Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『二月大歌舞伎 昼の部』 1等1階センター上手寄り

2009年02月11日 | 歌舞伎
歌舞伎座『二月大歌舞伎 昼の部』 1等1階センター上手寄り

満員御礼で補助席まで出ていました。本日、歌舞伎初心者さんが多そうでした。新鮮な反応が多くてそれも楽しかったです。二月は演目が発表されたとき最近観たものばかりでちょっと微妙~とか思っていたのですが実際観て見たら予想以上によくて大満足でした。 役者さんたち、さよなら公演のせいかなんとなく気の入り方が違うような?

『菅原伝授手習鑑』「加茂堤」「賀の祝」
完全通しで観たいなあ。さよなら公演でやるかと思ったのになぜみどりでやっちゃうんだろう?でも今回、桜丸の悲劇がきちんとわかるように「賀の祝」だけじゃなく普段は通し狂言のときしかかけない「加茂堤」をやったのは評価できる。配役が三兄弟が若手、奥さんが中堅で少々バランスが悪い部分もあったけどそれぞれの役はニンにあっていてだんだん気にならなくなった。

「加茂堤」は下世話な内容ではあるのだけど牧歌的な空気がきちんとあって、ちょっとしたことが悲劇への発端になっていく、という部分が際立ってた。

「賀の祝」は、前半と後半のメリハリがあってとても良かった。また久々に喧嘩の部分を面白く見た。染五郎さんと松緑さんの間やリズムが良いのと、芸だけでは出ない若さゆえの前のめりさがあるからかもしれない。喧嘩の場でわっと観客が弾むのは若さゆえの稚拙な兄弟喧嘩というのがよくわかるからかも。

桜丸@橋之助さんが凄く良かった。明るくて人のよい前半があるだけに後半の悲劇が浮き出る。ともすれば柔らかくなりすぎな桜丸だけど、橋之助さんだと骨ぽさがあるので「加茂堤」「賀の祝」の流れが自然。私は女形さんがやる桜丸より立役の桜丸のほうが好きかも。台詞廻しが芝翫さんにソックリ。相当、稽古をつけてきてもらったとみえる。トーンが一本調子で明るくなりがちだった部分がほとんどなく、きちんと心情を伝える押さえた台詞。後半、切々としたものがもう少し欲しいとも思うけど、十分な出来。このままいけば一皮むけるのでは?

八重@福助さん、「加茂堤」と「賀の祝」でキャラクターが変わり過ぎ(笑)。可愛いんだけどね~。「加茂堤」ではいつものサービス精神旺盛な部分が出すぎなところが…なんというかそれじゃやり手ババアだよな表情のところが…。もう少し、純粋に単純に斎世親王と苅屋姫を応援してほしいのだけど。でも「賀の祝」ではほんとに可愛く品よくて桜丸一途で可憐で切ない八重ちゃん。「賀の祝」のキャラで「加茂堤」もやってほしかった。にしても身の置き方の美しさは絶品ですなあ。あの待ち風情は見事です。守ってあげなくちゃ、と思わせる。この可憐さをどうか維持してくださいませ。

松王丸@染五郎さん、思った以上に良い出来でした。少々線の細さは否めないけど芯の部分での大きさや無骨さ、そしてなにより「覚悟」のほどが肚のなかにしっかりある松王丸だった。梅王丸との喧嘩での兄弟間の気安さのなかでの意地ぱりな性格、そして父へ自分の気持ちをわかってほしいという不器用な寂しさがある松王丸でした。「寺子屋」に至る松王丸の姿がきちんと見えた。どれほどの覚悟でいるのか、その悲哀が秘められた憎まれ口に、その後の慟哭が浮かんできた。このまま染五郎さんで「寺子屋」の場を観たい、と思った。まさかそこまで思うとは思っていなかったです。それとやはり体の置き方が見事でした。決まり決まりの姿の美しさにほれぼれ。体全体が綺麗なのです。顔は以前より隈取が乗ってきた感じ。でもあの隈取で、染五郎さんは強さよりどこか愁顔になるのですね。

千代@芝雀さん、しっとりと落ち着いた家族思いで気配りのある奥さん。旦那さんのことが大好きで心優しいという部分がよくみえる。梅王丸の奥さんの春さんに負けじと松を褒める自慢も厭味がなくさり気ないのが芝雀さんらしい。白太夫に帰れと言われしょぼ~んとするのもほんとに悲しそう。この時、千代はまだ松王丸の決意を知らないのかなあ。芝雀さんの千代はまだ知らなさそうだった。ただもう松王丸にひたすらついていく、そういう奥さんだったな。寺子屋にいたるところでの決心がこの場ですでにある千代も見てみたいかなあ。

梅王丸@松緑くん、勢いがあってよかったです。声の通りもよく舌たらずな部分がそれほど目立ちませんでした。梅王丸は完全に彼の持ち役でしょうね。前半の喧嘩の部分の威勢のよさと稚気のある正義感の強さ。力の張り具合がいい感じででていた。染五郎さと相性がいいんじゃないかな。勢いよくぶつかっていって遠慮してないから喧嘩の部分が弾む。台詞の間もよかった。決めの形が時々流れるのでガマンして決めて行ってほしいな。惜しむらくは後半、受けの芝居の部分。桜丸の悲劇を受け切れてない部分が。そこでの台詞が一本調子なので哀の部分があまり無い。ここで大きく受けとめる芝居ができるとすごく良くなると思う。

