山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

面接授業3回目の日

2005-11-25 00:45:27 | 放送大学
またまた、面接授業の日。
もともと面接授業は、放送教材を視聴するために、無理やり足を運ばなければならない状況を作るように受講したものですが、今回はあまりにも提出課題の期限がせまっているので、もはやテープやビデオを視聴する余裕さえなくなってしまいました。
それで午前中は、家で「20世紀の中国文学」の記述問題をやっていて、当然終わるものでもなく中断し、昼近くになって出かけていきました。
時間が遅くなると、もういつもの駅周辺の駐輪場は全部満車です。路上に置いて撤去されるのもいやなので、もうひとつの反対方向にある辺鄙な駅からの、別の路線経路で学習センターまで行くことにしました。こっちは公の有料駐輪場も空いていますが、スーパーの駐輪場にただでおけます。
しかし、この路線にすると、全体の所要時間は10分くらい早いものの、電車を2~3回乗り換えなければならず、電車の中で勉強ができないし、交通費がいつもの倍かかります。
帰りも、授業が終わると真っ直ぐに帰宅しましたが、電車の中では、ずっと立ちっ放しで、行き帰りとも、ほとんど教科書を読むことなどはできませんでした。

面接授業では、学生のほうから質問や意見も出て、先生が丁寧に答えてくださり楽しかったです。みんな、知識があるなあと思います。今とっている面接授業は一般科目なのですが、専門分野と違うので、私には何もかも新しいことばかりで、質問さえも湧いてこない状況です。
それから、毎日勉強をするモードになっていないので、今、この一週間に一回だけ出かけていく授業は、エンジンがかかりきらず、前回の内容もすっかり忘れているといった感じです。
受講者の平均年齢も高いですが、毎日が勉強モードではないという雰囲気が、通学制の普通の大学生とかなり違うのではないかと思いました。

初日から出ている顔ぶれは決まっていて、遅刻もしませんが、一度も来ない人も2~3割くらいはいるんじゃないでしょうか?
そういえば、私も以前苦手な英語を申し込んでいたことがありますが、予習するのが億劫になって、最初から行かずに放棄してしまったことがあります。払った受講料はもったいないですけど、仕事の都合などで急に行けなくなったりする人もいるのでしょう。

そして、授業内容のレベルですが、先生のお話によると、今そのクラスで使っている教科書は、素人にはかなり難しいそうです。だから理解できなくてもいいとのことでした。先生が噛み砕いて教えてくださるので、面接授業は分かりやすいです。

放送授業は簡単な科目と難しい科目の落差が激しいように思いますが、最近は教科書を読んでも消化できないものが多く、とても難しいと感じることが多くなりました。
年のせいでアタマがボケてきたからかもしれないし、たまたま難しい科目を受講しているのかもしれません。
試験なしで入れる大学なので、受講生も頭のさえた人から私のように大ボケの人まで、様々なのではないかと思います。

ある一定量の勉強モードが続くか、または基礎知識がアタマに充填されると、脳細胞がうまく理解にむかって作動するという気がするのですが、けっこう錆び付いちゃってるようです。

でも、なんかもしかして「私の趣味って放送大学なのかしら?」などと思いました。いつかこの人文系コースが卒業できた後には、社会系や自然系の学科も受講したいなあなどと思っています。


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通信課題ただいま奮闘中

2005-11-24 01:41:21 | 放送大学
12月2日必着です。あと約一週間です。
といっても、実際にまとまって時間がとれる日はもうありません。
今度の土日は用事があります。

「朱子学と陽明学」・「近世の日本文学」・「博物館資料論」・「芸術の理論と歴史」
まず、択一式マークシートの4科目をやりました。
今日、「東アジア・東南アジアの住文化」の記述式をやり終えました。
なかなか大変でした。

あと残っているのは、
「20世紀の中国文学」・「近代日本と国際社会」(共に記述式)です。
「近代日本~」のほうは、以前大体読んで大まかな答えの見当はつけたのですが、
まとめに挫折して放置状態。後回しにしました。追い込まれれば一気にできるはず。

しかし「20世紀の中国文学」のほうは、まだぜんぜん手をつけていません。
もともと一番受講したかった科目なんですけどね。
藤井省三先生は、ラジオの中国語講座でも好きだったので、
これは絶対にやり遂げたいです。

「イギリス文学」は前学期に課題は出してあるので、今期は学期末試験の再試のみです。

とにかく、あと2科目の記述をあきらめないでがんばろう!

