そもそも戦争とは何か。武力だけではなく経済戦争だとか、激しく被害が出るような状況の争いを戦争という表現でつかう。いまどき、戦争反対ってのはどこの国だって「地球上から戦争はなくならない。」と言われるだけだ。
人類の歴史の大半は戦争。アニメとかSFも地球では戦争がなくなって平和になっても、宇宙のどこかと戦争する。つまり、人間は戦争がなければ存続できない、と誰かが言った通りなのだ。これは種の保存となれば当然だ。
政治家と戦争反対を掲げる若者のSNSを読んで「日本の未来は大丈夫なのか。」と不安になった中高年は多い。それぐらに彼らには物事を考える力がないのだ。だかから単純なYES/NOという視点からした議論ができない。これじゃ交渉ができる訳ないい。だって、真っ向からすべて反対なのだから。こういった世代が増えたら、確実に意見によってまっぷたつに世論は別れる。実はこの現象は日本だけではない。外国の若者たちの議論をSNSで見ていると賛成か、反対かに分かれて議論はするのだが、多々噛み合わないままだ。だから我慢できないで暴言を吐くとかも多い。これが現実にF2Fで酒など入っていれば、当然、暴力を使って自分を主張する可能性は高い。実際に日本では意見の対立するグループがデモをしていて、暴力的衝突となる。例えば、正論と言われるような意見を持とうが、暴力を使ったり、暴言を吐くとなれば、誰も耳を貸さないし、支持もしない。はっきりいって、目くそ鼻くそとはこういった集団を指すのだ。
世界は性善説による人道的見地を尊重してきたが、それが結果から失敗と判断している。難民保護などがいい例だ。本来、救済しなければいけない児童や病人、老人という逃げられない人を放置し、金を持ち、船に乗って逃げているような人を先に難民審査するということへの抗議が一切ない。できるはずがないのだ。なにせ彼らはまだ戦地で逃げているのでせいいっぱいだからだ。国連の難民救済なんてこんなものだ。高等弁務官もはじめはやる気が十分なのだが、一年もたたずに官僚となる。理由は簡単で、出世するためには上司に従うしかないからだそうだ。組織の場合、上司が聞き入れないとなると、どうにもできない。まさに宮使え。これに我慢できない人は飛び出すのだが、一人になっても、個人組織を立ち上げても、やはり公的機関並みの力もないし、運営するだけの資金も集まらない。自分の友人や知人も弁務官をやめて、一般弁護士に転職した人が複数人いる。みな同じように国連は無能という。また、メディアにしても報道はするが、それによって本来救済しなければいけない児童や病人を先に救済というような意見は出て来ない。もし、そうなると一体誰が戦地にいって、こういった人を救済するのか、なるからだ。そんなものどこの国もNOという。日本だって、受けるとは思わない。もし、日本はそういった活動をするとすれば、他国の軍隊を同じ行動権限を持たないと無理だからだ。日本が活動する間、他国の兵士は防衛するのだが、もし、攻め込まれたらとてもじゃないが対抗するだけの勢力として十分といえないのが国連軍らしい。そもそも国連の安全保障理事会なんて、理事が拒否権を発動すれば、国連軍が出動することもできない。
本当に人間の命が何よりも大切なら、船で不法入国をする難民たちに国連はやめるように訴えるのが先だろう。
それこそ難民を運ぶ船の場合、海に出て行かないようにNATO 軍なりが阻止するのが当然だ。欧州は綺麗事で人を殺しているだけで、自分たちが避難されることを覚悟してでも人命を救おうとは考えてない。これは国連も同じ。英国は仏英トンネルからの難民流出についても、強硬な態度をとってはいるが、まだまだ甘い。それこそ避難される覚悟を持って対応していかないと、やがては国連人権なんとか、難民なんとかに受け入れろと言われると思う。受け入れを要求するのであれば、なぜ、同じアフリカ諸国側が受け入れないのか。アジアはアジア諸国、とすることで言語や習慣がさほど違わないのでまだいいと思うのだが。民族による対立というが、そもそもそんな対立をしたいのなら、さっさと自分の国に戻って対立戦争をやればいい。