春@扇雀さん、控えめながらキリッと芯の強い包容力のある春さん。やんちゃな梅王丸を暖かく、ときに意見しつつバランスよく立てているような奥さんだった。扇雀さんは一時期、気の強さばかりが前に出た時期があったと思うのだけど、今回はそれがなく、芯の部分の強さが内包されていた。さりげなくそこにきちんと存在していて、とても良かった。

白太夫@左團次さん、気骨があり気持ちも元気な白太夫。丁寧にしっかりと演じていらっしゃるけど、個人的好みからいうと情味がもう少しほしいなあ。三兄弟がそれぞれに熱い想いでいるので、そこをガッチリと受け止めて欲しいかな。さらりとしすぎている感じ。

斎世親王@高麗蔵さん、苅屋姫@梅枝くん、二人とも丁寧に演じているけどもう少しラブラブな感じが欲しいかな。

三善清行@松江さんが滑稽味と不気味さのバランスがよくいい存在感。


『京鹿子娘二人道成寺』
面白かった~。私は前回より今回のほうが好き。前回の物語性を強調した踊りよりもっと「舞踊」が強調されていたと思う。玉三郎さんと菊之助さんのシンクロ度合いが減って2004年度に近い雰囲気だった。

2006年度版では新しい『京鹿子娘二人道成寺』として光と影の花子という物語性に向かっていきお互いの個性を少しばかり封印して同調していったと思う。しかし今回はなんというか二人で娘道成寺という舞踊に向かっていくという部分で同調していった感じ。だからお互いの個性を全面に押し出してどこかぶつかりあっていく部分があった。その競争意識が今回の『京鹿子娘二人道成寺』を盛り上げていったように思う。そこに「舞踊」としての面白さを私は感じた。

菊之助さんの成長ぶりは見事で、硬質な雰囲気と弾むような体の使い方のバランスが非常によく取れていて、そのカッチリした部分でまったりとした古風さを感じさせる踊り。花子のなかに入り込むというより踊ることを意識し丁寧に踊り込んでいくというところに時分の花が開いていた。また玉三郎さんに食らい付いていこうという勢いが気持ちいい。体の使い方がより曲線になって「娘」の可憐さがあった。ただ、踊りのなかの情景や気持ちといった部分がまだ滲みでる、というところまでは。まだこれからでしょう。

玉三郎さんのこれが私の踊りといった気の入りっぷりが凄まじかった。たぶん『京鹿子娘二人道成寺』三回目ということもあり菊之助さんを信頼して余計なことを考えずに踊りに没入していったような感じがありました。そしてどんどん菊之助さんを突き放していく。すごい、容赦ない。食らい付いてこないと置いてくよと言わんばかり。それでいて包み込むような大きさも感じさせる。いやほんと、ある意味女形ver.『連獅子』?みたいな関係性というか。

玉三郎さんの踊りは体の隅々までコントロールしきった、ある意味シンプルな踊り。顔の表情を実はほとんどつけていない。ところが凄まじく表情豊か。ほんの少しの加減なんですよね。体の置き方、顔の位置、手の位置それらが組み合わさった技術の部分で表情を付けている。娘としての可愛らしさから恋することでの色気、情念が少しづつ迸っていく。どんどん玉三郎さんから目が離せなくなっていく。玉三郎さん一人の『京鹿子娘道成寺』が観たくなりました。もうやっていただけないのだろうか?


『人情噺文七元結』
楽しかったです。笑わせてほろりとさせて気持ちよく締める。

長兵衛@菊五郎さん。菊五郎さんの世話物は安心してどこまでも気持ちよく観られます。肩の力が抜けたさらりとした味わい。人のよさ、根の明るさのなかに男気を隠している長兵衛。飄々としすぎて腕のいい職人風情が足りない気もしますが江戸の人情というものはこういう感じだったのかもと納得させる存在感。こういう人物をさらりと表現できるのは菊五郎さんくらいでしょう。

お兼@時蔵さんが上手い。いかにも長屋のおかみさん風情が似合ってしまうのが時蔵さんの芸の幅の広さ。ガミガミ言いつつ、旦那ことが好きなんだよね、という可愛らしさがある。家族への信頼がきちんとあってのお小言、こういう母だからお久ちゃんも気持ちの優しい子に育ったんだな、ってわかります。

文七@菊之助さん、生真面目だからこそ思いつめて、という風情。気の強さが芯にあって意外と骨太。根の部分、かなり逞しい文七でした。声の良さが際立って状況をよく聞かせてきました。

娘お久@尾上右近くん、体の使いかたや台詞は良いと思う。だけど、なんというかおばちゃんに見える…拵えをもう少し工夫したほうが良いような。白塗りになってからはまあまあだったけど…。

角海老女房お駒@芝翫さん、声が少々弱いですが、貫禄ある存在感と情味。もうそれだけでよいと思います。

家主甚八@左團次さん、う~ん、もう少し鷹揚さというか人のよさが欲しいかなあ。なんとなく『髪結新三』の家主に見えるかも…。『人情噺文七元結』の家主では幸右衛門さんの優しいニコニコ顔の家主がツボだったからなあ。

和泉屋清兵衛@三津五郎さん、ご馳走。さすがカメレオン役者、どんな役にでもスコンとハマってしまうのが見事。切れ者のご主人でした。

鳶頭伊兵衛@吉右衛門さん、大ご馳走。この役でお付き合いとは。存在感ありまくりですね。大きな体をもてあましてる感じがなんとも(笑)