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「野ブタ。をプロデュース」の中に見た商業戦略の法則

2005-11-20 00:39:30 | テレビドラマ・映画
最近私は、知的財産に関することに関心をもち、毎週講座などを受けているのですが、今日の「野ブタ。をプロデュース」では、発明品とその知的所有権、それから、どのように売り込むかという戦略について考えさせられ、非常に面白かったです。
このドラマの本筋とは外れますが、そこに焦点をあてて書いてみます。

まず、ドラマですが、
何気なく彰(山下智久)が作った野ブタのマスコットがかわいくて、それを修二が持ち歩いていると、それを見た他の女の子が欲しがり、人気が出たために、3人はそれをたくさん作って売ろうと考え出す。そして、それは爆発的に売れる。
ところが、そのうち模造品が出回り、そちらのほうが安いために本物が売れなくなってしまう。
ということが起きます。

このようなことは、現実社会にもよく起こっていることですね。実社会では、オリジナル商品を売り出す場合は、その発明品の形やデザインの意匠登録、「野ブタ」などの名前があれば商標登録をして、自分の所有権をはっきりさせておく必要があるでしょう。そうしておけば、それを侵害された場合は、訴えることができ、損害賠償も請求できるということになります。
しかし、小さい企業や商店が商標登録などする場合、そのための経費が非常にかかるので、ついついそれをしないということがあります。そうすると、後で真似をしたほうが先に登録してしまったりすると所有権はそっちのものになってしまって、本当の発明者が逆に販売停止にされたりしてしまうことになります。

ドラマでは、偽造品と同じデザインをあきらめ、今度は別の新しいデザインを考えればいいのだということになり、新商品を発明し、いきなりこれを売り出します。しかし、誰も買おうとはしない。すでに飽きてしまっているのでした。

こんなことも現実社会にもよくあるようです。零細企業や個人は商標登録や意匠登録をするのに費用がかかるために登録しないで、人から真似をされてしまう。その場合は、新しいものを考えればいいんだと泣き寝入りしてしまうことも多いようです。また、自分の発明を登録してあったとしても、それが他者とぶつかった場合、どちらが本物か、どちらに権利があるかの係争になったときに、くりかえし行なわれる裁判費用をかけ続けることができないため、結局はあきらめて、権利を他者のものにさせてしまうことも多いようです。

ところで、発明品(オリジナル商品)を売り出すには、やはり方法があるようです。ただ、いきなり店に並べれば買っていくというものではないようです。
例えば、何かの景品にするなどという方法もよくとられるようです。まずは、無料で配布されるような方法をとる。保険会社の加入者にプレゼントするとか、預金した人に渡すとか、何かの会員に限って上げたりすることが多いようです。ある高価な品物を買った人にその商品に関連付随する安価な新発明品をつけてさしあげるということもあるでしょう。
そうすると、それらを使っている人や置いている所の様子を人々が見て、関心をもち、その後、購入したいと思ったりし、そのタイミングに合わせて、店頭に売り出すと、爆発的に売れることになる。

テレビドラマで、最初の野ブタのマスコットが成功したのはそれと同じですね。
そして、二つ目の商品が意図に反して売れなかった場合、やはりさっさとあきらめるのも次への道であり、信子の判断は適切と言えます。

