THE CONGOS / HEART OF THE CONGOS (1977)
MAX ROMEO / WAR INA BABYLON (1976)
JUNIOR BYLES / BEAT DOWN BABYLON (1972)
JUNIOR MURVIN / POLICE & THIEVES (1979)
THE CONGOS / HEART OF THE CONGOS (1977)
MAX ROMEO / WAR INA BABYLON (1976)
JUNIOR BYLES / BEAT DOWN BABYLON (1972)
JUNIOR MURVIN / POLICE & THIEVES (1979)
PCでナニしたりTVを録画したりで、ドラマや映画に音楽番組を焼いたDVD-Rがやたらと
多く、その整理が追い付かない。商品で買ったCDやDVDの整理ができないのだから
DVD-Rの整理ができないのは当然と言えば当然なのだが、先日暇だったので音楽モノの
整理を始めた。
始めたのはいいのだが、録画した順に両面収納できる不織布にいれているので、ジャンルも
何もあったもんでなく、不意につかみ上げた1セットを見て笑ってしまい頓挫。
DVD-Rの表面に自分でマジックでタイトルを書いているのだが、「AEROSMITH PV集」と
書いたDVD-Rを収納した不織布の裏には「A○B48 PV集」と書いたDVD-Rがあった。
いや、ここで憤慨したのは自分が「A○B48」のDVDを大事げに保管していることではない。
エアロスミスと同じ枠で保管していたというか、突っ込んであったことに笑ってしまったのだ。
まさか、ABC順に整理したわけでもないだろうに。(笑)
で、頓挫ついでにA○BのPV集を見る。(笑)かつての一本気なロックンローラー気質は今は
どこへやらなのだが、それでも片鱗くらいは残っていて『GIVE ME FIVE !』のPVが
一番気に入っている。単純にメンバーが楽器を持って演奏しているからだけど。
件の曲を演奏するときのバンド名は「BABY BLOSSOM」という名前なのだが、わざわざ
1曲のためにバンド名までつけているところが、また気に入った。
で、ふと思ったのが。
T. REXの名盤(笑)である「ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー」のことである。
あのアルバムは本来は「ZINC ALLOY & THE HIDDEN RIDERS OF TOMORROW」
というバンドの「ACREAMED CAGE IN AUGUST」というタイトルのアルバムとして
世に出るものであったのではないか、いやそうだったのだろう、ということである。
これではまるで「ZIGGY STARDUST & THE SPIDERS FROM MARS」であるという
ことで、現在世に出る形になったのだが、マーク自身は60年代後半にすでに「ZINC ALLOY」
という芸名を考えていた。
「TANX」までのブギー路線からプラスチック・ソウル路線へシフト・チェンジするために
キャラクター変更を敢行することが頭をよぎったのだろうが、ボウイの後塵を拝する命名
のように受け散られたくないと思ったが故に、アルバム・ジャケットには折角の新バンド名が
あるにも関わらず「MARC BOLAN & T.REX」との記載もしたわけだ。
ただ、ボランがプラスチック・ソウル路線をとったのは74年で、ボウイの「YOUNG AMERICAN」
は、その1年後であることは書いておかねばなるまい。
おっと、自分でも何でA○BからT. レックスに繋がったのか説明がつかなくなってきた。
ま、どっちも気になるってことで。(笑)
A○BのPVで次に好きなのは「ハートエレキ」であるのは言うまでもない。
これも楽器持ってるし、何せG.S.だし、こじ○るがフロントだし。(笑)
話戻って『GIVE ME FIVE !』というタイトルだけど、後にSuperflyが「GIVE ME TEN !!!!」と
いうタイトルのDVDを出した時はタイトルを見て笑った。
ハイタッチを片手でするか両手でするかの違いなんだろうけど、5より10のほうが
何だか凄そう(?)な感じで、大人な感じで尚且つ大人げない感じで。(笑)
これじゃ、もう一度書かなきゃならないな。
私はT. レックスもA○BもSuperflyも気になっているんだってことを・・・。(笑)
関東地方が記録的な大雪に見舞われたのは、ついこの間の土曜日。平日でなかったのが唯一の
救いであったが、それでも月曜の通勤には影響があったのは明白で、たったこれだけ
(とは言えないか)の雪で右往左往するのだから、私なんかは雪国には絶対に住めないな。
元々があったかい地域の出というのもあるし。
ポーグスというバンドはイギリスのロック・バンドであるのに、アイルランドのバンドだとずっと
思っていた。つまり、私は全くの門外漢なのである。アイルランドのイメージは結成時の
ボーカリストであるシェーン・マガウアンのイメージであり、ケルト音楽(これはアイルランド独自の
ものではないが)のイメージからくるものであった。
ケルト風の音楽が嫌いなわけではないのだが、私はポーグスをほとんど聴いてこなかった。
アルバムも「PEACE AND LOVE」1枚しか持っていなかったし、それもろくに聴かず今では