他国を巻き込むな。これは朝鮮半島にも言える。日本は自国民の保護のみ優先すればいい。もし、同盟国の国民も合わせて保護となれば、これは当然、受け入れないといけない。まさか、こういった人道的救済すら反対というのなら、み殺しにしろ、とはっきり言えばいいだけだ。そうすれば、みな国にみ殺しにされたくないので、帰国するか、覚悟を決めてその地で眠るか決断すればいいだけだ。ただし、これをやった国は世界から信頼も失う、なぜ、北朝鮮による拉致事件について、世界は冷たいのか考えて頂きたい。日本は独立国でありながら、自国民の奪還を決断しなかったからだ。ある意味、綺麗事だけではなく、それこそ朝鮮半島からの民を人質に交渉してもよかったはずだ。なにせ国民をみ殺しにしても戦争はしない、という法律があるからだ。だから後に憲法改正を試みても、米国だけではなく、国連にある敵国条項から日本国という名前は外れてないので、できないのだ。敗戦による罰は重い。
日本が犯した大きな間違いは、負ける戦争をはじめたことだ。そもそも戦争に正義などない。テロリストのように国際法も無視してひたすら攻撃し、拉致して殺す。これは戦争と呼ぶにはあまりに一方的だと誰かが表現していた。だが、世界を相手に自分たちの国を作り、独立を目指すためには手段を選ばない。こういったテロリストは多いが、成功したことはない。ゆいいつ、社会主義だとか共産主義の御本尊たちの国ぐらいだろう。だが、その国も崩壊し、民主主義になっている。中国もゆるやかな変化で民主化せざる得なくなる。もし、民主化をさせないのなら、国民を海外に送り出すなどやらないだろう。国民を世界に送り出し、どんどん増やし、その国をチベット、ウルグアイのように乗っ取る。だが、国だとか共産党へそこまで忠誠心がある中国人にはめったにお目にかかれないことから、こういった理論についても怪しいと自分は感じている。定期的に訓練をしない人間が、ある日突然、兵士となって敵国人を殺せと命令されて、実行できるのだろうか。否。実行したら自分が殺されると考えてないだろうか。日本は武器がないので、まさにみじかな武器での戦いになるのだろう。それで殺したとして、警察や機動隊が出動したらどうなるのか。殺されないと思うのか。たぶん、今は殺される。催涙ガスとかもあるが、もし、爆弾などを持っているとすれば迷わず殺される。その点は過去のいくつもテロ組織による事件があったから学んでいるとは思う。人質になるのはまずは仲間からなので、平和ボケの若者などはいい人質になるだろう。あれだけ暴言履いて、世間をなめているのだから、助けは期待しないで頑張って欲しいものだ。
アジアを含めて世界はきな臭くなりつつある。中国はどうするのか。たぶん、米国の要求通りに基地となる施設を放棄することはないだろう。そんなことをすれば、国内で暴動やら反乱やら共産党幹部が危険になるからだ。
だが、もし武力衝突が勃発すれば、共産党幹部の資産はほとんどが凍結される。先に親族や家族を逃した海外でも、監視され、状況によっては資産没収もあり得る。逃げ切るためには自国を裏切り、情報を提供して亡命を懇願するしかない。実際にオーストラリアで、中国大使館の大使だったか、職員だかが亡命申請して亡命した。彼が暴露したのが有名な「ここにスパイは1000人以上いる。」という情報だ。しかし、ここの国は騒ぐこともなく平和だった。何故ならスパイがいたところで盗む情報となると、防衛関係ぐらいで、ほかはない。この国はFive Eyeの一員だ。ASIOという組織がよくニュースでも出てくるぐらいにあれこれ調査しているのをみんな知っている。特にIS関連ではASIOがしっかり調査するから事前にテロ計画をさっちし、犯人を捕まえられるのだ。