テレビドラマの中で、もうひとつの面白かった現象は、教師が誰も読み手のない自分の文集を段ボール箱に大切にしまってあったことですが、これを捨てたことによって人の目に触れて人気が出たということです。
知的財産は隠し持っていても意味がないのですね。誰かがそれを発見し、その価値が判る人に活用されることによって、世のなかに出まわるようになり、多くの人の役に立つものです。誰かがたのしそうに読んでいるのを見て、他の人も読んでみると面白いということで、多くの人に活用されるようになります。

そして、その後、公園の土の中に埋められていた宝箱の中に野ブタの最初のマスコットが入っているのを信子は発見しました。ひと時の人気も落ちて、人に偽造もされて、自分たちには何も残らなかったかのように思えたマスコットですが、信子は「誰かの宝物になったんだからそれでいい」という結論をだします。

そうです。発明にはそのような考えかたもあります。何もかも自分だけの知的所有権を主張して、儲けようとするのではなく、無料で発明を世の中に提供するということも、発明者の判断です。儲けがあったとか誰の権利だとかいうことではなく、ある人によってそのものが発明され、世の中の人のためになったというその事実は、変わりようがありません。
発明者にとっては、自分の発明品を宝物にしたり、自分の著作物を愛読してくれる人が世のなかにいることが一番の幸せです。

そして、最後に彰が「野ブタ(信子)をプロデュースすることがいやになった」と言っていました。人の人気者にするのではなく、自分のものにしたいと言い出したのです。これこそが、本当の価値を見出したことです。自分が買いたくもないものを人に売ろうとしたところで、売れるはずがないのです。ある人が自分のものにしたいと思うものこそ、人もそのように思うものでしょう。

本当に良くできているドラマだなあと思いました。


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茶川竜之介の毛玉

2005-11-19 10:21:10 | テレビドラマ・映画
ALWAYS 3丁目の夕日」で、すごく印象に残っているものがあります。
それは、茶川竜之介(吉岡秀隆)が着ていた毛玉の着いた汚なっちいカーディガンです。
その毛玉がすごくリアルでした。毎日のように長年着ているとそうなるわけです。
そうそう昭和30年代には、こんなものを着ていた人が多かったなあと思いました。
貧しい茶川はその着古した毛玉だらけのカーディガンに防寒されて、風邪もひかず、安全に暮らしているわけで、その姿をみると、いじらしいというか、妙な感動を覚えてしまいました。

子役のセーターもそうですが、当時の子どもは服を一枚くらいしか持っていないから洗濯もしないで、毎日のように同じものを着て遊んでいます。そのようにして着ていることによって出てくる妙な風合いというか、貧乏くさくて汚くて生活にまみれたような雰囲気が、なんかたまらない変な魅力をかもし出していました。
そして、茶色くて襟のついたセーターを着ている子が淳之介だ、というように、一枚の服とその子が一体となってひとつの個性を作っています。その服とその子は運命的に結ばれているようでさえあります。

私が小さいころも同じで、昔の写真を見ると、子どもたちはみなそれぞれに自分なりのセーターを着て写っています。私は昭和35年生まれですが、そんな汚い服を着ていたのは、幼稚園くらいまでのようです。小学校に入ってからの写真は、もう少し身ぎれいな感じがします。

私の母は編み物が得意で、その当時、編み機というものを使って、よくカーディガンやセーターを編んでくれました。
私が小さいころ、母は、内職で近所の人から注文を受けて、いろいろなものを編んでいました。私はよく、買ってきた新しい毛糸の束を、編み機にスムーズにかけられるように一本に引っ張り出してふんわりと毛糸の山にする手伝いをしていました。
母は、自分の家族用には新しい毛糸を買わず、古いセーターをほどいて何度も編みなおして使いました。たまに染め直したりなどもしました。

