アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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沖縄戦75年・危険な島田知事、荒井警察部長の美化

2020年01月25日 | 沖縄・メディア・文化

  
 23日付の琉球新報、沖縄タイムスは、沖縄戦当時の島田叡(あきら)県知事(写真中)、荒井退造警察部長を描いた映画「島守の塔」(五十嵐匠監督)の「製作を応援する会沖縄」が22日結成されたと大きく報じました(沖縄タイムスは1面、写真左)。

 結成式で五十嵐監督は「島田さん、荒井さんの偉人伝を作るつもりは全くない」(23日付琉球新報)と述べていますが、「極限状態の沖縄戦で、人間は他人を思うことができるのかということがテーマだ」(同)としており、島田知事や荒井部長が美化させるのは必至でしょう。琉球新報も島田知事を「沖縄戦当時、食糧確保や疎開に尽力したとされる」と好意的に紹介しています。

 かつて島田知事と荒井部長を描いたテレビドラマが放送されたこともあり(2013年8月TBS系)、両氏を「偉人」とする見方は「本土」でも少なくありません。

 しかし、これは事実に反した評価・美化であり、「本土」の帝国日本政府が任命した知事、県警部長(中央官僚)が沖縄戦で果たした歴史的役割に対する評価を誤らせるものです。

 『沖縄戦を知る事典』(吉浜忍・林博史・吉川由紀編、吉川弘文館2019年、この項P70~73林博史氏執筆)から抜粋します。

< 内務省は「軍の司令官らと協調してやってくれる知事」として島田叡を選んだ(当時の警保局長の証言)。沖縄県民を犠牲にしようとする軍に対して県民を守ろうとするのではなく、軍の要求にこたえる知事として選ばれたのである。

 知事のきわめて重大な行為の一つが、鉄血勤皇隊への学徒の動員である。第32軍司令官、沖縄連隊区司令官(徴兵業務を担当)、沖縄県知事の三者による覚書がある。14歳から17歳までの学徒の名簿を作成して、県知事を通じて軍に提出し、その名簿を基に軍が学徒を鉄血勤皇隊に軍人として防衛召集し、戦闘に参加させることが取り決められていた。県知事は本来兵士に召集される義務のない学徒を軍に提供した。いくつかの史料からこれは島田知事によるものと考えられる

 45年4月27日、市町村長会議が県庁壕で開催された。この会議で(島田は―引用者)米軍が住民まで皆殺しにすると恐怖を煽り、住民にも一人残らず竹やりなどを持って戦うように指示していた。>

 以前(2013年)、琉球大学で行われたシンポジウムで、郷土史研究家の川満彰氏(名護市教育委員会)が、島田知事についてこう述べたことがあります。
 「陸軍中野学校出身者の離島残置謀者(離島に残って諜報活動を行う日本兵)に(偽装のための)教員免許を公布したのは島田叡だ。その戦争責任はどうするのか」(2013年10月25日のブログ参照https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20131025

 島田叡と荒井退造は「本土」政府・大本営に忠実に従って沖縄戦を遂行する官僚として送り込まれ、事実その通り行動したのです。その島田、荒井を評価・美化することは、誤りであるだけでなくきわめて危険な意味を持ちます。

「今日、有事(戦時)法制を考えるとき、地域の戦争体制を作るのは自衛隊というより警察を含めた行政機関である。沖縄の戦時体制を作った行政・警察を美化することはこの問題から人々の目をそらせることになりかねない」(林博史氏、前掲『沖縄戦を知る事典』)

 沖縄戦から75年。事実を正確に掘り起こし、教訓を導くことが改めて重要になっているいま、島田、荒井を美化することはまさにそれに逆行するものと言わねばなりません。

 さらに重大なのは、この「映画『島守の塔』製作を応援する会沖縄」の「呼びかけ人」47人に、琉球新報、沖縄タイムス、琉球放送、沖縄テレビ、琉球朝日放送など、沖縄メディアの代表が揃って名を連ねていることです。沖縄メディアの見識が問われます。その責任はきわめて重いと言わざるをえません。


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