湘南ライナー日記 SHONAN LINER NOTES

会社帰りの湘南ライナーの中で書いていた日記を継続中

湘南スタイルでやられる

2009-07-26 22:27:31 | 湘南ベルマーレ


84分にリードしてからの徳島の最終ライン、実に見事でした。
ベルマーレOBの三木選手率いる5バック!が美しく、敵ながら惚れ惚れしました。
縦もコンパクトで、残念ながらゴールの匂いがしなかった(もちろん出会い頭を期待したけど)。
この堅い守備は想定されていたわけだから、得点を与えてはならなかったのだ。確かにこっちも守備的に動き出したゲームではあったけどね。
それにしても、最近は相手チームも最後の最後まで走りますね。この三連敗は、前半戦の湘南のパターンでやられているイメージ。交代して入った選手が得点するのも、湘南のパターンだった。
いくらクリック証券さんがスポンサードしてくれることになったからといって、高い授業料を払っている余裕など、もうないのだ。
でも僕たちは応援していくしかない。手拍子を続けるしかない。
甲府以外の上位陣が敗れる波乱。まだまだ運はあるぞ。
歩いているヒマなどない。さあ、もう一度、走るのだ。

写真は試合後7ゲートに挨拶に向かう選手たち。足取りが重い。
予断ですが、こうやってみるとやっぱりユニフォームのデザイン、好きになれないんです、申し訳ないのですが。


そして、サポーターだんまり。今日から掲出された「クリック証券」のボード。

一人でサーカスを観に

2009-07-26 14:39:10 | お休み日和


小学生のころ、反町公園の一角に張られたテントで『木下大サーカス』を見た。
楽しかった思い出より、全体に暗いイメージが残っているのは、「悪いことをするとサーカスに売られる」なんていう都市伝説のせいだったのかもしれない。でも、そんな昭和のノスタルジーも悪くないなと、先日いただいた『国立ボリショイサーカス』の招待券を手に一人東京体育館へ向かった。
窓口で引き換えた指定席券は、アリーナ席の正面前から2列目!
社長さまからいただいたとはいえ、驚く。よく見ると『“特別”招待券』となっていました。本当にありがとうございました。
場内を見渡すと、お客さんのほとんどが家族連れ。カップルの姿もちらほらだが、お一人様は僕以外いないようだ。ま、最近は図々しくなったもんで、だからって恥ずかがることもなく、堂々と構えることができるので問題ない(笑)。
さて、始まったサーカスは数十年の時を経て、暗いとか昭和チックという言葉とはかけはなれた立派なエンターテイメントになっていた。
休憩を挟んで約2時間のプログラムだったが、まったく飽きさせることなく進行。気がつくと夢中になって見いっていて、ひゃ~とかウォーとかでっかい声をあげていたり、笑ったり、手拍子したり、拍手したり。子供よりよっぽど楽しんじゃったかもしれない。
想像以上に入場者も多く、今の人たちにとっては『シルク・ドゥ・ソレイユ』のファミリー向けみたいな位置づけなのかもしれない。
いやぁ楽しかった。しかも、演じ手の息づかいが伝わるくらいいい席だったからね。
よく見える距離だけに、演じ手の笑顔もしっかり確認できる。笑顔だけど、もちろん目は真剣そのものだ。決して笑ってはいない。
だからなのか、その瞳はどことなく悲しげにも映るのだ。
やっぱり、僕の子供の頃のサーカスの思い出が、そう思わせるのだろうか。
『国立』という名称からもわかるとおり、母国ではみなさんエリートであり、ステータスある職業だから、そんなはずはないんだけどね。

