Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『芸術祭十月大歌舞伎 昼の部』1等2階前方センター

2006年10月09日 | 歌舞伎
歌舞伎座『芸術祭十月大歌舞伎 昼の部』1等2階前方センター

昼の部は期待以上に良い舞台を見せていただきました。今月は昼の部のほうが好みです。後半、もう一度見たいなああ。

『芦屋道満大内鑑』
葛の葉の魁春さんが母としての想いが切々としてとても良かったです。狐の身で人を愛してしまった切なさも伝わってきました。また魁春さん独特の女形の体の作りとちょっと無機質な雰囲気が狐としての異形さにピッタリ。まだ”気”自体に「異」は無かったのですがそういう部分も出せるようになると説得力が増すと思います。障子への曲書き等、ケレンの部分でまだ段取りに追われていてこなれていないな、と思う部分もありましたが持ち役として演じていっていただきたいです。幻想的な引っ込みの演出も素敵でした。葛の葉姫のほうは女房葛の葉に引きずられたのか、いつもの楚々とした可愛らしさがあまり無かったかも。女房役のほうが似合うようになってきたのだろうか。

保名の門之助さんが非常に良かったです。品と憂いがあり芯の通った情も細やか。とても丁寧に保名像を拾い出し、狐の葛の葉と添ったことを後悔せず子供とともに追いかけるのがなんとも説得力のある素敵な保名でした。門之助さん、抜擢に応えましたねえ。

信田夫婦の錦吾さん、歌江さんは手堅く。

『寿曽我対面』
絵面が楽しい荒事。工藤祐経の団十郎さん、5月の時よりお元気そうでなにより。声の張りは全盛期に比べると落ちてるかな?とは思いますが大きな存在感は健在。重さが出てきたような感じもしました。

曽我十郎の菊之助さんが目を見張るほどの上出来ぶり。形の美しさに感嘆。柔らかさとキッパリした部分とがうまく同居し、台詞回しに艶もありました。体の使い方が格段に上手くなったように思います。

曽我五郎の海老蔵さん、姿形の美しさは素晴らしいし華も存在感も見事。ただし台詞が無ければ…。リズム感があんまり無いだけでなく、とっても良い声なのに台詞が篭って所々何言ってるのか…と思えば現代語の台詞?な軽い言い回し。うなってるようにしか聞こえないとは後ろにいた歌舞伎初観劇らしきおじ様連中。歌舞伎役者としての資質は同世代のなかじゃ突出してるだけに、良さも目立つが粗も目立つ。

朝比奈の権十郎さん、ハリのある良いお声で楽し気に演じてらして観ていて気持ちのいい朝比奈でした。

大磯の虎の田之助さん、貫禄十分、座っている形も美しい。しかしお膝の具合のせいで動くのがかなりおつらそうで少々ハラハラしてしまいました。

化粧坂少将の萬次郎さん、可愛いです。最近のほうがお顔が可愛らしいような気がするのは気のせい?声はいつもの独特のお声ですが台詞回しが普段の調子よりどこかふんわりとした雰囲気だったような?


『熊谷陣屋』
見ごたえありました。なんと言っても熊谷直実の幸四郎さん、先月の松王丸に続き、渾身の出来ではないでしょうか。やはり幸四郎さんは時代物のほうが似合います。特に熊谷直実に関しては私は幸四郎さんのが一番好みです。子を想う父としての顔、だけでなく坂東武者としての格と無骨さがありまたその不器用な生き様のなか、妻に対する想いをも明確にある熊谷直実です。幸四郎さんの真骨頂は僧侶姿になってから。寂寥感漂う花道での引っ込みは見事としかいいようがありません。戦場のドラを聞いて一瞬、武将の顔に戻る。まだ武将の心を捨てきれないことを表現することで男の哀れさが一層際立つ。この熊谷はフィルムでみた初代吉右衛門さんの『熊谷陣屋』に非常に似ていました。私はこのフィルムを観た時、初代の演技の資質に近いのは幸四郎さんのほうだと思いました。そして今回、幸四郎さんと初代では身体性はだいぶ違うとは思うのですが、やはりそうなんじゃないかなと思った次第。(余談:二代目吉右衛門さんのほうは実父、白鸚さんの資質によく似ていると思う。)

幸四郎さんの熊谷直実はかなりの回数を観ています。そのなかでも今回は気持ちを初心に戻し、初代吉右衛門さんや白鸚さんの熊谷直実を思い出しながら演じたのではないか?と思うほど、いつも以上にひとつひとつをとても丁寧に、そして気持ちを込めて演じていたように見えました。幸四郎さんの熊谷直実は本当に無骨です。不器用な生き方をしてきたんだな、と思わせる。義を重んじる武将としての生き様がそこにあります。それゆえの悲劇。また私が幸四郎さん熊谷が一番好きなのは妻、相模に対する不器用な愛情がきちんとみえるからでもあります。僧侶姿になり陣屋を離れるシーンで、相模への申し訳なさを体全身で現します。私は女ですからやはり相模の視点で熊谷という人物を見てしまうのですが、一番女として許せる熊谷なんです。現代風の解釈かもしれないのですが、でもやはりここが好きです。

源義経の團十郎さんが想像以上に良かったです。情味と存在感が見事でした。なんというか重量感のある品格がみえました。武将の役だとどこが肩に気負いがありすぎることも多い団十郎さんですが、その部分が少し抜けてきたかなと思います、

弥陀六の段四郎さん、やはりこの方は上手い。とにかく人物像の捉え方に説得力があります。老獪さと気概さとがあるとてもいい弥陀六。

藤の方の魁春さんの品格、非常に良かったです。藤の方として芝翫さん相手にきちんと位取りの高さを見せ、また子を思うやるせない切羽詰ったものも感じさせ見事でした。

相模の芝翫さん、存在感はちょっと格別。どことなく色気があって、熊谷への甘えた風情が可愛らしく、夫婦の情愛がよくみえる。また母としての強い情もよく伝わってくる。ただ、もっといつもだと子への想いをもっと濃く出してくれると思うのですが私が拝見時はまだ少々ハマりきっていない感じも見受けられました。

堤軍次の高麗蔵さん、すっきりとした生真面目な軍次。いいです!

『お祭り』
鳶頭松吉の仁左衛門さん。ただひたすらカッコイイ。爽やか、美しい。江戸の粋、という感じではないのだけど色ぽくって眼福。