相方の棚に収まっている。後にCD5枚を収めた廉価な組物を買ったが、それも相方の棚に。
何故、ポーグスを聴かなかったか。これは明白な理由があって、酒飲みシェーンの酔っ払いぶりを
如何にもバンドの個性というか美学の一つのように書いている多くの記事が気に入らなかった
ことによる「聴かず嫌い」が原因である。
自分も酒は嫌いではないし当然酔っぱらうのだが、そんなものは格好いいことではないことは
承知している。酔っ払いが格好いいわけないのだ。だから、「酔いどれ詩人」なんて言葉は
自分にとっては最悪の言葉で、それ故にトム・ウェイツもまともに聴いていない。もっとも今の
トムはそんな低次元の言葉でくくられるような存在ではないのだろうから、そのうちしっかり聴かねば
とは思っている。
さて、そんな私がポーグス30周年箱を買ったのは、ジョー・ストラマーがボーカルを務めた時期の
ライブ盤が収録されているためである。ジョー以外のメンバーも当然歌うし、レパートリーのほぼ
8割は当たり前だがポーグスの曲である。しかし、以外にもすんなり聴き終えてしまい、なんと
「格好いいバンドだ」なんて阿呆のようなことを今更のように思ってしまった。相方はポーグスと
ジョーのライブを見ているのだが、なんだか羨ましくなってきた。
そして、ライブ盤以外の7枚のスタジオ盤も違和感なく聴き終えてしまった。シェーンに思い入れが
無いこともあって、シェーン脱退後の盤もフラットな気分で聴くことができたのも却って良かった
のかもしれない。何だか盛り上がってきたので、近いうちにレア・トラックを集めた5枚組も
買おうかな。
話変わって、アイルランドという国は勝手に「極寒」の地だと思っていたのだが、実は冬は緯度の
割にはそれほど寒くはない国である。全く思い込みというものは良くないものだ。
まあ、これにも理由があって、それは高校生の頃にU2の『NEW YEARS DAY』かなんかのPVを
見てそう思い込んだのだけど・・・・。(笑)
SCIENTIST / SCIENTIST IN DUB (1978)
LINTON KWESI JOHNSON / BASS CULTURE (1980)
DILLINGER / TALKIN' BLUES (1977)
DR. ALIMANTADO / LOVE IS (1983)
DESI ALL STARS / DUBBING IN THE U.K. (1981)
WINSTON EDWARDS & BLACKBEARED / DUB CONFERENCE (1980)
BLACK SLATE / AMIGO (1980)
BLACK SLATE / OGIMA (198X)
無期限のライブ活動中止を宣言していたブラック・クロウズは、何事もなかったかのように昨年
ロードに戻ってきた。そうするとまた、全てのコンサートがCDRとして販売されるわけで、それを
手にすることで、「クロウズは今度はどんなカバーをやってくれたのだろう。」という私の楽しみが
継続できるわけである。
購入は カバーで選ぶ ブラック・クロウズ (字余り)
些か失礼な句を読んでしまうのだが、オリジナル曲の演奏は格好いいに決まっているし、セット・リストが
毎日変わるのだったら、素敵なカバーを演奏している日の音源を手にしたいものだ。何せ、すべての
CDRを購入できる資金なんて逆立ちしても無いし。(笑)
2013年10月17日。この日は多くのロック者の心に影を落とした日でもある。
クロウズの連中は、いつものように演奏をしアンコールで『OH SWEET NOTHIN』と『WHAT
GOES ON』を演奏する。感傷的なMCは一切なく、黙々と2曲を演奏するのがクールだ。
特に後者はクロウズ史上、初演となる曲でもあり私は迷わずこの1枚を購入した。
他にニール・ヤングの『EVERYBODY KNOWS THIS IS NOWHERE』を演奏。
そして10月29日。なんと、この日はキンクス・カバー『POWERMAN』を披露。よりによっての
選曲が嬉しいというか泣かせる。(笑)この日はカバーが多く『I DON'T WANT TO TALK
ABOUT IT』や『HARD TO HANDLE』『HUSH』を演奏。もっともこれらのカバーは過去に
何度も演奏されているので、やはりキンクス・カバーが目当てなのは明白。
ストーンズ・カバーも3曲演奏していて中盤で『JUMPIN JACK FLASH』を、アンコールで
『WILD HORSES』『THE LAST TIME』を演奏。『J.J.F.』は70年代にレオン・ラッセルが
ライブで演奏したバージョンを参考にしていて、例の合いの手というかコーラスが気分を高める。
この2枚はニュー・ヨーク公演で、今回は欧州ツアーのものも1枚買おうと思って7月3日の
ミラノ公演を選んだ。この日の目当ては『NO EXPECTATIONS』。実に趣味が良い。(笑)
一休みしたら、今年もツアーしてね。それで、『TELL THE TRUTH』をカバーしてくれたら
最高なんだけど。フィル・スペクターがプロデュースしたシングル・バージョンで。
で、続けて『RIVER DEEP MOUNTAIN HIGH』を演ってくれれば完璧なんだけど。
妄想は果てしなく・・・。
WHAT GOES ON . . . .
