Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

東大寺『東大寺奉納歌舞伎 松本幸四郎 勧進帳千回公演』 前方中央ブロック上手寄り

2008年10月15日 | 歌舞伎
奈良東大寺『東大寺奉納歌舞伎 松本幸四郎 勧進帳千回公演』前方中央ブロック上手寄り

『東大寺奉納歌舞伎』観劇のため奈良遠征してきました。前日は大雨だったとのことですが当日は快晴です。昼間はかなり暑く、寒さ対策していった私は失敗したか?と思ったのですが夜は想像以上にかなり冷え込み、コート&ショールがあっても寒いくらいでした。しかしそんな寒さ吹き飛ばす熱い舞台を見せていただきました。ライトアップされた東大寺の幻想的な舞台での松本幸四郎 勧進帳千回公演という特別な公演のその場に居合わせたことの幸せを感じた時間でもありました。

舞台は本舞台が見切れない位置に席を置いて、観客総数5000人。それでもまだまだ敷地には余裕がありました。どれだけの広さなんだ…。東大寺の大きさには圧倒させられました。でも後ろのほうの席だと舞台はかなり小さく見えたでしょうね。両脇にスクリーンは2台置いてありました。

しかしこんな大きな空間で演じる役者も大変ですよね。舞台は本堂の前に作られ、花道は本堂前のサイドから斜めに設置してあり幕は無し。富樫の出入りは本堂内からという形で最後の弁慶を見送ってから場は暗転で。本舞台も歌舞伎座より広いし、仮設の花道も歌舞伎座より長かった。そして圧迫感のある本堂と大仏様が背景にあって、その本堂の上の空は勿論高い。でも役者の皆さん、負けてなかった、大きかった。雨のせいでこの本堂前での舞台では稽古ができず、ぶっつけ本番だったそうです(亀三郎さんブログ大道具さんブログ情報)。それでもあれだけの大きい芝居ができたんですね。集中度が凄かったんでしょう。体の動き、歩幅を大きくしていかないと収まりの良い位置で芝居が出来なかったはずなのにそれが出来てました。改めて今、感動しています。

『散華』
雅楽の調べに乗せて謳われる東大寺式衆(僧侶)による「散華」。雅楽の美しい音色が空高く響き厳かな雰囲気のなか僧侶たちは五色の蓮の花びらを模した紙を撒いていきます。


『歌舞伎十八番 勧進帳』
快晴で満月が空に上り、大仏様のお顔の部分の天窓も開け放たれた、ライトアップされた東大寺で弁慶1000回目を演じられた幸四郎さん、本当に幸せものだと思いました、そういう意味では運を引き寄せる力のある方なんでしょう。こんな良い条件が揃った場所での弁慶1000回目なんですから。

そしてそのなかで万感の想いで弁慶を演じたのでしょう。本当に気持ちがこもった、主君思いの熱い熱い必死な弁慶でした。正直に書きましょう。技術的な部分でいえば以前に比べ体にキレが無かったです。特に延世の舞以降、肩で息をしながらでしたし、ベストな状態での幸四郎さんの弁慶を知っていると声の伸びもいつもより足りない。年齢的に体力はだいぶ限界に近いところにあったんじゃないかと思います。それでもごく自然に大きな動きと朗々とした台詞廻しを響かせ華のある存在感たっぷりの弁慶でした。幸四郎さんはただもう体に染込んだ「弁慶」をひたすらに演じていただけでした。技術うんぬん、超えちゃっていました。それだけにシンプルに弁慶の心持がストレートに伝わってきました。今回の『勧進帳』は様式の部分を越えたとっても人間くさいドラマがありました。幸四郎さんの弁慶はとっても純粋なんですよね。余裕のなさを見せちゃってるけど、でもその必死さに周囲が呼応して団結していった一行なんだろう、そしてそういう一行だから富樫も命を賭けて彼らを助けられたそう思えた。

そして私が「あっ!」と思った瞬間がありました。弁慶のとっさに嘘をついた「東大寺建立の勧進」、その台詞を言った途端、その嘘を真にしようとする思いに呼応して東大寺が浮かんできたように見えたんです。そんな摩訶不思議な情景だったんですよ。東大寺で演じる、それがこんなに説得力のある光景になるって凄いですよね。渾身の形相の幸四郎さんの弁慶だから、そう感じられた、というのがあったような気がします。この1000回目の弁慶、心から素晴らしいものであったと私の記憶に残るでしょう。

渾身の弁慶に相対する染五郎さんの富樫、本当に良かったです。完全に富樫という役を物にしてきた、と思いました。出の瞬間から大きい富樫でした。自分の仕事に誇りをもち、芯に熱い物を持った情味のある人間味溢れる美しき能史。最初は少しばかり緊張の面持ちはあったものの、どんどん役のなかに入っていってました。堂々とそして朗々とした台詞回しが響きます。声がよく前に出ていただけでなく時にすさまじい鋭さでスコンと声が宙に放たれる瞬間もありました。まだ完全に安定感があるというわけではありませんが声だけで十分に情景を見せることができるようになっていたと思います。また。弁慶との丁々発止の緊迫感と迫力は見事なものでした。必死な弁慶に対し大きさで圧倒する部分すらありました。また、動きがとにかく美しいです。大きく、大きく動いているなかで腰の入り方、裾裁き、背筋のライン、ひとつひとつの動きが絵になっていく。見事だなあ、と心の底から感嘆しました。

