晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「ホワイトナイツ/白夜」(米・85)70点

2022-03-22 16:30:55 | (米国) 1980~99 


 ・ 東西冷戦時代を背景にした友情のものがたりと圧巻のダンスシーン

  ジェームズ・ゴールドマンの原案を「愛と青春の旅立ち」(82)のテイラー・ハックフォード監督が映画化した<東西冷戦時代、バレエとタップダンスの競演を柱にした男ふたりの友情ものがたり>。
 主演はミーシャことミハエル・バリシニコフで共演はグレゴリー・ハインズ、ポーランド人監督でもあるイエジー・スコリモフスキ。エンディングに流れたライオネル・リッチーの「セイユー・セイミー」がオスカー歌曲賞を受賞。

 芸術の自由を求めアメリカへ亡命したソ連のバレエダンサー・ニコライ(M・バリシニコフ)。ロンドン公演から東京へ向かう飛行機がエンジントラブルでシベリアへ不時着。命は助かったがKGBチャイコ大佐(J・スコリモフスキ)に身柄を拘束されてしまう。大佐は黒人タップダンサー・レイモンド(G・ハインズ)の家に同居させ監視役につける。レイモンドはヴェトナム戦争に従軍し自国の政策や人種差別に嫌気がさしソ連へ亡命、ロシア人の妻ダーリャ(イザベラ・ロッセリーニ=I・バーグマンの娘)と暮らしていた。

 最初は反発していた二人だが、お互いの踊りに対する真摯な気持ちにダンダン友情が芽生えてくる。

 冒頭、ジャンコクトーの戯曲「若者と死」でミーシャが踊るシーンで始まる本作は随所にダンス・シーンが入る。なかでもミーシャの11回連続ピルエットや二人のバレエとタップの共演などストーリーに欠かせないシーンはバレエやダンスに詳しくない筆者でも圧巻で見どころのひとつ。

 飛行機の不時着から白夜の脱出までのサスペンス劇に旧ソ連の芸術に対する異常さが感じられるのは、自由の国アメリカから観たソ連に対する批判も込められる。
 現にこの時代はロシアからの亡命が頻発し、主演のミーシャもその一人。ソ連にとって国家の英雄である芸術家やスポーツ選手はプロパガンダの道具となった。ロシアとなった今でもその傾向は続いていて、北京オリンピックでも騒動を起こしている。
 またキーロフ、ボリショイなどバレエの世界公演は外貨獲得の手段でもあったから、亡命のリスクも並存するキライがあった。

 ニコライの恋人だった元プリマドンナのカリーナ(ヘレン・ミレン=のちにハックフォード夫人)はソ連に残りレニングラード(現サンプトペテルブルグ)のキーロフ劇場の支配人として再会を果たしている。こんな美しい恋人とも別れ芸術の自由を求めたニコライ。ソ連に亡命して最初は大歓迎されたがロシア人妻と寂しい暮らしを余儀なくされているレイモンドとは対照的だ。

 ベリシニコフは「愛と喝采の日々」(77)に続く映画出演だが本作はバリバリの主演で自身と境遇の似通った主人公を熱演している。
 対するG・ハインズは西側から共産主義国へ亡命した悲哀を滲ませ、人種差別を承知で母国へ帰還しようとする。

 ラスト・シーンはハラハラ……ドキドキ感とご都合主義のハリウッドらしさが入り交じるが後味は悪くない。

 たとえフィクションとはいえ、本作はウクライナ侵略で世界中から非難を浴びているプーチン政権にとって耳の痛い映画であろう。
 

 

 

「岸辺の旅」(15・日)70点

2022-03-09 12:09:17 | 日本映画 2010~15(平成23~27)


 ・ リアルな描写で死者との別れを描いた黒沢清


 ある夫婦と三つの家族の<死者と生者の本当の別れ>を描いた湯本香樹実の小説に惚れ込んだ黒沢清監督が宇治田隆史と共同脚本により映画化、カンヌ映画祭・ある視点の監督賞を受賞した。

 ピアノ教師の瑞希(深津絵里)は3年前失踪した夫優介(浅野忠信)を待ち続けていた。ある日突然帰宅した優介が言ったのは「俺死んだよ」という言葉だった。
 
 この3年間お世話になった新聞配達店・大衆食堂・山あいの村を尋ね死者との別れを体験する瑞穂にとって、夫との愛を深める旅でもあった。やがて本当の別れが・・・。

 <ホラー映画のクロサワ>との定評が海外でも高い黒沢。本作では彼岸に行けない死者たちをリアルな人物描写で登場させる手法なので大仰さはなく淡々とものがたりが流れて行く。
 靴を履いたまま家に入ってきた優介が本当に死んでいるのかが半信半疑でいたひとも、まるで<雨月物語>のような最初の新聞配達店主・島影(小松政夫)のシークエンスでハッキリする。自分の死に気づかない初老の孤独な男をさり気なく演じた小松の芸達者ぶりに感服。

 いま朝ドラのヒロインで久しぶりにお茶の間に登場している深津絵里は「アカルイミライ」(02)以来の黒沢作品だが、期待通りの繊細な演技でドラマに溶け込んでいる。
 「踊る走査線シリーズ」(98~12)を始め「博士の愛した数式」(06)・「悪人」(10)など、主人公の相手役としての印象が強い彼女にとって初の本格的主演作品ともいえる。

 優介を演じた浅野忠信は翌年の「淵に立つ」のようなどこかつかみ所のない風来坊役がお似合いで、生死を彷徨う男はまさにはまり役。実は大手病院の歯科医でありながら生き甲斐を求め姿を消すが、夫の無事を願って祈願書を書き続ける妻に詫びることができず彼岸へ旅立てない男。新聞配達店で手伝い、無銭飲食で捕まった店で餃子作りをしたり、山あいの村で私塾を開き科学や宇宙のハナシをしたりしていた。

 二人の夫婦役はウマが合いリアル感たっぷりで本作を成功させた最大の要因だ。

 さらにワンシーンのみだが優介の不倫相手・看護師の朋子役を演じた蒼井優には強烈なインパクトがあり、優介を巡って生者同士の静かな対決シーンは筋書きに拍車を掛けるために重要な見所のひとつとなっている。

 前半の好調さに比べ終盤はホラーとファンタジーの融合に不釣り合いな部分が観られるキライはあるものの、どこか不思議な世界の境界線でそれぞれ別れのドラマを味わうロード・ムービーであった。