場内は撮影禁止。あぁダメなんだとデジカメをしまおうとしたら偶然シャッターが切れてしまったようです。開演前、「ミーシャ」と「マーシャ」が出てきたところ。

事件はトイレで起きていた

2009-07-25 14:13:01 | あんな話こんな話


コンビニでパートをしている妻の証言である。
「先日、トイレのドアを開けると、チューハイの空き缶と近くのホームセンターの袋が散乱していたんです。その袋から顔を出していたのが、包丁の箱。中身の包丁は見当たりません。それから、使いかけのピンク色のビニールテープも。なんだか嫌な感じがして、すぐに店長(女性)に報告しました」
その後、彼女は仕事を終えて帰宅するが、しばらくすると店長から電話が入る。
「たいへんよ、すぐに来て。ケーサツの人が待ってるから、制服も持って来てと言われました。店の前まで行くと、警察官らしい私服の男性が三人待ち構えていました。ビニールテープで包丁を右手にくくりつけ人を殺すといって立っていた中年男が取り押さえられたのだそうです」
その準備を、ここのトイレで行なったと男は言ったのだという。幸い怪我人は出なかったそうだ。
そして、事情聴取が始まった。
「まず氏名を聞かれました。年配の刑事がアゴで若い刑事にメモを取るよう促します。名前の方は漢字で書いてくれたのですが、苗字はひらがなですねと聞くのです。そんなわきゃねーだろーと思いながら彼の視線を追うと、私の胸の名札を見ているようです。確かに平仮名で印字されてはいますが、全国に180万人もいる苗字ですよ、平仮名って…」
彼女は、この国の安全に不安を抱くのだった。
「それから、制服を着てトイレに行き、発見した時の再現です。刑事さんがその模様をカメラにおさめます。ハイ指をさして、ハイ今度はこっちという具合に。まるでこの間までやっていた『臨場』みたいでしたね。でも、カメラの方を見たら、こっち向かなくてもいいですからと笑われました」
その他、その男の目撃情報など聞かれたのだが記憶にはなかった。
「それより防犯ビデオを見たほうが早いんじゃないですか?というと、そうかその手があったか~みたいな顔をしてました」
彼女は、この国の安全が崩れていく音を聞いたようだった。
「何時何分にチューハイをどのレジで誰から購入して、何分にトイレに入り、何分に出てきたか全てわかりました。みんなに 聞く必要なかったみたいですね」
ただ、トイレから出てきた男の姿は印象的だったという。シャツの胸のところが斜めに切れていたというのだ。包丁をつかんだ右手をシャツの中に隠していたのだが、刃が鋭いので切れてしまったのだろう。
「さすがにそれを見てゾッとしました。みんな無事で良かったと」
しばらく捜査を行なってから刑事は「またお話を聴くことになりますので、よろしく」と帰っていく。
「その後姿に向かって店長が、この人1時までだからその前に来てもらわなくちゃ困るわよ!と声をかけたのです。完全に上から目線。イヨッ、店長!って感じでした」
この国の安全を担う男たちの尻を思いっきり引っぱたいているのは、こうしたオバチャンたちであった。

写真は、後日ちゃんとパートの時間内にやってきたケーサツが作ってきた押収品目録交付書。苗字も漢字で打ってあった(笑)。
妻に被疑者の記憶になかったのは、被疑者が店内にいた間、近所の会社にお弁当を届けていたからだった。しかし、再度ビデオで確認すると、台車を押しながら店内に戻る際に、出て行く被疑者とすれ違い「ありがとうございました」と元気に声をかけていたらしい(笑)。それにしても、ホントみんな無事なにより。
頑張れケンケイ!

ちんちん電車途中下車

2009-07-24 23:55:33 | 湘南ライナーで読む


まだ小学校に上がる前だったと思う。
買い物といえば、二俣川からカラシ色の車輌の相鉄で西横浜まで行き、そこから市電に乗って藤棚まで。そこで買い物を済ませると、また市電に乗って坂を上り、坂を下り伊勢佐木町へ。これがいつものコースだった。
市電に乗った記憶は、その頃で途切れる。あとは、和田町あたりから三ツ沢方面にトロリーバス(架線つきの電気モーターで走るバス)に何度か乗ったときに、かつてここは市電が走っていたルートだと教えられた。
先日、都電荒川線に揺られたこともあり、本屋の棚で見つけた文字に反応して読んでみた。
獅子文六著『ちんちん電車』(河出文庫720円+税)である。
名前は知っていたが、なにしろ書籍にお目にかかったことがない。1893年横浜生まれの小説家であり、劇作家・演出家としても活躍した方らしい(最近新聞の書評で偶然、牧村健一郎著朝日新聞出版社刊『獅子文六 二つの昭和』を見つけ、こちらも買ってある)。
氏が子供の頃に路線を延ばしていった東京のちんちん電車に、73歳(昭和41年)になって改めて乗り途中下車したり、回想する話(週刊朝日に連載したものをまとめた)。ちょうど、都電が廃止となるというのがきっかけだという※。
銀座の通り、神田のあのあたりなどの道路の真ん中を電車が走っていたのだということを、懐かしい描写とともに想像させてくれる。最初は、子供の頃はみんなが当たり前のように避けたものなのに、昭和41年当時は車に邪魔者扱いされていると嘆く。しかし、スピード感や眺める高さ、乗客に「金や権力をカサにきた、不愉快な人はいない。また、ヨタモンのような者も不思議と、都電に乗らない」ので、東京の乗り物の中で一番好きだと言っている。また「都電はいかに行儀のいい車であるかは、絶対に“割り込み”をしないということでもわかる」とも。
すっかりモータリゼーションの波に押し出されてしまった路面電車ではあるが、最近トラムという名で、世界的にも見直されている。混雑の緩和、省エネルギー、バリヤフリーなどの観点から、新たに導入しようとする動きもあるという。
車窓に映る東京の街の風景をのんびりと眺めながら、乗り換えながら、うまいものを食べ歩く日が来るかもしれない。やっぱり、食い物かい(笑)。いや、獅子文六さんも、あちこちで食べているので。これ、懐かしの東京を巡るグルメ本でもありますよ。