BLACK ROOTS / IN SESSION (1985)
MATUMBI / POINT OF VIEW (1979)
KNOWLEDGE / STRAIGHT OUTIA TRENCHTOWN 1975-1980 (2002)
EARTH & STONE / KOOL ROOTS (1979 → 1997 CD)
ローリング・ストーンズの最新シングル、いやE.P.と呼ぶべきか、名称はともかくストーンズの
3曲入りライブCDが野に放たれた。
掲載写真は「HYDE PARK LIVE EXTRA BONUS」と題されたCDで、DVDサイズのケースに
収まっている。昨年ストーンズが行ったハイド・パークでの2回の公演(7月6日と7月13日)は
両日の公演を編集したDVDとCDでリリースされたが、今回のCDはそれらに収録されなかった
『ALL DOWN THE LINE』『BITCH』『BEAST OF BURDEN』を収録している。
演奏は全て7月6日のもので、どの曲も13日には演奏されていない。
今回登場した3曲で、ハイド・パークで演奏された曲目は全て網羅されることになった。
特に『ALL DOWN THE LINE』は7月6日公演でのリクエスト曲だったので、聴くことができて
喜ぶファンは多いだろう。
と、ここまで書いてナンだが、このCDは非売品である。日本版DVDもしくはブルー・レイで
発売された「SWEET SUMMER SUN」を購入した人のみが手にすることができるCDなのだ。
日本版「SWEET SUMMER SUN」は輸入版より映像で1曲(『TUMBLING DICE』)多く
収録されていたし、おまけにたった1曲入り(『HAPPY』でした)だがボーナスCDも付いていた。
そこにきて、コレである。何というか、恵まれている。(笑)
この日本オンリーの3曲のために、新たにボブ・クリアマウンテンがミックスしたというのだから
販売会社であるワーズ・レコードの熱意(と、金策)にはおそれいる。
私はこのDVDをワーズ・レコードのHPから購入したわけではないのだが、とにかく日本版を
購入した人は、その証拠として「帯」を送り、配送料(350円)を負担するだけでこのCDを
入手することができるのだ。「帯」はCDと一緒に返却される。返却の際に帯の裏には
ストーンズのロゴであるベロ・マークのスタンプが押されるのだが、これが何とも可愛らしい。
たったこれだけの作業で、未発表CDが手に入るのだからこんなに嬉しいことはない。
もっとも、帯の裏にスタンプが押されることで「購入品の原型が保たれないのが嫌だ」という
人には諦めてもらうしかないが。
ま、「帯」は大事にしておいて損は無いという話である。(笑)
ワーズ・レコードはレインボーの「LIVE IN MUNICH 1977」の日本版DVD購入者にも
同趣向のプレゼントを実施している。おっと、そういえば私はこれも日本版を買ったのだった。
味を占めたので、レインボーも「帯」を送ってみるかな。
えっ、レインボーのDVD買ったの?。大してファンでもないのに?。
ハイ、買いました。(笑)記事にしなかっただけで。(笑)
THE ETHIOPIANS / SLAVE CALL (1977)
TETRACK / LET'S GET STARTED (1980)
THE ABYSSINIANS / SATTA MASSAGANA (1976 → 2007 CD)
MERGER / EXILES IN A BABYLON (1977) PICTURE IS 1979 CBS VERSION
スカタライツが来日するというので、何となくオリジナル・メンバーであったトロンボーン奏者の
ドン・ドラモンドのアルバムを引っ張り出してきた。
天才と称されるも才能と成功の板挟みから精神障害をきたし、不幸な事件を引き起こし
若くして獄中で他界。たったこれだけの言葉だと、おそろしく暗いイメージが湧くだろうが、ドンの
残した多くの音は、「スカとは何ぞや。」という設問に明瞭に答えてくれる。
レゲエの礎となったスカを広め、60年代前半から中盤にかけてジャマイカ音楽を
牽引したドン・ドラモンドの功績は大きすぎる。既にギターは裏のリズムを刻み始めているが
そこに、米国産のジャズやブルーズの要素を持ち込み、管楽器が主役を張るという様式を