ところで、今私はセーターの山にうずもれて困り果てています。皆店で買った既製品ですが、1~2年着ると、ちょっと型が崩れたり、なんとなく着ざらした感じがしたりして、外には来ていけないなあというようなものがたくさんあります。しかし、シミもなくほころびもなく、毛玉もないわけです。それは仕事などに来ていけないけれど、自宅で着る分には構わないという程度のものです。
一方、外出に耐える服がないと、外出用の新しい服を毎年何枚か買うことになります。そして、毎年のようにセーターが増えていってしまいます。だめになったら捨てようと思っていると、それらは、何年たっても痛まないので、増える一方なのです。

それはそうです、本当は茶川竜之介が着ているくらい、何年間も毎日着続けても耐え切れるようにすべての服ができているのですから、ひとつを着つぶすのも容易ではありません。それぞれのセーターがそのセーターの寿命を全うするまでなんか、とても着ることはできないのです。

それで、人間に喩えると40歳くらいの老朽化状態で、ゴミにするしかなくなります。中には、30歳くらいでも、美しさが衰えたということで、捨ててしまうものさえあります。
まだ充分使えるのにもったいないですねえ。
そう思って捨てられないでいると、我が家のようにガラクタに埋もれて苦しむことになります。

今は、安物でも新しいものを買ってどんどん捨てていくほうが、合理的で楽しいようです。

あれっ、何か、人間と同じでしょうか?
まだまだ使える人間が不要にされて、若者がもてはやされているような気もしますね。
そして、人との付き合いも、縁あって出合ったら、一生付き合うというのではなく、次々に適当な人材や自分の都合のいい伴侶に取り替えてしまうような気がします。

毛玉のセーターを大切に着ていた時代がなつかしいです。


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今週も、苦難の放送大学

2005-11-19 00:19:57 | 放送大学
放送大学の学習センターに行くときというのは、どうしてか、物事がスムーズに運びません。気が緩んでいるからでしょうか?よく夢の中で、次々に障害が起きて、何時間もたってしまい、学校に大遅刻したりとか、一生懸命歩こうとしても体が重くて前に進まないという状況があるのですが、それに似ています。
今回は、午前中に一本ビデオを見てもお昼を食べる時間がとれるくらいの時間に着く予定で家をでたのですが、自転車で10分くらい進んだところで、授業で使う重要参考図書を忘れたことに気づき、家に取りにもどりました。そして、授業で使う教科書を出版元に買いに行ったのですが、場所がわからなくてうろうろしてしまい、やっとそのビルを見つけると、入り口がわからず、またビルの周りをぐるぐる回ってしまいました。
そんなことをしていたら、学習センターについたのが、面接授業の45分前で、ビデオを見ていたらまたお昼を抜くことになるため、とにかく昼ごはんをたべようとファミレスに入りました。サラダ・デザートつきのパスタのセットをたのんで、コーヒーも飲んでおかなきゃ眠くなるなどと思い、ドリンクバーまでつけると1100円もして、食べるのに45分かかりました。いったい、勉強をしにいったのか、外食をしにいったのか、わけがわかりません。

面接授業の途中でちょっと眠くなりました。また、なんか椅子に座っている体勢が苦しいと感じました。
そのあと、視聴覚教室でビデオを見たのですが、授業中に感じた体勢の苦しさがますますひどくなってきました。足のやり場がないというのでしょうか?組んでも普通にしてもだるいような、どこに足を置いたらいいかわからない感じなのです。いすがすわりにくいっていうことかもしれません。今日に限ってそう感じるのは、はいているスカートの布地がすべるとかそういう影響かもしれません。また、席のテレビが近すぎるような気がして、目の前の画面を見るのが苦痛になってきて、斜めに座ったりしてみましたが、どうにも落ち着かず、そのうちまた眠気に襲われてつっぷして寝てしまいました。2本目のビデオもまたちょっと見たら寝てしまいました。それで、5時をすぎたころ、もう家に帰ることにしました。