でも、アジア系への風当たりは強い。今までは黄色い肌だったのが、中東系の白い肌、褐色の肌と増えてきて、暴言もAsianとひとくくりになった。まさに文化が進化した証拠とも言える。しかし、日本で中指立てる行為がどういった意味なのか、わかってやっていて、誰からも攻撃さないのが不思議だ。まさに平和な日本で挑発して、武力衝突でも起こそうとしているのかもしれない。だから対立するグループが衝突して毎回逮捕者が出る。そもそもそんな暴力的な組織のデモや集会に許可を出す警察も警察なんだが。競技場でも貸し切って、対立するグループいれて、勝手に殴り合いでもさせておけばよい。出入り口は閉鎖。なんだったらカメラをいれて、みんなで誰が残るのかベットしてもいい。彼らのどちらも日本社会にとっては不要だからだ。人道的見地からしても、こういった暴力でしか解決できないような大人の集団を子供に見せることこそ、いけないと自分は感じる。
なんか、中国の抗議デモや集会にしても政府が管理していると言われているせいか、株価暴落で一切の動きがないようだ。あるとしても国外にこういった情報が出てこないのかもしれないが。
SNSで日本で戦争がはじまったら、即海外に逃げるという人が結構いた。家族がいる人もいた。日本国民の愛国心も中国人の愛国心も似たようなものだと中国人の友は笑ってた。確かにその通り。これはゆとり世代の親たちが責任を担えばよくて、関係な世代はさっさと逃げてよい。国を守るために命をかけられる全体は、国が国民の生命と財産を守るという信頼関係があってこそだ。中国も日本も米国も同じで分岐点にいる。国とは何か。国民とは何か。その間の信頼とは何か。問われている。戦争をはじめると決断するのはトップだ。もし、軍が国のトップを指示に従わない場合、かつての日本と同じで軍の暴走として、国のトップは極刑は免れない。そりゃ管理責任は問われて当然。だから海外に逃亡しても安全とは言い難い。たぶん、中国が問題なのは老人たちの野望と夢に中国の若者が振り回されている、そうだ。あれだけの国土を持ち、自然も豊なのに活かしきれてない。歴史も古く、数々の文化を生み出してきたのに、その成果を文革といってすべて崩壊された。まるでISだ。幸いにいくつかの文化財は台湾にある。これが故宮博物院だ。
台湾の高校生たちがどうして歴史改変への抵抗をしているのか、ほとんどの日本の高校生は知らないようだ。
歴史は良いも悪いもどちらも知って知識になる。しかし、記載する人が確固たる証拠に基づいてなければ記述は捏造、嘘となる。ならば、事実は自ら調べてばいいのだが、問題は進学時の試験だ。日本なら歴史なんて項目は入学試験科目から排除すればよい。たぶん、国語とかも論文書かせればいいだけだし、英語も同じ。単に教師が怠惰なだけだ。記述式試験にすれば、採点する人が大変という発想がおかしい。人にはそれぞれ得意不得意がある。だが、自らが目指す専門となれば別だ。理系に歴史が必須か、となれば関係する歴史は必要だが、それ以外は不要。政治、宗教とか必要かと問われれば同じ。そんなもの知らないでも、社会に出れば嫌でも学ぶことになる。特に宗教については、海外赴任となればその国の宗教を知らないと生命の危機に瀕することになる。実際にイスラム国でのビジネスで、家族同伴の交流とかで、よくあるのが現地で子供の頭を撫でて、トラブルになるのが多い。仏教国も同じで頭は触れてもいけない。反面、国よっては挨拶でハグするのが当然というのもある。
ここで相手を知ろう、学ぼうという気持ちがあれば、相手は教えてくれるし、日本を知りたいといってもくれる。役に立たない知識より、リサーチスキルとオープンハートなコミュニケーションスキルの救育が優先だろう。世界は狭くなっているとは言え、アジアや中東では現地語ができないとほとんど仕事はできない。特にジャーナリストはスパイに見られるそうだ。そりゃ、現地語がわからないで通訳連れるとしても、この通訳が偽物というが多いらしい。アフリカや南米も同じで、現地をしないでいると、本当に生命の危機に会うことが多々あるそうだ。英語圏だって生命の危機はよくあるのだから、言葉を知らないならなおさら、危険は倍増するだろう。
核兵器廃絶を訴えるデモがどうしてないのか。戦争反対と核兵器廃絶は同じではない。戦争を回避しても、今、日本は中国の核ミサイルの標準先となっている。北朝鮮も同じ。なにかの手違いで発射されたらどうするのか。