確立したのは発明といっても大袈裟ではない。
さて、いざドンの残した音を聴こうとしたとき、何から聴けばいいのか。
今現在、CDで聴くことができるのは、というかアナログLPも全てドンの死後に編まれたもので
どれも「ベスト盤」のようなタイトルがついている。生前300以上の曲を録音したといわれるだけに
到底その足跡のすべてを知るのは容易ではない。それでも幾つかのCDでその素晴らしい
音楽に触れることができる。
掲載した2枚はタイトルこそ違うが、中身は同じアルバムで左はトレジャー・アイルから、
右はトロージャンから共に69年にリリースされた。「GREATEST HITS」と題された盤は
日本盤CDも出た。「MEMORIAL ALBUM」は09年に大幅に曲を増やし、スカタライツ時代の
曲も収録した2枚組の拡大版としてCD化された。これがあれば、左の盤は中身だけを
云々するなら不要ということになる。
「IN MEMORY OF DON DRUMMOND」は、ドンの才能を見抜き、自前のトロンボーンさえ
持ち合わせなかったドンにトロンボーンを買い与え、吹込みの機会を与えたコクスン・ドッドが
彼の死を悼んで編んだアルバム。69年にスタジオ・ワンからリリース。
「THE BEST OF DON DRUMMOND」は70年に出た。これはもう冒頭の『RINGO』を
聴くために必携。(笑)何故『りんご追分』を演奏したのか、はたまたどうしてこの曲を
知ったのか、興味は尽きない。こちらもスタジオ・ワンから70年にリリースされた。
さて、ここに掲載した4枚(実質3枚)がCDで入手できるのだが、私が一番好きな盤は、どうも
CD化されていないようだ。
「100 YEARS AFTER」と題されたこの
レコードは80年代にリリースされたようなのだが、何処をあたっても正確な年代がわからない。
私は盤質の悪いジャマイカ再発盤で聴いているのだが、アナログで聴いているということを
差し引いても、曲の持つ熱量はこのコンピレーションが一番多いように感じられる。
『HEAVEN AND EARTH』と『NANNY'S CORNER』でのリフは同じようなものだが、
最強のフレーズと言って構わないそれは、一聴して確実に聴く者の記憶に残る。
ジャズでいうところの「テーマ」にあたる部分をわかりやすく曲全体で実践したということが
よくわかる盤である、という解釈も可能だろう。
これこそCD化されて、広く聴かれて欲しい盤であると心から思う。
で、一番お薦めは結局レコードでしか聴くことができないのであった、というオチはダメか。(笑)
私にも間抜けなオチがある。スカタライツが演奏する『RINGO'S THEME』というタイトルを見て
「えっ、リンゴ?、これは聴きたい。」とばかりに慌てて購入して、いざ聴いてみると・・・。
それはビートルズの映画「A HARD DAY'S NIGHT」でリンゴのテーマとして使われた
『THIS BOY』だった・・・。(笑)
ASWAD / SHOWCASE (1981)
BLACK UHURU / ANTHEM (1983)
MISTY IN ROOTS / LIVE AT THE COUNTER EUROVISION 79 (1979)
CULTURE / TWO SEVENS CLASH (1977)
ブルース・スプリングスティーンの新作「HIGH HOPE」は、ボスにとって18枚目のスタジオ
録音盤であるという広告文句を見て、「あれ、そんなに少なかったっけ。」と暫し考える。
指折り数えてみて「あれ、17枚しかタイトルが思い浮かばない。」なんてことになって
自分の間抜けさを、またも思い知る。う~む。(笑)
ライブで演奏されていたもののスタジオ録音の無かった曲や、EPでリリースした曲の再録と
いった、過去10年の重要マテリアルの再構築といった趣の新作は、流石にボス自身(或いは
熱心なファンも)が認める曲の集まりだけあって、重厚である。
曲のメロディーも耳に残るものが多いし、歌詞もいつもながらだが重要な意味合いを持つ。
録音時期が多岐にわたるので、楽曲のクレジットによってはダニー・フェデリシやクラレンス・
クレモンズの名前がある。録音した当時の音のみで、所謂「レア・トラックス」としてリリース
するのでなく、トム・モレロを加えてトリートメントを施し、最新型のロックとして提示するところに
