『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、を見る。
幾つかある、連合赤軍や浅間山荘事件を描いた映画では、成る程出色の仕上がりです。若松孝二監督のラディカルさが随所にでてゐる。
その時代、小生も週末ごとにデモへ出掛け、数年の後、米軍基地前の戦車輸送阻止の座込みで行動をやめた。放水車に直撃され、機動隊に連行され、”親が泣くぞ”と隊員に云はれながらジュラルミンの盾で小突かれ、安全靴で蹴飛ばされた。ひどく、痛かったー。
友人たちと<資本論を読む会>をつくり、険しい顔をして難本に挑んでゐた。主催したその友人は、後年、バブルで金をつくり、銀座のクラブで金をばらまいてホステスさんにハイヒールにシャンパンを注がせて飲ませてゐた。やがて、彼の会社は破綻したらしい。
新宿の裏町で、悪友とピンク映画をよく観てゐた。当時、日活ロマンポルノは結構入館料が高く、金がない小生等は2本で300円くらゐの、低予算でできたピンク映画を観てゐた。
いまや伝説になりつつあるパート・カラーのピンク映画、です。
色々な客がゐた。酔ひどれたひと、訳ありさうなカップル、いつも和服で買い物籠をもった妙齢な婦人、…。
そのころの、そんな映画の監督から才能あるひとが沢山出てきてゐるといふ。
若松孝二のピンク映画もそれなりに観た記憶があるけれど、内容はまるで覚へてゐない。
詳細な取材のもとに作られた映画なのでせう。リアルな部分も多かった。そして、リンチ集団と化したアジトでの殺戮をみてゐると、突っ走った彼らの、稚拙さだけが見へてしまふ。
ある意味、まう少し時代と向き合ってゐたはずのやうな気もするが、さうでなければ、死んだ人たちはまったくの犬死です、そのあたりの切実さは画面からはでてこない。
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