着弾までの数十分、テレビで速報が出ても逃げる場所もないまま、死ぬのかもしれないね。訴えるのなら、きちんとフォーカスしてピンポイントで「核兵器廃絶」と漢字で中国に訴えないと伝わらない。
中国の若者に言いたい。お互いに戦争で死ぬなんて嫌だ。まだまだ楽しいことはたくさんある。文化が違っても音楽、踊り、ゲームや恋愛と共通話題は豊富にある。実は言語がともに共通してなくても、この恋愛というが異性に関しての話題は共通点が多い。ポルノに国境がないのと同じで恋愛にも国境はない。悩みや苦しみも共通点は多い。反発するような話題の数よりも共通する話題の方が多い。これは朝鮮半島も同じだし、他国も同じ。だって、同じ人間なんだもの。民主主義として国民が政治へ注文をつけるのもいい。だが、それだけで楽しい、苦しい、苦い、酸っぱい青春を終わったら損すると自分は考えている。だからノンポリ。選挙の時には政策でどうするか判断するだけだ。楽しいことをやらないで、政治運動なんて自分からすれば青春をそれで過ごしてもいいのか、質問したい。その前にかつての学生運動に参加した人たちの手記を読んだ方がいい。はっきりいって、自分は「自分から青春を捨てて、それを若者に押し付けるお年寄りたち。」としか感じない。愛がある老人たちは、若者にもっと平和を謳歌して、青春を味わって欲しい、と思うだろう。ならば、戦争反対なんて空想を願うことなど、意味がない。戦争回避のための策を手段を選ばないで実行しろ、と政府に要求するのが筋だ。
米国大統領のイラン核開発への態度には失望した。どの国も核兵器を持たない。これを実現するための努力をせずに、世界から核兵器を廃絶なんてできない。小国がまず先に核兵器を廃絶し、兵器を無効化する手段については経済的支援を世界規模でやる。大国は交渉を継続するしかない。さて、この濃縮された核をどう処分するのか。爆弾ではなく、この濃縮されたエネルギー源をなんとか活用できないのかな。原子炉にしても、熱からエネルギー変換へできるようになり、かつ安全性を確保できる率が高くなれば、実用度も上がる。この理想を目指して、多くの原子物理学者が研究をしてきた。核を捨てたら人類の未来は決して明るならない。
ホーキング博士を含む新しいプロジェクトで異星人探しが始まる。すでに地球型惑星は見つかっている。あとは異星人とのコンタクトだ。地球は大きな太陽風が吹き荒れれば、人類を含めたすべての生き物が絶滅する。この時期や確率は誰にもわからない。地球外での宇宙基地みたいな構想もあるが、問題はエネルギーだ。これを実現するにも核に変わる高エネルギー、源が出てこない限り、核にこだわるしかない。こういった話をSFやアニメと笑っている人はロボカップによる進化、ドローンの進化を知らないだけだ。同じく地球上に起こっている数々の現象ですら予測もできない。さすがに宇宙人が攻めてくるというのはほぼゼロだろうが、地球上へのなんらかの地球規模災害については、誰も予測できないし、回避もできないのは事実だ。
核を兵器として利用しない。だが、原子炉としても利用しない。そして、核のゴミは増えるだけで捨てるためにあれこれ苦労する。それのやがて災害とかで核のゴミが地上で反応すればそれで終わるのだ。日本の自然、文化を今、自分たちは味わえる。これは過去の日本人たちが継続するために努力した結果だ。そこには他国に占領され、文化を崩壊させられることもなかった。戦争で戦う人を卑下する人に問いたいのは、あなたたちが利用している日本のすべては過去の戦争で敗戦しても守った人がいたおかげだと知って欲しい。日本は敗戦で分割統治と言われていたのも事実。それを回避して今に至るには多くの人が努力した。日本人だけではない。朝鮮半島も日本が憎いというが、台湾とともに同じ日本として戦争で戦った。そして犠牲もお互いに出した。敗戦時にはいっしょに泣いた人も多いと聞く。過去に拘って、今を見ないでいいのだろうか。未来を信じないでいいのだろうか。どうか老人たちの戯言に惑わされることなく、自ら調べて、未来はどうしたら自分もみんなも楽しく生活できるのか考えて欲しい。ともに違いを認め、共通点を模索することこそ、未来を明るく楽しくする唯一の鍵だから。まずは核兵器廃絶から実現しよう。