染五郎さんは基本的に富樫役者なんだと思います。役とニンが完全に合致している。ここまでここ数年で持ってきた染五郎さんにただ拍手です。でも、それでも染五郎ファンとしてはやはり近いうちに弁慶も演じてほしいです。やらなければ始まらない。富樫をここまで持ってきたのもその先に弁慶があるから、だと思うのです。弁慶は染五郎のニンじゃない、そうは思います。でもそう思う私たちの「線が細いだろうな」と想像してしまう弁慶を覆してほしいです。

義経の高麗蔵さん、持ち味の鋭さを今回まったく隠していませんでした。より武将たる義経でした。歌舞伎という様式のなかの役割のなかの義経からは外れています。品位の高さ、柔らか味という部分は無いです。でも御大将としての芯はきちんとあります。逃亡中の義経、というものを強く感じさせました。

亀井六郎@亀三郎さん、片岡八郎@坂東亀寿さん、駿河次郎@澤村宗之助さん、常陸坊海尊@松本錦吾さんの四天王はここ近年の四天王のなかで一番結束力と勢いのある四天王だと思います。個々、きちんと個性があるなかで一致団結した仲間として存在しています。この面子は巡業での幸四郎さん弁慶をずーっと支えてきた人たちです。それが体から滲みでてきてるんですよね。今回の必死さのある幸四郎さん弁慶と相まって、命懸けの逃亡中の一行だというものがひしひしと伝わってきました。観たのは歌舞伎、だけどでもそれ以上に人間ドラマな『勧進帳』でした。こんなに存在感がある四天王ってなかなか無いですよ。個人的に1000回記念に亀兄弟と宗之助さんを使ってくれて嬉しかったです。

結束という部分では番卒たちも負けてませんでした。役を続けるということで滲み出る何かが確実にあるんだなと思います。

太刀持は今回のカウントダウン巡業から入った錦政くん。筋をきちんと伸ばして大役をこなしていました。小柄な体を一生懸命に動かしていたのが微笑ましかったです。

武蔵坊弁慶:松本幸四郎
富樫左衛門:市川染五郎
源義経:市川高麗蔵
亀井六郎:坂東亀三郎
片岡八郎:坂東亀寿
駿河次郎:澤村宗之助
常陸坊海尊:松本錦吾
番卒軍内:松本幸太郎
同兵内:實川延郎
同権内:市川欣弥
太刀持音若:松本錦政

<余談>
カーテンコールがありました。呂律がまわらないほどゼーゼーしながらも「歌舞伎では普通はカーテンコールはないんですよ」と笑わせる幸四郎さん。これで観客が和むます。幸四郎さんの言葉でほぼ正しく載せたのは歌舞伎美人かな(以下に転載)。でも全部じゃないですね。もう少し長かったです。何度も周囲の皆さんへの感謝を気持ちをおっしゃっていました。

「昭和33年16歳で初めて演じて以来、今年で50年、半世紀かかり今夜千回を迎えることができました。まずお礼を申し上げたいのは、東大寺様、主催の朝日新聞様、松竹関係者、共演者、裏方の方々。そして、何にもまして本日ここにお集まりくださいましたお客様に、あつく御礼申し上げます。

 只今、弁慶を演じていますと、後ろから大仏様の声が聞こえて参りました。それは「人を傷つけたり、中傷誹謗することは、だれにでもできる。しかし、人に感動を与えることはなかなかできない。そのなかなか出来ないことをお前は商売にしているんだ。これからも心して励め」というお言葉でした。

 これからも大仏様のお言葉をうちに秘め、染五郎をはじめとする若い歌舞伎俳優たちへ歌舞伎を手渡すまで、修行を続けて参りたいと存じます。」 歌舞伎美人より

この後で「歌舞伎を今後ともよろしくお願い致します。今日という日を迎えられたのもひとえに皆様のおかげです」というような締めでした。

幸四郎さん、年老いたんだなあ、少しはまるくなっちゃったんだなと思ったのは「染五郎をはじめとする若い歌舞伎俳優たちへ歌舞伎を手渡す」って言葉が出たってところですね。染五郎さんを見て、それから四天王の亀兄弟と宗之助さんを見て、この言葉を言ってました。染ちゃんだけじゃなく、しっかり亀兄弟と宗之助さんを紹介するような雰囲気で言ったことに、あっ統括に入ろうとしてるのかあって思いました。でも幸四郎さんには攻めの姿勢でいてほしい気がします。なんとなく色々考えちゃいました。


2 コメント

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ステキな夜でした (スキップ)
2008-10-21 02:00:54
雪樹さま
こんばんは。
やっぱりいらしていたのですね、東大寺。
私もその場にいました。
大仏さまも満月の月も5000人の観衆も、
すべてのものがピタリとハマって
幸四郎さんの1000回目の弁慶をお祝い
できたこと、その場にいられたことは
本当に幸せでした。
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本当に (雪樹)
2008-10-21 11:17:57
スキップさま

こんにちは~。
はい、思い切って行きました、東大寺。
スキップ様もあの場にいらしたんですね(^^)
きっと傍をすれ違っていたかも。

それにしても本当に素敵な舞台でしたね。
野外ならではの自然の音がいい効果音で
一瞬、時代を遡ってしまったような錯覚すら覚えました。
大仏さまも満月の月も5000人の観衆も、
ほんとこれ以上ないハマりようでした。
私もあの場にいられたこと、とても幸せに感じました。
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