ボスの前を向いた姿勢というものを感じずにはいられない。
「夢」とか「希望」とかお題目を唱えるのは簡単なのだが、そこに『AMERICAN SKIN』で
聴くことができる現実そのままのやりきれなさと問題提起を踏まえて、それでも「夢」とか
「希望」を持ち続けることに意味があると私は解釈した。
08年の当ブログでスーサイドを取り上げた際に、皮肉交じりにこんなことを書いた。
この曲(『DREAM BABY DREAM』)と『BORN TO RUN』は地続きだと思っているのだが、
ブルース・スプリングスティーンのファンでこの曲にたどり着く人は少ないだろう。
スプリングスティーン自身が数年前にライブで取り上げた曲なんだけど。
おっと、今回のスタジオ録音バージョンの登場でスーサイドのことも広く認識される
ようになるだろう
そして、10年にボスがライブ録音した『DREAM BABY DREAM』を取り上げた際に
こんなことも書いた。
「『BORN TO RUN』と『DREAM BABY DREAM』は地続きなんだぜ。」と書いたのは、
やはり間違いではなかった。足踏みオルガンを弾きながら一人歌うスプリングスティーンの
なんと神々しいことか。単純な歌詞の繰り返しであるが何度も繰り返される言葉の
到達点は、「BORN TO RUN」と同じく闇夜を突っ走った後に前方に射してくる陽の光であり
ささやかな希望である。スーサイドという非のニュアンスを持ったユニットの名前であるが
この曲には愛する者への慈しみと、それが自分の希望であり喜びであることが表明されている。
今回、アルバムの最後に収録された『DREAM BABY DREAM』のスタジオ録音を
聴いて、その思いは更に強固なものになった。
それを含めて、アルバム全体を通して非常に聴き応えのある1枚である。
初回盤には昨年ロンドンで収録された「BORN IN THE U.S.A.」全曲演奏のDVDが付いている。
曲の並びは正確に覚えていなかったが、アルバム収録順に演奏される曲が流れてくると
全ての曲のタイトルが頭に浮かんできた。この頃(84年)はまだ、1枚のアルバムを熱心に
聴いていたのだなぁ。(笑)『DANCING IN THE DARK』の後半で、母親や妹とステージ上で
踊るボスが、とてもチャーミングだ。
さて、18枚のスタジオ録音盤のうち、私が思い出せなかった盤は何だったか。
答えは、『DEVILS AND DUST』(2005)。いかんな~。(笑)
ヘンリー・マッカロクが75年にリリースしたファースト・ソロ・アルバム「MIND YOUR
OWN BUSINESS !」が遂にCD化された。グリース・バンド、スプーキー・トゥース、
ウイングス、フランキー・ミラー・バンドと渋いバンド遍歴を持つヘンリーのファースト・ソロは
スワンプ・ロックの裏名盤的な評価を与えられていたものの、そんなに簡単にレコードが
見つかるものでもなかったので、個人的には「待望の」という言葉が相応しいCD化である。
グリース・バンドのCDはCD黎明期の早い時期にCD化されていて、よく聴いたものだ。
そのメンバーが全面参加というだけで、期待は膨らんだのだがその期待は予想通りのもので
スワンプ・ロック或いはパブ・ロックと呼ばれる類の音を好きな方なら、ほぼ満足できる
内容だろう。
ボーカルが大して上手くもないのだが不思議な味わいがあることも含めて、ロン・ウッドの
最初の2枚のソロ・アルバム、またはジョージ・ハリスンの「DARK HORSE」あたりの
感覚と近しいものがある。
ウイングスがナイジェリアに行ってレコーディングをするという、その前日に脱退したことで
ポールやウイングスのファンからは、よい印象を持たれていないかもしれないが、それは
私がこの盤を聴くにあたっては何の支障にもならない。
興味深いのは、何故このアルバムがジョージ・ハリスンのレーベル「DARK HORSE」から
出たのだろうということだ。ワン・ショットのみの契約だったのか、ということも含めての話だが
「DARK HORSE」自体が大して売れるレコードを出したレーベルでないので、ジョージの
作品以外に深く触れた文献に出くわさないのが、謎に拍車をかける。
ま、それはそれとして、実に味わい深い1枚が市場に再登場したことを喜びたい。
最後の最後で、フランキー・ミラーの声も聴けるしね。