熱した中華鍋に油を敷き、あらかじめ細かく刻んでおいた具をザッと投げ込む。
ジャーッと水分の飛ぶ音と共に香ばしい匂いが漂い始める。
これが、中華料理屋さんやラーメン屋さんのカウンター越しによく見るチャーハンの調理の始まりである。
しかし、横浜万世町にある古い中華屋『若松屋』では、なんとチャーシューやナルト、ネギといった具を刻むところからスタートするのだ。他の料理も同様だった。注文を受けたら、すべてお父さんがゼロから始めるのである(麺だけはお母さん担当、それから盛り付けも)。
そのお父さん、どう見てもアラ80。人の良さが顔に出ている。赤らんだ笑顔がすてき。しかし、調理には全力で取り組む。ご飯を投入し炒める段になると、カンカンカン、ジヤッ、ジャッ、カンカンカン、ジャッ、ジャッと実にリズミカル。これを半世紀以上前から繰り返している(勝手な推測)。アラ80になっても、この技とスピードは衰えを知らない(勝手な思い込み)。今日などは、一度に3人前を炒めているのだ。目の前のバイタリティに感動すら憶える(勝手な感想)。
オタマを裏返してお皿に盛るが、オタマ時点で山盛りなので、当然はみ出る(笑)。かなり大盛りに見えるけど、これで普通なのね。びっくりだ。
そして、脂っこくない優しい味にまたびっくりだ。大きな口を開けて、できる限りの量を送り込んでモグモグするという僕の大好きなチャーハン食いスタイルを心ゆくまで堪能できる。大盛りを超える普通盛りだから、その至福がずっとくりかえされるのが嬉しい。
さらにネギたっぷりのスープがまた嬉しい。なんとドンブリで供されるから、大盛りを超えた普通盛りとのバランスもいい。
これで、なんと650円だというからまたびっくり。
狭いお店なので、いったん表へ出てから角を曲がり別の入口から再入店してお会計。親切な接客をしてくれる気のいいお母さん(やっぱりアラ80)に千円札を渡すと、「350円のお返しね」と、分厚い両手で優しく僕の手を包み込むのだった。
くの字のカウンターが10席足らずの小さなお店で、こんな幸せな時間が半世紀以上も前から繰り返されている(勝手な推測、でもきっと間違いない)。
そういえば、「昼のみ定食」(600円)のおかずだけは作り置き。今日は、ナポリタン風の上に見たこともないようなデッカイ肉団子が5個くらい。あのナポリタン、どう見ても“付け合わせ”ではないぞ、あれ。