※都電が廃止されたのに、都電荒川線が生き残っているじゃんと思う方。残念ながら、軌道専用区間が多いので、路面走行がほとんどの路面電車には分類されないらしいですね。

権之助坂の母、慌てる

2009-07-23 23:42:54 | 仕事のついで東京散歩


また目黒の権之助坂に来たので、坂下方向に見えた古そうな商店街まで歩いてみた。
時間は11時半を少し過ぎたところ。
あの日、上から見えていたアーケードは『権之助坂商店街』だった。昔ながらのお肉屋さんとか、八百屋さんとか、パン屋さん、そして色褪せた暖簾が風に揺れる大衆食堂とか…と期待していたのだが、見事に裏切られた。
確かにアーケードで結ばれた建物一つ一つは古い。でも、そこに入居しているのは古くはないお店ばかりだった。特にラーメン屋と居酒屋が目につく。立ち行かなくなったり、後継者がいないお店の後に、目黒のオフィス街で働くサラリーマン目当てに今どきの飲食店が進出した、そんな構図が見えてくる。OL向けにか、エスニック料理店もちらほら。
肝心のお目当てだったレトロな喫茶店も食堂もなく、さてランチをどうしようかとウロウロ。すると、わりと新しめの喫茶&スナック系の店先に『日替わりランチしょうが焼き780円』の文字を発見(なぜか置かれていたサンプルはトンカツ)。一瞬の決断で入店だ。それにしても、しょうが焼きに弱いなぁ(笑)。
中は、いかにもカラオケスナックという造り。これまたいかにもスナックのママ風のふくよかなお母さんに導かれカウンター席へ。僕が今日ひとりめの客のようだ。
壁に貼ってあるメニューを確認してから、日替わりのしょうが焼きをオーダーした。
「はい、しょうが焼きねー。えっ?しょうが焼き?あらヤダ、今日はトンカツよ、ごめんなさい、どーしちゃったのかしらアタシ」
トンカツを用意しながらしょうが焼きと書いてしまったのかー(笑)。
「いいですよ。でも、表も『しょうが焼き』になってましたよ」
「そ・そうだ!」
お母さん、慌てて飛び出していった。12時を過ぎればお客さんがかなりの数、入ってくることは、厨房に並べられたお皿を見れば明らか。みんなが「しょうが焼きね~」「オレも」「僕も」と注文したら大変だもんね。
さて、北関東訛りの「ごめんね~」の声と共に現れた『トンカツ』。これが、なかなかどうしてしっかりしたトンカツだった。付け合わせのキャベツとトマトもたっぷり。さらに、もやしや青菜、油揚げのおひたしは小鉢というより中鉢。そして、小さな冷奴まで付いている。これは、かなりお得ですよ。しょうが焼きのこと、すっかり忘れてしまったほど(笑)。
「おかわりできるから言ってね」
「さっきはありがとね」
ニコニコ声をかけてくれるお母さん。こんな人柄で、この味、このボリュームなら、表のメニューが間違っていたって、きっとみんな笑顔で許してくれるはずだ。
「ごめんね~」
「いいよ、いいよ」
そんなシーンを思い浮かべ、僕はひとりニヤニヤしながら権之助坂を上るのであった。

残念ながら、問題のトンカツの写真はナシ。今日は会社のデジイチしかもっていなかったので、これで「撮らせてください」なんて言ったら、また慌てちゃうと思って止めときました。なので、権之助坂商店街にあった古書店。ここは古そう。置いてあるものも古い本ばかり(笑)。

B食の美

2009-07-22 23:21:19 | B食の道


2階に上がり窓際の席に腰をおろす。
ガラス窓を開けると、通りからの風が流れ込み涼しい。向かいに見える東大の緑の匂いがするようだ。
「エアコン、つけましょうか?」
僕の後を追って階段を上ってきた店のおばちゃんが言ってくれたのだが、今日はこの風の方が気持ちよさそうなので断った。
久しぶりの『こゝろ』は、やっぱり心地いい。のんびり本を読むには最適な喫茶店だ。僕より先に食事を終えたサラリーマン氏などは、テーブルに顔を伏せて睡眠中だ。
今日も頼んでしまった「ウインナーライス」。たくわんがきゅうりの浅漬けのスライスに変わっていた。これがまた、さわやかな緑でお皿の中の彩りをいっそう鮮やかにしている。
たくわんの黄色がなくなってしまったが、今日は「目玉焼き」をトッピングしてもらったので、その黄身がちゃんと代役を果たしてくれた。
白いお皿の上で美しい色の競演。テレ東の『美の巨人たち』で取り上げてもらえないかな。「今日の一枚は何とも色鮮やかなこのお皿。そして、描いたのは今回の主人公、色の魔術師、厨房のオバチャン…」てな具合に(笑)。
僕はいつも絶賛しているが、味は普通ですよ。ご飯、ウインナー、キャベツが大好きなので喜んで食べているけどね。
他に頼む人なんているのかよと思っていたら、実は先ほどのサラリーマン氏が食べていた。びっくりした。世の中には変わった人がいるもんですねぇ(笑)。


このキャベツのソース炒めと白いご飯が混じったあたりがまたたまらない。