人類の歴史の大半は戦争。アニメとかSFも地球では戦争がなくなって平和になっても、宇宙のどこかと戦争する。つまり、人間は戦争がなければ存続できない、と誰かが言った通りなのだ。これは種の保存となれば当然だ。
政治家と戦争反対を掲げる若者のSNSを読んで「日本の未来は大丈夫なのか。」と不安になった中高年は多い。それぐらに彼らには物事を考える力がないのだ。だかから単純なYES/NOという視点からした議論ができない。これじゃ交渉ができる訳ないい。だって、真っ向からすべて反対なのだから。こういった世代が増えたら、確実に意見によってまっぷたつに世論は別れる。実はこの現象は日本だけではない。外国の若者たちの議論をSNSで見ていると賛成か、反対かに分かれて議論はするのだが、多々噛み合わないままだ。だから我慢できないで暴言を吐くとかも多い。これが現実にF2Fで酒など入っていれば、当然、暴力を使って自分を主張する可能性は高い。実際に日本では意見の対立するグループがデモをしていて、暴力的衝突となる。例えば、正論と言われるような意見を持とうが、暴力を使ったり、暴言を吐くとなれば、誰も耳を貸さないし、支持もしない。はっきりいって、目くそ鼻くそとはこういった集団を指すのだ。
世界は性善説による人道的見地を尊重してきたが、それが結果から失敗と判断している。難民保護などがいい例だ。本来、救済しなければいけない児童や病人、老人という逃げられない人を放置し、金を持ち、船に乗って逃げているような人を先に難民審査するということへの抗議が一切ない。できるはずがないのだ。なにせ彼らはまだ戦地で逃げているのでせいいっぱいだからだ。国連の難民救済なんてこんなものだ。高等弁務官もはじめはやる気が十分なのだが、一年もたたずに官僚となる。理由は簡単で、出世するためには上司に従うしかないからだそうだ。組織の場合、上司が聞き入れないとなると、どうにもできない。まさに宮使え。これに我慢できない人は飛び出すのだが、一人になっても、個人組織を立ち上げても、やはり公的機関並みの力もないし、運営するだけの資金も集まらない。自分の友人や知人も弁務官をやめて、一般弁護士に転職した人が複数人いる。みな同じように国連は無能という。また、メディアにしても報道はするが、それによって本来救済しなければいけない児童や病人を先に救済というような意見は出て来ない。もし、そうなると一体誰が戦地にいって、こういった人を救済するのか、なるからだ。そんなものどこの国もNOという。日本だって、受けるとは思わない。もし、日本はそういった活動をするとすれば、他国の軍隊を同じ行動権限を持たないと無理だからだ。日本が活動する間、他国の兵士は防衛するのだが、もし、攻め込まれたらとてもじゃないが対抗するだけの勢力として十分といえないのが国連軍らしい。そもそも国連の安全保障理事会なんて、理事が拒否権を発動すれば、国連軍が出動することもできない。
本当に人間の命が何よりも大切なら、船で不法入国をする難民たちに国連はやめるように訴えるのが先だろう。
それこそ難民を運ぶ船の場合、海に出て行かないようにNATO 軍なりが阻止するのが当然だ。欧州は綺麗事で人を殺しているだけで、自分たちが避難されることを覚悟してでも人命を救おうとは考えてない。これは国連も同じ。英国は仏英トンネルからの難民流出についても、強硬な態度をとってはいるが、まだまだ甘い。それこそ避難される覚悟を持って対応していかないと、やがては国連人権なんとか、難民なんとかに受け入れろと言われると思う。受け入れを要求するのであれば、なぜ、同じアフリカ諸国側が受け入れないのか。アジアはアジア諸国、とすることで言語や習慣がさほど違わないのでまだいいと思うのだが。民族による対立というが、そもそもそんな対立をしたいのなら、さっさと自分の国に戻って対立戦争をやればいい。他国を巻き込むな。これは朝鮮半島にも言える。日本は自国民の保護のみ優先すればいい。