帰りの電車の切符をかうときに、手がぶれて隣のボタンを押してしまい、40円も高い切符が出てきてしまいました。駅員さんに言って払い戻してもらおうかと思ったのですが、面倒くさいのでそのまま電車にのりました。あとで精算するともどってくるのかなあと思ったのですが、降りた駅で精算機に入れてみると、「不足金額はありません」と表示がでて戻ってきました。多すぎた分は戻って来ないものなのですね。40円損するんだったら、添削課題を20円切手で5円よけいにつけて送っちゃっても同じことだったなあなどと思いました。

まったく、食事と昼寝に行ったようなもんです。前夜に夜更しをしていたのが悪かったと思います。

でも、面接授業はいいです。ときどき入る先生の余談・雑談が楽しいです。時々内容が授業からそれたりして、先生が私情を語ったりするのが面白くて、そういう時に目が覚めます。ビデオはそういう余計なものがないから、寝てしまうんだと思います。
ということで、授業の内容は先生の雑談だけはよ~く覚えている私です。

来週こそは、3度目の正直。ちゃんと勉強しよう!

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野ブタと六ちゃん(堀北真希)

2005-11-16 22:37:34 | テレビドラマ・映画
先週、テレビで「野ブタ。をプロディース」を見ていたときに、夫に言われて初めて気がついたんですが、この「野ブタ」の役の女の子は、「ALWAYS 3丁目の夕日」に出ている六ちゃんと同一人物であることを知りました。名前は「堀北真希」というそうです。富士フイルムのコマーシャルでも見かけます。

以前(11/8ブログ)、この映画のことを書いたときに、主要登場人物でありながら、私は六子のことを書きませんでした。書こうかどうしようかとは思ったのですが、とりたてて書くほどのことがないと思って、触れませんでした。
六ちゃんは青森から出てきた女の子で、鈴木オートに住み込みで働くことになった子です。
大きな会社だと思ってきたら全然違っていたと思ってがっかりする六子と、自動車の修理ができると思って採用したのにできないことに腹を立てる主人。お互いに譲らない性格なので、ひと悶着あって、あわやもうおしまいだというときに、子どもの指摘で、六子の書いた書類の「特技=自転車修理」を、主人が勝手に「自動車修理」と読み間違えていたことが判明しました。
そこの大騒動がこの映画のひとつの見せ場でしたね。六子と主人のけんかを止めに入った茶川竜之介が、鈴木オートにやられてひっくり返ってしまった姿がおかしくてたまりませんでした。
主人が六ちゃんに謝って一件落着したあとは、そこの家族の一員として、喜びも心配も共にして暮らします。容姿もきれいで、健康的な、なかなかかわいい子です。
映画の演技は多少わざとらしいような感じがする部分もありましたが、まあ、適役でしょう。シュークリームというものを一度食べてみたくて、腐らせてしまったから捨ててと言われたのにもかかわらず食べてしまい、おなかを壊したりする場面もありました。

この映画では、活発な普通の女の子を演じていますが、野ブタは笑わずうつむき加減で、目の下に隈を作っているような陰気な役なので、まったく性格が違い、同一人物とは思えませんでした。野ブタはもともと顔立ちのいい子だというのはわかりますが、雰囲気がぜんぜん違います。それだけ、演技がうまいんでしょうか?

ところで、「野ブタ。をプロデュース」の修二はいいですね。この、亀梨和也というのは、最近すごく魅力的だなあと思います。聞くところによると、兄弟が多い家庭に育っているらしいですが、そのせいか、わがままではなく、性格が良さそうだなあと感じます。それから、何よりも、色気がありますね。
亀梨君の名前を覚えたのは、歌番組のお笑い芸人の司会が、「動物とフルーツの名前が入ってるんだね?すごいねえ」と言っていたので、覚えました。こういう司会者のことばってすごいですね。天才です。
金八先生の時のすし屋の子だと娘に聞きましたが、イメージが一致しません。大人になったんですね。
亀梨和也はうちの長女と同年齢で、掘北真希はうちの次女と同年齢です。

