The Last ward from Southen Cross to my future

目の前にある林檎は本当に林檎なんだろうか。その林檎は腐っているから林檎だって気づかないだけかもしれない。

安保法制は実の内容から改ざんされて風評として広まる

2015-07-26 06:40:37 | Weblog
政府与党は、徹底して本来の安保法制内容を日本国民に説明する必要はある。誤った内容で海外にまで伝わるとなると、これは大問題だ。外務省は早々に各国言語で本法律の趣旨を翻訳して公開するのが先だ。国内も内外の治安を管轄する大臣および省庁担当者に誤解がないように理解しているのか、確認する。個人の意見があろうとも、公務員である限り公的な正しい情報の提供は当然だ。ここを間違ってはいけないので、周知徹底させる。

さて、毎回、野党、左翼やメディアが喜んで使うナチス関係だが、使い方がひどくなってきた。経済政策など、ナチスが当時のドイツにおいて、成果を出したのまで否定するのはおかしな話だ。坊主憎ければ袈裟まで憎い。客観的な視点から見ることができないとなれば、そういった人たちから語られる意見や情報は偏向していると思われても当然だ。何故、日本の左翼団体が一般国民から支持されないのか、よく反省した方がよい。世界の左翼団体で、自国の国や国民を卑下してまで外国を有利するような政策を語るなどあり得ないからだ。社会主義も共産主義も独裁者となる上部執行者たちの利権が優先され、一般民は奴隷のごとく搾取される。これは王政と似たようなもので、独裁者たちはトップになるために話し合い、投票のような行動はするとしても、最終的に合意できないと暴力による戦いによってトップを決める。

日本国民は民主主義の民として選挙による政治家を選ぶという行為を重要とは考えてないようだ。だから国政選挙であっても投票率がすごく低い。他国のように罰金制も考えてもよい。日本の選択方法はとても単純なので楽だと思う。オーストラリアの選択方法はなかなか難しい。そして、投票をしないと罰金もあるので、やり方を英語や中国語の動画で説明しているぐらいだ。選挙権は国籍保持者しかないのにだ。どうしてそこまでやるのか。自分たちの生活に関わるからだ。

たかが法律ぐらいで戦争がはじまるとか、ここまで被害妄想的になるとうんざりする。まず、戦争になったところで、普通の人間が即、戦争に参加するなどあり得ない。ISですらみっちり訓練する。おまけに徴兵うんぬんにしても、少子高齢化している日本で、若者を戦争に行かせたら、それこと戦争に勝ったとしても未来は危うい。生き残ることと、勝利は別だ。つまり、次世代を担う人材が大幅に減少するのだ。そんな状況で日本がそうそう戦争など選択できるはずもない。むしろ、時世代は人間の兵士ではなく、クローンが主体になるのは確実だ。経済的に苦しい国は人間の兵士しか使えないだろうから、戦う前から不利は見えている。ロボカップという競技をどれだけの日本人が知っているだろうか。ロボコンからロボカップと進化してきているロボテックスの技術は、今、戦争反対とか、殺されたくないとか、殺したくないと叫んでいる人たちには理解できないのだろう。もう人間が何かをやるレベルではない。また国同士の戦争であれば、爆撃で終わるし、建物などを壊さないための化学爆弾もある。

非暴力で武力攻撃に対抗できるのか。たぶん、大多数の国民が自殺すれば戦争は回避できるだろう。ある意味、御身第一の集団が一般民を殺し、敵国に「我々はあなたたち側に立つ」となればいいのかもしれない。その後はどうなるのか、歴史上の侵略を調べればわかるだろう。敵よりも恐ろしいのが同じサイドにいる裏切り者だ。この行動原理を理解しているのがかつての学生運動で生まれた赤軍、中核派などの過激派組織だ。裏切り者は粛清といって、リンチして殺す。そうやって裏切るとどうなるのか、脅して組織を管理する。ここには自由、平等などまったくない。左翼と言いながら、やっていることは独裁による恐怖政治による統制だ。社会主義とか共産主義ならば国としても同じで、外国の戦争よりも国内での革命やら内乱やらの死傷者の方がダントツに多い。おまけに都合の悪い文化はすべて抹消される。

戦争とは、ドンパチやるだけではない。情報戦といって、人々の心を不安と恐怖でいっぱいにすることで、パニック状態を作り出す。これが何よりも恐ろしい。なにせ自分以外の誰も信じることができなくなるからだ。いい例がまさに今だ。選挙で選んだ政権が国会で審議して可決した法律をあれこれ言う。おまけに内容まで捏造と言えるほど改変して世間に広める。誰が何を言うのか、しっかり覚えておいた方がいい。もし、有事になればこういった人は裏切り者になる確率が高いからだ。責任ある日本国民ならば、同じ国民の生命をないがしろにすることに抵抗があって当然のはず。
家族が殺されそうになっているのに、自分の命だけ助かればいい、というのはどうだろうか。民主主義とは同じ国という属性において、共に暮らす民だ。暮らすとは助け合いの精神も含まれる。日本は文化として同じ宗教や価値観がある民族で成立している。他国は違った人種、宗教や価値観で集まっているため、共通の価値観として思想やルールによって成立している。この違いが何か調べてみるといい。つまり日本ではイデオロギーとしての左右の思想はあまり役に立たない。何故ならお上が政治を担い、決めてくれる内容が自分たちにとって不都合でなければいいだけだ。餓死する寸前まで追い詰められてはじめて武器をもって反抗する。そこまで追い詰められてはじめて行動するため、追い詰められてない人たちには影響しないのだ。動物とはそういうものだ。危機に瀕して、まずは自分の家族、近い社会の集団を守る。時間と金があるから抗議デモを楽しくできるだけで、そこには大義がないように見える。本当に平和を実現したいのか。ならば何をするべきか、考えて欲しい。今、日本がどういった状況なのか、数ヶ月後、数年後にどうなるのか。
今は遠くだがテロ集団による攻撃はあり得るのか。摩擦している中国や朝鮮半島から武力攻撃はあり得るのか。

戦争は日本や米国だけでは実現しない。相手がどうするのか、それを読み取れないと自分たち以外の人まで犠牲になる。尊厳とは何か。日本の若者たちは、そろそろ目覚めてもいいと思う。だから自分たちで情報を集め、考えてみよう。どうすればいいのか。ちなみに将来、日本国以外の国籍を取得する場合、過去の政治運動によっては却下される理由となる場合も多い。警察の犯罪履歴に記録されたら、まず、多くの国で永住権ですら取得できない。そりゃ反政府運なんてやっていれば、危険人物と評価されても当然だ。これを差別とわめいたところで、他国の方針は変わらない。
逆に日本国の永住許可や国籍取得時も、当然、同じように影響する。政治亡命でもしない限り、認められるのは難しいらしい。風評による社会不安の扇動は、意見の自由を越えている。正しい内容で反論する訳ではないからだ。





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