もし、同盟国の国民も合わせて保護となれば、これは当然、受け入れないといけない。まさか、こういった人道的救済すら反対というのなら、み殺しにしろ、とはっきり言えばいいだけだ。そうすれば、みな国にみ殺しにされたくないので、帰国するか、覚悟を決めてその地で眠るか決断すればいいだけだ。ただし、これをやった国は世界から信頼も失う、なぜ、北朝鮮による拉致事件について、世界は冷たいのか考えて頂きたい。日本は独立国でありながら、自国民の奪還を決断しなかったからだ。ある意味、綺麗事だけではなく、それこそ朝鮮半島からの民を人質に交渉してもよかったはずだ。なにせ国民をみ殺しにしても戦争はしない、という法律があるからだ。だから後に憲法改正を試みても、米国だけではなく、国連にある敵国条項から日本国という名前は外れてないので、できないのだ。敗戦による罰は重い。
日本が犯した大きな間違いは、負ける戦争をはじめたことだ。そもそも戦争に正義などない。テロリストのように国際法も無視してひたすら攻撃し、拉致して殺す。これは戦争と呼ぶにはあまりに一方的だと誰かが表現していた。だが、世界を相手に自分たちの国を作り、独立を目指すためには手段を選ばない。こういったテロリストは多いが、成功したことはない。ゆいいつ、社会主義だとか共産主義の御本尊たちの国ぐらいだろう。だが、その国も崩壊し、民主主義になっている。中国もゆるやかな変化で民主化せざる得なくなる。もし、民主化をさせないのなら、国民を海外に送り出すなどやらないだろう。国民を世界に送り出し、どんどん増やし、その国をチベット、ウルグアイのように乗っ取る。だが、国だとか共産党へそこまで忠誠心がある中国人にはめったにお目にかかれないことから、こういった理論についても怪しいと自分は感じている。定期的に訓練をしない人間が、ある日突然、兵士となって敵国人を殺せと命令されて、実行できるのだろうか。否。実行したら自分が殺されると考えてないだろうか。日本は武器がないので、まさにみじかな武器での戦いになるのだろう。それで殺したとして、警察や機動隊が出動したらどうなるのか。殺されないと思うのか。たぶん、今は殺される。催涙ガスとかもあるが、もし、爆弾などを持っているとすれば迷わず殺される。その点は過去のいくつもテロ組織による事件があったから学んでいるとは思う。人質になるのはまずは仲間からなので、平和ボケの若者などはいい人質になるだろう。あれだけ暴言履いて、世間をなめているのだから、助けは期待しないで頑張って欲しいものだ。
アジアを含めて世界はきな臭くなりつつある。中国はどうするのか。たぶん、米国の要求通りに基地となる施設を放棄することはないだろう。そんなことをすれば、国内で暴動やら反乱やら共産党幹部が危険になるからだ。
だが、もし武力衝突が勃発すれば、共産党幹部の資産はほとんどが凍結される。先に親族や家族を逃した海外でも、監視され、状況によっては資産没収もあり得る。逃げ切るためには自国を裏切り、情報を提供して亡命を懇願するしかない。実際にオーストラリアで、中国大使館の大使だったか、職員だかが亡命申請して亡命した。彼が暴露したのが有名な「ここにスパイは1000人以上いる。」という情報だ。しかし、ここの国は騒ぐこともなく平和だった。何故ならスパイがいたところで盗む情報となると、防衛関係ぐらいで、ほかはない。この国はFive Eyeの一員だ。ASIOという組織がよくニュースでも出てくるぐらいにあれこれ調査しているのをみんな知っている。特にIS関連ではASIOがしっかり調査するから事前にテロ計画をさっちし、犯人を捕まえられるのだ。