あっ、今日は掘北真希のお話でしたが、ついでに亀梨和也君も・・。
お2人の今後の活躍を期待します。

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多難な放送大学

2005-11-16 18:37:46 | 放送大学
なんか、事がうまく進みません。
放送大学の面接授業の教科書(参考書)を前回授業のあった日の夜、ネットで注文したんですが、3~5日で着くという説明書きだったのに一向に届かないどころか、確認メールも来ないため、今日電話してみました。
そうしたら、私の申し込みはたしかに届いているが、何かの行き違いで返信が送られなかったようだとのことです。
そして、本は在庫がないので、出版元から取り寄せているから、いつ着くのかわからないそうで、3週間以上かかることもあるそうです。

なんじゃ、それは!!

ネットなら即日送ってくるからいいと思って、買うことにしたのに、これじゃあそこらの本屋で取り寄せてもらうのと同じじゃないですか。
しかも、3~5日で届くなんて嘘を書かないでもらいたい。申し込みフォームで送信した直後に「1~3週間以内にお届けします」という画面が出たので、「あれ?おかしいなあ」と思ったのですが、郵便事情も悪くはないから、きっと一週間以内に届いてくれると楽観していたのが間違いでした。

同じクラスの人が、出版元で送料無料ですぐに送ってくれると言っていたのは聞いたのですが、インターネットで検索して、一番上に出てきたところに申し込んでしまったのが、まちがいでした。
しかも、今日見たら、その本は「取り扱っていません」と出ています。
最初は在庫があったのに、注文が殺到して足りなくなっちゃったのかなあ?
ああ、やはり出版元に注文するべきでした。

出版元というのは、都内にあるようです。
私がネットで注文した会社は、どこにあるか知らないけど、もしかして、すごい遠いところにある会社かもしれません。
こうなったら、私は出版元に自分で買いに行くしかないと思います。もう、意地です。
3週間以上かかったら、面接授業なんかほとんど終わっちゃうじゃないですか。

先生から、まだ教科書を買ってないとは何事かと思われるのもいやだし、教科書がないということだけで、授業に出るのも気が重くなってしまいます。

それから、もうひとつ。
今日、通信課題を提出しようと思って、コンビニで切手を買おうとしたら、なんと、5円切手が売っていませんでした。
通信課題は15円分の切手を貼って、中にも返信用切手を入れることになっていますが、15円切手というのは存在しないので、10円と5円の切手をはることになります。でも、コンビニでは10円以上の切手しか扱っていないそうです。
不便だなあ。20円にしちゃうのも癪だし、あきらめました。
郵便局がやっている時間帯に頑張って買いに行くしかありません。

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教科書

2005-11-12 17:13:33 | 放送大学
放送大学の授業に出たら、教科書を買ってなかったということで、すぐ用意するように言われました。クラスでは3人くらいしか持って来ていませんでした。
教科書なんか指定されていたかなあ?と思ったのですが、先生はちゃんと書いてあったはずなのにどうしてこんなにもっている人が少ないのかと多少憤慨されているようでした。

近頃私は印刷物の内容を見落としがちです。まず、老眼になってからは、小さい文字は文字として認知しなくなっているようです。しかし、原因はそれだけでなく、長い年月生きてきたことで、説明書きを詳しく読まなくても大体のことはわかると思ってしまうようです。そして、いざというときは、その場であとからどうにかすればいいという図太い開き直りみたいなのがでてきました。おばさんの特徴です。
レジでお金をはらう段になって、あら、財布がなかったわ、などと平気で言うような感じです。

今回もまたやってしまったか!と思ったのですが、それにしてもよく読んだつもりです。確か、「参考書」としてなんか本の名前が書いてあったようです。そして、説明を読んだときに、参考書は「講義を深く理解するために参考となるもの」、教科書は「授業の際に持参するもの」となっていたと思います。それで、参考書は高いから買わなくていいやと持っていました。
家に帰って確認すると、確かにそうでした。先生がおっしゃる本は「参考書」として書かれていたものでした。

