The Last ward from Southen Cross to my future

目の前にある林檎は本当に林檎なんだろうか。その林檎は腐っているから林檎だって気づかないだけかもしれない。

移民による閉鎖的コミュニティーの禁止こそ、移民政策の土台

2014-01-07 08:06:14 | Weblog
言語や習慣が違うから、不満や不安がある移民たちは自分たち独自のコミュニティーを形成する。
これが数百人単位となれば集団や組織としては法的制限が必要になる。日本国の法律を順守するさせなければ、出身国同士で武力衝突も発生する。外国人のコミュニティの場合、管理責任者ポジションを用意し、言語や習慣が違うニューカマーと呼ばれる新入国者の世話をさせる方法がある。言語の問題がなによりも重要だ。緊急時の警察や消防に電話すらできない日本語能力では、疾病時の医療さえ受けられない。宗教上の理由で診察すらできない場合もある。救急対応の病院でこういった教育をしていかないと東京オリンピック時の観光客に対応できるのだろうか、と疑問がある。

ひとつには、パスポート以外に外国人には90日以上の滞在する場合、パスポート名と国籍、宗教、疾病などについての記録したICカードの発行や書類の発行も検討して頂きたい。日本は救急車は無料だが、治療は無料ではない。そのためには加入している保険なども記録することで速やかに治療もおこなえる。また、各国語言語による日本での生活を支援するヘルプデスクも電話やメールで用意する。

日本語だけではないが、日常生活でトラブルが発生して対応できるだけの言語能力とは1年ぐらいではマスターできるものではない。まして、数か月ぐらいでは日本語を読んで理解することすら難しい。
だから事前に日本に来る予定がある人が受けられる日本語の基礎教育をオンラインで受けられるようにする。せめて、ひらがな、カタカナぐらい読めるようにならないと、日常生活レベルの日本語を数か月でマスターなど無理だろう。留学生が日本語をマスターできたとしても、トラブル発生時などの複雑なコミュニケーションまでできる人は少ない。なにせ、文字数が多い言語なのが日本語だ。中国語で漢字が四千語読み書きできないと生活に困るらしいが、漢字はある意味、パーツの組み合わせであり、音も似ているから日本人には楽だ。しかし、中国人からすれば音が同じ表記なのに、意味が違う部分まではなかなか理解してもらえない。これがひらがな、カタカナだ。おまけに文の中では例外発音もある。日本人でさえ、正しい日本語を話したり、書けないのだから、日本語教育を改革するのが先かもしれない。

日本の文化をもっと世界に発信して頂きたい。思想や宗教という固いカテゴリーではなく、日常生活での習慣だ。七十年代はこういった本が各国語言語でたくさん出ていた。クールジャパンとかばかりではなく、日本文化の土台になっている文化を発信することこそ、日本国民が目指す未来の日本の投影になる。
日本史は義務教育では日本語と同じに重要な教育だ。歴史にいろいろな見方があるという意見が新聞に記載された。そりゃ時代によって味方も変わる。しかし、事件や事象は変わらない。年代を記憶する歴史教育ではなく、事件や事象をあらゆる面から情報を集め、自分の意見を発表できるようにすることを目的をして頂きたい。多方面からの観点を学ぶことこそ、国際化に対応できる人材となる。
これは思想や宗教でも同じ。善悪という単純な意見ではなく、きちんとリサーチして発表できるようにするためには、集めた情報を分析し、自ら思考して発表をまとめるからだ。
科学も数学も同じで、情報を集め、分析し、思考してはじめて身に付く。

昨今の日本人のように短絡的、かつ感情的な思考ばかりではなく、時間がかかってもしっかり自分の意見を持てるような教育こそ、今の日本には必要な教育だと自分は思う。意見が違っても当たり前で、議論して結論が出せるような人材を育てることで国際化に対応できる。言語能力とは、こういった思考した結果を伝える能力であり、意見が違ったら議論できる能力でもある。

以上を踏まえて、日本人の外国への対応能力を教育するように改善してほしいものだ。
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