でも、アジア系への風当たりは強い。今までは黄色い肌だったのが、中東系の白い肌、褐色の肌と増えてきて、暴言もAsianとひとくくりになった。まさに文化が進化した証拠とも言える。しかし、日本で中指立てる行為がどういった意味なのか、わかってやっていて、誰からも攻撃さないのが不思議だ。まさに平和な日本で挑発して、武力衝突でも起こそうとしているのかもしれない。だから対立するグループが衝突して毎回逮捕者が出る。そもそもそんな暴力的な組織のデモや集会に許可を出す警察も警察なんだが。競技場でも貸し切って、対立するグループいれて、勝手に殴り合いでもさせておけばよい。出入り口は閉鎖。なんだったらカメラをいれて、みんなで誰が残るのかベットしてもいい。彼らのどちらも日本社会にとっては不要だからだ。人道的見地からしても、こういった暴力でしか解決できないような大人の集団を子供に見せることこそ、いけないと自分は感じる。
なんか、中国の抗議デモや集会にしても政府が管理していると言われているせいか、株価暴落で一切の動きがないようだ。あるとしても国外にこういった情報が出てこないのかもしれないが。
SNSで日本で戦争がはじまったら、即海外に逃げるという人が結構いた。家族がいる人もいた。日本国民の愛国心も中国人の愛国心も似たようなものだと中国人の友は笑ってた。確かにその通り。これはゆとり世代の親たちが責任を担えばよくて、関係な世代はさっさと逃げてよい。国を守るために命をかけられる全体は、国が国民の生命と財産を守るという信頼関係があってこそだ。中国も日本も米国も同じで分岐点にいる。国とは何か。国民とは何か。その間の信頼とは何か。問われている。戦争をはじめると決断するのはトップだ。もし、軍が国のトップを指示に従わない場合、かつての日本と同じで軍の暴走として、国のトップは極刑は免れない。そりゃ管理責任は問われて当然。だから海外に逃亡しても安全とは言い難い。たぶん、中国が問題なのは老人たちの野望と夢に中国の若者が振り回されている、そうだ。あれだけの国土を持ち、自然も豊なのに活かしきれてない。歴史も古く、数々の文化を生み出してきたのに、その成果を文革といってすべて崩壊された。まるでISだ。幸いにいくつかの文化財は台湾にある。これが故宮博物院だ。
台湾の高校生たちがどうして歴史改変への抵抗をしているのか、ほとんどの日本の高校生は知らないようだ。
歴史は良いも悪いもどちらも知って知識になる。しかし、記載する人が確固たる証拠に基づいてなければ記述は捏造、嘘となる。ならば、事実は自ら調べてばいいのだが、問題は進学時の試験だ。日本なら歴史なんて項目は入学試験科目から排除すればよい。たぶん、国語とかも論文書かせればいいだけだし、英語も同じ。単に教師が怠惰なだけだ。記述式試験にすれば、採点する人が大変という発想がおかしい。人にはそれぞれ得意不得意がある。だが、自らが目指す専門となれば別だ。理系に歴史が必須か、となれば関係する歴史は必要だが、それ以外は不要。政治、宗教とか必要かと問われれば同じ。そんなもの知らないでも、社会に出れば嫌でも学ぶことになる。特に宗教については、海外赴任となればその国の宗教を知らないと生命の危機に瀕することになる。実際にイスラム国でのビジネスで、家族同伴の交流とかで、よくあるのが現地で子供の頭を撫でて、トラブルになるのが多い。仏教国も同じで頭は触れてもいけない。反面、国よっては挨拶でハグするのが当然というのもある。
ここで相手を知ろう、学ぼうという気持ちがあれば、相手は教えてくれるし、日本を知りたいといってもくれる。役に立たない知識より、リサーチスキルとオープンハートなコミュニケーションスキルの救育が優先だろう。世界は狭くなっているとは言え、アジアや中東では現地語ができないとほとんど仕事はできない。特にジャーナリストはスパイに見られるそうだ。そりゃ、現地語がわからないで通訳連れるとしても、この通訳が偽物というが多いらしい。アフリカや南米も同じで、現地をしないでいると、本当に生命の危機に会うことが多々あるそうだ。英語圏だって生命の危機はよくあるのだから、言葉を知らないならなおさら、危険は倍増するだろう。
核兵器廃絶を訴えるデモがどうしてないのか。戦争反対と核兵器廃絶は同じではない。戦争を回避しても、今、日本は中国の核ミサイルの標準先となっている。北朝鮮も同じ。なにかの手違いで発射されたらどうするのか。
着弾までの数十分、テレビで速報が出ても逃げる場所もないまま、死ぬのかもしれないね。訴えるのなら、きちんとフォーカスしてピンポイントで「核兵器廃絶」と漢字で中国に訴えないと伝わらない。