その本は、あまり一般的なものではないので、その辺の本屋には売っていません。
図書館はどうかと思ったら、やはりありませんでした。
しかし、インターネットで検索すると、自宅に送ってきてコンビニ払いができるものがあったので、さっそく申し込みました。世の中便利になりました。

ところで、教科書ですが、大学生のこどもは極力教科書を買わないで済ませようとしているようです。試験が近づいてどうしても必要だと思えば買うしかないが、そう感じなければ、ないまま済ませようという魂胆であることがわかりました。
教科書ぐらい買いなさいと言ったものの、子どもが教科書を買わない理由はお金がないからで、全部そろえると何万円だなどということになります。教科書代をくれなどと言われて、無いだとか、給料日まで待てだとか言っているものですから、子どもがそんな考えになったのは親の責任でもあります。
しかし、そんなことをしているのはうちの子供だけでなく他の友達もそのようで、また、試験が近づくと、先輩から前年の試験問題などをおしえてもらい、それで試験対策をするなどということも多いようです。

なんと勉学意識がないのだと思うのですが、せっかく買ってもあまり使わない場合もあるかもしれません。そして、狭い家だと本が1冊ずつ増えていくのも結構おき場所に困ったりするものです。
そんな、家庭環境で育ったせいか、ふたりの子どもは幼児期には図書館の本ばかり借りて自分の本を持たず、成長すると読書をしない子に育ってしまい、本に対する愛着がない人間になってしまいました。

放送大学で使う教科書は、先生の一押しの本のようです。来週からは家で教科書を読んで予習してから授業に臨むようにと言われました。
早く届かないかと楽しみです。

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放送大学の一日

2005-11-10 22:12:08 | 放送大学
いよいよ、放送大学の面接授業の日。ついでに視聴覚教材を見てきました。
慣れないことをすると、疲れるものですね。

朝、早く出かけようと思っていたのに、ついのんびりしてしまい、その上に電話をする用事があって、それを済ませたらすっかり出遅れてしまいました。
駅のそばの駐輪場はすでに満車。自宅側の3箇所の公営駐輪場がだめで、駅の反対側の駐輪場まで行ってやっと空いているところをみつけました。3階まで登って、しかも上段に上げると、もうへとへとです。時間と労力をかなり消耗しました。
それで、やっと電車に乗って、「博物館資料論」を読み始めました。

この教科書は、以前全然アタマにはいらなかったのですが、通信課題の問題に関する部分だけ拾い読みをしたら、いくらかポイントが捕らえられるようになり、読みやすくなったので、今日は、復習にざざっと読みながら行きました。でも、課題の後半はまだやってなくて、今日はそこまで読めませんでした。

大学についてから、「東アジア・東南アジアの住文化」のビデオを初めから見始めました。
これは、私の専門科目ではなく、生活科目に属するものですが、アジアの住まいについては以前から関心があり、ぜひとも受講したかったのです。
それで、実は前期に受講したのですが、そのときは課題を提出できず、今期再受講しています。

課題が提出できないというのは、この課題が記述式なのですが、とにかくサボっていて全然勉強していなかったから、一晩で課題を書こうとしたところ、どうしてもできませんでした。「記述」というとけっこう燃えるほうなのですが、もうお手上げでした。
教科書を読んでも頭に入らないのです。教科書の中の小さな白黒の写真や図を見ても何が何だか捕らえられないわけです。これはどうしたってテレビ画面で見て説明を聞かなければわかりようがないと思い、前回はあきらめました。

今日、ビデオを見たら、思ったとおりでした。すごくわかりやすかったです。
2章の韓国の安東の河回村の住宅はぜひとも実物を見に行きたいと思いました。

ビデオの長さの関係で、お昼を食べに行く時間がなくなってしまい、そのまま面接授業を受けました。
授業の後、また学校の外まで食べに行くと時間がかかりそうなので、自販機のコーヒーで間に合わせて、視聴覚室に戻りました。

