今回の天皇訪英(6月22~29日)には、軍事協力強化という日英両政府の政治的思惑がありましたが(6月28日、7月1日のブログ参照)、そもそも、「皇室外交」自体が大きな問題です。
今回はその問題点がいつも以上に明確になりました。それは、「皇室外交」における公私混同です。
27日午前(現地時間)、天皇・皇后はバッキンガム宮殿を訪れ、チャールズ国王夫妻に別れの挨拶をしました。これによって「国賓として臨んだ一連の公式行事が終了した」(6月28日付京都新聞=共同)のです。
その後天皇は、同日午後、エリザベス女王の墓に供花し(写真左)、王立植物園を視察。28日午前には皇后とともにオックスフォード大を訪問しました(写真中)。これらはすべて「公式行事が終了」したあとの私的な行為です。
しかし、NHKはじめ日本のメディアはそれらを「公私」の区別なく、あたかも「公式行事」であるかのように報道し続けました(写真右)。
これは明らかに、行動した天皇・皇后(計画した政府・宮内庁)とメディアの合作による公私混同です。
天皇は29日、宮内庁を通じて訪英の「感想文」を発表しましたが、そこでも晩さん会からオックスフォード大訪問まで区別なく「初めて国賓として訪れ…大変思い出深い訪問となりました」と述べています。天皇自身が公私混同していることは明らかです。
こうした「私的行為」の報道は、政府のいう「国際親善」ですらなく、ただ天皇(制)のイメージアップを図るものでしかありません。
そもそも今回の訪英で公費(税金)はいくら使われたのか、「公式訪問」終了後の「私的」な滞在費(随行員などの費用も含め)にいくらかかったのか、それは公金の不正支出ではないのか―本来、国会で追及されるべきですが、今の国会にはそれができる(する意思のある)政党・議員は皆無です。
「皇室外交」にこうした不透明・不明瞭な問題が生じるのは、そもそも「皇室外交」が憲法の規定する「天皇の国事行為」ではなく、憲法に規定のない「公的行為」として行われているからです。
憲法学者の横田耕一氏(九州大名誉教授)はこう指摘します。
「公的性格を持つこのような行為は、憲法の規定する国事行為には含まれていない。その点で、皇室外交には、そもそもそれは違憲ではないかとの憲法上の疑問も存在している。…公的な行為を憲法上でどのように位置づけるか(違憲か合憲か)は、憲法第一章天皇をめぐる憲法解釈において最大の争点の一つとなっており、これまでかなりの論議が展開されてきたが、残念ながら学者の意見は一致していない」
そしてこう続けます。
「大事なことは、どの説が有力であれ、政府の承認の下に、現に天皇はこれらの公的な活動を行っているという事実である。…広汎にわたる天皇の公的な行為は、国民に天皇を意識させる場として機能しており、結果として天皇の権威や国民統合機能を強めている」(『憲法と天皇制』岩波新書1990年)
合憲・違憲両説ある中で歴代政府が強行している「天皇の公的行為」は、いまや「私的行為」との区別すら取り払って公私混同が横行するまでに至っている。それを示したのが今回の訪英です。
「皇室外交」はじめ「天皇の公的行為」は憲法上許されるのか、それを政府(国家権力)が強行することはどのような政治的意味を持っているのか。あらためて議論しなければならない重大問題です。