アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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「感染防止」名目に国会議員が“休業”する愚挙

2020年04月14日 | 日本の政治と政党

    
 市民がコロナ感染に戦々恐々とし、「休業要請」を指定された店舗関係者が廃業の危機に四苦八苦している中、安倍晋三首相が自宅でペットと戯れているツイッター(写真中)が批判を浴びています。本来、コロナ危機の先頭に立つべき者の、あまりにも無神経・無自覚な振る舞いです。

 この醜態は安倍氏だけではありません。本来、コロナ対策の先頭に立つべき者たちが、「感染防止」の名の下にそろって“休業”しようとしているのです。それは国会議員たちです。

 自民党の森山裕国対委員長と立憲民主党の安住淳国対委員長は13日会談し、「登院する国会議員を最低7割、極力8割削減する」(NHKニュース)として、開催する委員会を削減し、出席する議員も定足数ギリギリの人数に抑えることで合意しました(写真右)。国会審議の“自粛”であり、国会議員の“休業”です。
 翼賛化している国会の委員会は開いても開かなくても変わらない、と自ら認めたブラックユーモアかもしれませんが、主権在民、議会制民主主義の立場から、けっして容認することはできません。

 「外出自粛」も「不要不急の」という前提がつき、「休業要請」も業種が選別されているように、なんでも「自粛」「休業」していいものではありません。緊急時でも機能させなければならない仕事・職業があります。国会・国会議員はその筆頭ではないでしょうか。
 なぜなら、本来、現場の状況をリアルタイムに掌握し、感染防止、医療崩壊防止、そして市民の生活と営業・仕事を守る先頭に立つべきなのが国会議員だからです。
 また、緊急事態宣言を口実にした、安倍政権(国家)の権力乱用を監視するのも、本来国会の重要な役割です。

 さらに、国会が審議すべき市民生活や国の重要問題が「コロナ対策」だけでないことは言うまでもありません。米軍や自衛隊の動向監視、原発・被災地対策などはその代表です。こうした重要問題はいま、エアポケット状態です。

 国会議員の“休業”は、こうした本来の任務から逃避し、「国権の最高機関」(憲法第41条)としての国会の役割を自ら放棄することにほかなりません。

 この委員会審議“自粛”、国会議員“休業”という愚挙が、自民党と立憲民主党の“二大政党”の協議(談合)で決められた重大性にも改めて警鐘を鳴らさねばなりません。

 自民・立憲の談合国会運営の弊害については、これまで再三指摘してきました。コロナ対策の超党派協議会に、障がい者を代表して参加を希望した木村英子参院議員(れいわ)の申し入れを拒否し排除したのも、森山氏と安住氏です。

 与野党「二大政党」の協議で国会運営を決めることが議会制民主主義に反していることは言うまでもありません。そもそも、一部の政党間協議で国会運営が決められるという国会ルールはどこにもありません。国会運営を決める正式な機関は議院運営委員会です。「二大政党」の談合で国会運営を決めるのは、憲法や国会法を無視した暴挙です。国会運営を私物化する自民、立憲民主の罪はきわめて重大です。

 同時に、この2党の談合に唯々諾々と従う他の政党の責任もきわめて重いといわねばなりません。

 かつて(70年代~80年代)、「共産党を除く」政党間協議で国会運営が決められていたころ、日本共産党は国会の機関でない政党間協議の結果を国会に押し付けるものだと厳しく批判してきました。正当な批判です。そうした声が共産党からまったく出なくなったのは、いったいどういうわけでしょうか。

 緊急事態宣言下で進行する民主主義の後退・危機に対し、厳しい監視の目を怠ることはできません。


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