中国の若者に言いたい。お互いに戦争で死ぬなんて嫌だ。まだまだ楽しいことはたくさんある。文化が違っても音楽、踊り、ゲームや恋愛と共通話題は豊富にある。実は言語がともに共通してなくても、この恋愛というが異性に関しての話題は共通点が多い。ポルノに国境がないのと同じで恋愛にも国境はない。悩みや苦しみも共通点は多い。反発するような話題の数よりも共通する話題の方が多い。これは朝鮮半島も同じだし、他国も同じ。だって、同じ人間なんだもの。民主主義として国民が政治へ注文をつけるのもいい。だが、それだけで楽しい、苦しい、苦い、酸っぱい青春を終わったら損すると自分は考えている。だからノンポリ。選挙の時には政策でどうするか判断するだけだ。楽しいことをやらないで、政治運動なんて自分からすれば青春をそれで過ごしてもいいのか、質問したい。その前にかつての学生運動に参加した人たちの手記を読んだ方がいい。はっきりいって、自分は「自分から青春を捨てて、それを若者に押し付けるお年寄りたち。」としか感じない。愛がある老人たちは、若者にもっと平和を謳歌して、青春を味わって欲しい、と思うだろう。ならば、戦争反対なんて空想を願うことなど、意味がない。戦争回避のための策を手段を選ばないで実行しろ、と政府に要求するのが筋だ。
米国大統領のイラン核開発への態度には失望した。どの国も核兵器を持たない。これを実現するための努力をせずに、世界から核兵器を廃絶なんてできない。小国がまず先に核兵器を廃絶し、兵器を無効化する手段については経済的支援を世界規模でやる。大国は交渉を継続するしかない。さて、この濃縮された核をどう処分するのか。爆弾ではなく、この濃縮されたエネルギー源をなんとか活用できないのかな。原子炉にしても、熱からエネルギー変換へできるようになり、かつ安全性を確保できる率が高くなれば、実用度も上がる。この理想を目指して、多くの原子物理学者が研究をしてきた。核を捨てたら人類の未来は決して明るならない。
ホーキング博士を含む新しいプロジェクトで異星人探しが始まる。すでに地球型惑星は見つかっている。あとは異星人とのコンタクトだ。地球は大きな太陽風が吹き荒れれば、人類を含めたすべての生き物が絶滅する。この時期や確率は誰にもわからない。地球外での宇宙基地みたいな構想もあるが、問題はエネルギーだ。これを実現するにも核に変わる高エネルギー、源が出てこない限り、核にこだわるしかない。こういった話をSFやアニメと笑っている人はロボカップによる進化、ドローンの進化を知らないだけだ。同じく地球上に起こっている数々の現象ですら予測もできない。さすがに宇宙人が攻めてくるというのはほぼゼロだろうが、地球上へのなんらかの地球規模災害については、誰も予測できないし、回避もできないのは事実だ。
核を兵器として利用しない。だが、原子炉としても利用しない。そして、核のゴミは増えるだけで捨てるためにあれこれ苦労する。それのやがて災害とかで核のゴミが地上で反応すればそれで終わるのだ。日本の自然、文化を今、自分たちは味わえる。これは過去の日本人たちが継続するために努力した結果だ。そこには他国に占領され、文化を崩壊させられることもなかった。戦争で戦う人を卑下する人に問いたいのは、あなたたちが利用している日本のすべては過去の戦争で敗戦しても守った人がいたおかげだと知って欲しい。日本は敗戦で分割統治と言われていたのも事実。それを回避して今に至るには多くの人が努力した。日本人だけではない。朝鮮半島も日本が憎いというが、台湾とともに同じ日本として戦争で戦った。そして犠牲もお互いに出した。敗戦時にはいっしょに泣いた人も多いと聞く。過去に拘って、今を見ないでいいのだろうか。未来を信じないでいいのだろうか。どうか老人たちの戯言に惑わされることなく、自ら調べて、未来はどうしたら自分もみんなも楽しく生活できるのか考えて欲しい。ともに違いを認め、共通点を模索することこそ、未来を明るく楽しくする唯一の鍵だから。まずは核兵器廃絶から実現しよう。