝居は人の生き様が哀であったけれど今回の芝居の生き様には愉があった。

河内山@幸四郎さん、ピカレスクロマン風の造詣。現在の幸四郎さんには大きな存在感があるので以前より大悪党風情になってはいるものの、根の部分の小悪党部分を強調し粋な軽みを出してくる。「お金が大好き」で「悪さ」をすることが楽しみでしょうがないといった感じの河内山。そのなかで「義」や「潔さ」があって、とてもカッコイイ存在であった。台詞のメリハリもよく、観ていてワクワクする河内山でした。

直次郎@菊五郎さん、すっかり手馴れたお役ということもあり、とても自然に二枚目で小粋な小悪党として存在しておました。軽妙にそれでいてたっぷりとした芝居。ふくよかな色気があり、佇む姿がなんとも美しい。まだまだこういう二枚目がお似合いですね。芝居っ気がありつつさらりと流す独特の味わいが菊五郎さんにはあります。

三千歳@時蔵さん、直次郎にすっかり惚れこみ、そこ以外に自分の生きる道がないと自分の道を定めてしまった三千歳。一途で可愛い女でした。菊五郎さんの女房役として安定感がありましたが前に拝見した時よりちょっと色気が薄かったかな?

丈賀@田之助さん、佇まいが見事ですね。田之助さんが出てくるとなお一層寒い雪の中というのがまざまざと浮かぶ。また、丈賀というキャラクターの按摩としての立場、生活すらも滲み出す。さすがだなと思いました。

松江候@錦之助さん、気位の高い癇癪もちのワガママな松江候をしっかり演じていらっしゃいました。身分の高さもきちんと感じさせて今後持ち役にしていくのではないかなと思いました。