コンビニでパートをしている妻の証言である。
「先日、トイレのドアを開けると、チューハイの空き缶と近くのホームセンターの袋が散乱していたんです。その袋から顔を出していたのが、包丁の箱。中身の包丁は見当たりません。それから、使いかけのピンク色のビニールテープも。なんだか嫌な感じがして、すぐに店長(女性)に報告しました」
その後、彼女は仕事を終えて帰宅するが、しばらくすると店長から電話が入る。
「たいへんよ、すぐに来て。ケーサツの人が待ってるから、制服も持って来てと言われました。店の前まで行くと、警察官らしい私服の男性が三人待ち構えていました。ビニールテープで包丁を右手にくくりつけ人を殺すといって立っていた中年男が取り押さえられたのだそうです」
その準備を、ここのトイレで行なったと男は言ったのだという。幸い怪我人は出なかったそうだ。
そして、事情聴取が始まった。
「まず氏名を聞かれました。年配の刑事がアゴで若い刑事にメモを取るよう促します。名前の方は漢字で書いてくれたのですが、苗字はひらがなですねと聞くのです。そんなわきゃねーだろーと思いながら彼の視線を追うと、私の胸の名札を見ているようです。確かに平仮名で印字されてはいますが、全国に180万人もいる苗字ですよ、平仮名って…」
彼女は、この国の安全に不安を抱くのだった。
「それから、制服を着てトイレに行き、発見した時の再現です。刑事さんがその模様をカメラにおさめます。ハイ指をさして、ハイ今度はこっちという具合に。まるでこの間までやっていた『臨場』みたいでしたね。でも、カメラの方を見たら、こっち向かなくてもいいですからと笑われました」
その他、その男の目撃情報など聞かれたのだが記憶にはなかった。
「それより防犯ビデオを見たほうが早いんじゃないですか?というと、そうかその手があったか~みたいな顔をしてました」
彼女は、この国の安全が崩れていく音を聞いたようだった。
「何時何分にチューハイをどのレジで誰から購入して、何分にトイレに入り、何分に出てきたか全てわかりました。みんなに 聞く必要なかったみたいですね」
ただ、トイレから出てきた男の姿は印象的だったという。シャツの胸のところが斜めに切れていたというのだ。包丁をつかんだ右手をシャツの中に隠していたのだが、刃が鋭いので切れてしまったのだろう。
「さすがにそれを見てゾッとしました。みんな無事で良かったと」
しばらく捜査を行なってから刑事は「またお話を聴くことになりますので、よろしく」と帰っていく。
「その後姿に向かって店長が、この人1時までだからその前に来てもらわなくちゃ困るわよ!と声をかけたのです。完全に上から目線。イヨッ、店長!って感じでした」
この国の安全を担う男たちの尻を思いっきり引っぱたいているのは、こうしたオバチャンたちであった。
写真は、後日ちゃんとパートの時間内にやってきたケーサツが作ってきた押収品目録交付書。苗字も漢字で打ってあった(笑)。
妻に被疑者の記憶になかったのは、被疑者が店内にいた間、近所の会社にお弁当を届けていたからだった。しかし、再度ビデオで確認すると、台車を押しながら店内に戻る際に、出て行く被疑者とすれ違い「ありがとうございました」と元気に声をかけていたらしい(笑)。それにしても、ホントみんな無事なにより。
頑張れケンケイ!