Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『十二月大歌舞伎 夜の部』 1等2F下手寄り

2005年12月10日 | 歌舞伎
歌舞伎座『十二月大歌舞伎 夜の部』 1等2F下手寄り

『恋女房染分手綱』重の井
児太郎くんが福助さんに非常によく似ていることもあり実の親子で演じたところの面白さがあった。三吉が重の井に自分の母だと言うシーンが無条件に観客が受け入れられる。そのため三吉の必死さにその時点で感情移入することが出来、その後の展開にハラハラすることになる。ただ児太郎くんが子役としてはギリギリの年齢で「健気さ」を感じるには危ういところにあった。声もしっかりしているし、形もしっかりやっている。ところがそれゆえに大人びすぎており、あざとさが見えてしまうのだ。とても頑張っているのはわかるだけにあと1年早かったらとつい思ってしまった。

福助さんの重の井は母であり女。母としての情愛がたっぷりで、子供が可愛いという部分がハッキリしておりその部分の嘆きがとても上手い。現代的な感覚の嘆きなので知らず知らず胸が締め付けられる。しかし感情が激しすぎるため三吉を思い切れるような女性に見えない。後悔がありすぎて弱い女なのだ。きっぱりと子供を思い切る、その部分の哀しさがあまり伝わらない。どこかで重いものを背負って行きていかなければならない哀れさとそのなかで前を向くしかなかった強さがあるほうが説得力があると思う。そのせいか最後の泣き笑いが物足りなかった。糸にのった形はとても美しかった。福助さんはもう少し格と豪胆さを出せるようになるといいんだけどな。

七之助の腰元若菜のテキパキとした造詣がすっきりとした可愛らしさにもなりとてもよかった。

弥十郎さんの弥三右衛門の飄々とした爺ぶりもなかなかよかった。もう少し愛嬌をのせてもいいかも。


『船辨慶』
期待していた玉三郎さんの『船辨慶』は期待外れ。能に近づけた新演出という意欲は認めるが…。玉三郎さんが能の表現方法と歌舞伎の表現方法の違いを見極めて無いとは思えないのだがどうしてああいうものにしてしまったのか?今回はただの真似の域でしかなく歌舞伎に消化されておらずアラばかりが目立つ。従来の『船弁慶』でさえ静御前の舞は能役者とつい比べてしまいがちなのに…。今回はあまりに能に近づけすぎて、あらためて能役者の凄さに思いをはせる結果になってしまった。謡い、足捌き、まるで違う。玉三郎さんのは真似事にしか見えないし、そもそも、声も体型も能に向いているとは思えない。柔らかいしなやかさ、それが玉三郎の身上ではないのかしら。なぜそちらの方向に行かないんだろう?存在感は相変わらず素晴らしかったんだけど…それだけじゃ納得はしない。玉三郎さんの静御前、さぞかし義経への切々とした恋情を表現してくれるに違いないと思っていただけに残念すぎる。知盛はあまりに迫力不足。妄執、怨念のオーラがみえず、人外の異様さもない。後半の場で張り詰めた空気感を作り出せてなかった。玉様の出、引っ込みどちらにもほとんど拍手が沸かなかった。これほど拍手が沸かないのも珍しい。観客がどう思ったか端的に表れてると思う。

弥十郎さんの弁慶は大きさもあり朗々とした声も良くピッタリ。

唯一、盛大な拍手を貰っていたのは船頭の勘三郎さん。明るい華、観客を惹きつけるオーラがお見事。間狂言をしごく真面目にしっかりと歌舞伎らしくみせてさすがの底力。

薪車さんの義経は美しい。どことなく緊張していたような感じも。あのメンバーのなかにいたらねえ(笑)

ああ、そういえば曲と囃方はとても良かったです。緊張感の保ったいい演奏だったと思います。

#それにしても今年になって玉様の方向性にだんだんついていけなくなっている。どうしてだろう?玉様のやることなすこと「素敵」としか思ってなかったのに(涙)<私、玉様ファン歴17年です。この年季で今更ついていけないと思うとは…。


『松浦の太鼓』
今年の歌舞伎はNHK大河とコラボしたのか?と思うほど源平に明け暮れた1年だったと思います。そのわりに『義経千本桜』を通しでやってくれませんでしたけどねっ(不満)。しかし年の瀬には、やっぱりあれが観たいじゃないですか。そーですよ、忠臣蔵。12月の歌舞伎座夜の部の打ち出しを『松浦の太鼓』にしたのは非常に良い了見ですよ。はい、それだけで勘三郎さんの株が私のなかでちょっとばかり上がりました(笑)

全体的にかなり軽く仕上がっていましたが前の演目とのバランスを考えると、このくらいのほうが良いのではなかと思います。気分よく楽しく見ることができました。喜劇の方向性を強く打ち出したところに仇討ちを応援している周辺の浮かれ気分を現しているようにも見える部分があり、そういう皮肉な部分がさりげなくみえたのも面白かったです。

松浦侯の勘三郎さんは、ご自分の愛嬌を全面に出し少々軽薄なお殿様を造詣。へたすれば軽佻浮薄になりかねない一歩手前で押さえ、殿らしい品もきちんと備えている。自由気ままで自分の欲望に忠実、だけど情に厚く天真爛漫で憎めない、そんな松浦侯。勘三郎さんの人を惹きつけるオーラがそのまま松浦侯へと転化されたようでした。ただ、このキャラクター造詣のためか、陣太鼓が聞こえてきて、指折り数え意味を図るシーンで笑いが起こるのは痛し痒しかもしれません…。あそこは笑うとこじゃないと思うんだけどなあ。

宝井其角の弥十郎さん。夜の部は全ての演目に出演されていました。脇役で核になるような役者さんが少ないということでしょうか。弥十郎さんは三演目ともしっかり演じ分け、それぞれに存在感を見せました。しかし、其角はちょっと俗ぽい部分がありすぎたかな。もう少し枯れた味わいが欲しかった。勘三郎さんのテンションについていくには、あのくらい俗ぽさがないと負けちゃいそうですが(笑)

お縫の勘太郎くんが、とても可愛らしかった。ごつい顔と体格があまり気にならないほど、しっかり体を作っていました。とてもしなやかで健気な雰囲気を出すのが上手い。

大高源吾の橋之助さんは、風流人には見えませんが一本気な雰囲気が赤穂浪士としては良かったと思います。最後の場の語りに緩急がなさすぎて、聞きづらかったのが残念。

殿様よいしょ5人衆が結構笑えました。


2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
物足りなさ (愛染かつら)
2005-12-21 16:43:46
雪樹様

こちらの記事TBさせて頂きました。



船辨慶は正直私も何だか物足りなかったんですよねー。

特に知盛の霊になってからは、もう「ガックリ」としてしまいました。

劇場では「素晴らしかった」という声も聞きましたから、満足なさっていた方もいらしたとは思いましたが、私はいつもの船弁慶の方が好きです。

返信する
賛否両論 (雪樹)
2005-12-22 11:58:17
愛染かつら様

こちらにもTBありがとうございます~。

今回の「船辨慶」は良かったという方といまひとつという方の両極端の意見が多いように思います。好みの問題もあるでしょうが、歌舞伎と本行の能をどう捉えるかでも意見が色々かなと。玉三郎さんクラスでも新しいことをやるのはなかなか難しいものだなあと思いました。
返信する