今日は視聴覚教材はアジアの住文化1~3章のビデオを見ただけで終わりました。3章の中国のヤオトンは見始めてまもなく寝てしまい、起きたら残り10分くらいでした。先生の授業だと寝るのは控えますが、ビデオだとどうしても平気で寝てしまいます。周りを見渡すとかなり寝ている人がいます。

時間はもう5時を過ぎて外は真っ暗。帰り道、電車のなかで、ビデオの寝ていた部分の教科書を読みましたが、そこでまた寝てしまいました。

駅に着くともう7時近くなっており、すぐ食べられるお寿司などを買い、家に向いました。
駐輪場がすごく遠く感じます。それでも、荷物を持って自転車に乗ってなんとしても家に帰らないわけにはいきません。
今日はほんとうに疲れ果てました。

それでも、ご飯を食べてテレビを見ているうちに、嘘のように疲れが取れて元気が戻ってきました。

来週は、もっと早く出かけて、お昼もちゃんと食べるようにし、ビデオは4本見たいです。そして、できるだけ早く帰ってこようと思います。





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ALWAYS 3丁目の夕日

2005-11-08 18:20:44 | テレビドラマ・映画
日曜日に夫と「ALWAYS3丁目の夕日」を見に行ってきました。
このごろ、ときどき夫婦で映画を見に行きます。たとえば、「電車男」「容疑者室井慎次」など見ました。子供を置いて夫婦ででかけるようになると、一緒に歩く姿はまさしく「老夫婦」という感じです。どうひっくりかえっても恋人には見えません。まるで新鮮味もない。しかし、身近にいる手ごろな人間といえばやはり夫で、約束などしておかなくてもいいわけで、思いたったときに一緒に出かけていくということになります。

この映画、1人が50歳以上だと入館料が1000円になると娘から教えてもらい、よろこんででかけました。平成生まれの娘はこの映画を見たいとは思わないようですが、何にしろ情報は早いです。けっこう役にたちます。

この映画の世界は、昭和33年。私はまだ生まれていませんが、やはりなつかしい時代です。登場人物の小学生の男の子たちが、昭和26年生まれの夫とだいたい同年代です。その子たちの親が私の親の世代と一致します。

映画はほんとうにすばらしかったです。笑いあり、涙ありでした。
特に、吉岡秀隆扮する売れない作家茶川竜之介が絶妙な味を出していました。彼はやはりすごい俳優ですね。演技力を通りこして、その人間そのものになってしまっているかのようです。
他の俳優もいいです。子役もよくて、茶川と吉行淳之介少年との心のつながりに感動、また小雪が架空の指輪を指にはめてもらう幸せそうな表情も印象的でした。
向かいに住む鈴木オートの堤真一も対照的に面白く、その妻、薬師丸ひろ子がやさしいお母さん役で、またいい味をだしています。薬師丸ひろ子は、このごろ母親役がすごくいいですが、この昭和時代の母親像が、はまっていました。その子ども役の男の子もすごくかわいいです。
それから、三浦友和はやっぱり2枚目ですね。医者宅間の風格のある姿はさすがに大勢の中にいてもひときわ光るものがあります。
CGによる時代の再現もすごいですが、やはり人々が織り成す人間模様がすばらしかったです。そして、ささやかな幸福を大切にして、未来に向かって希望をもって歩んだ時代だったんだなあと思います。

ほんとうに、久々にいい映画を見たなあと感じました。



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添削課題到着

2005-11-01 19:52:18 | 放送大学
放送大学から通信指導問題が届きました。期限は12月2日です。
1ヶ月で7科目だから、4日で1科目消化するようにすればいかなあ。
今までは、いつも2科目くらい挫折しました。徹夜してなんとか仕上げたものは、期限の前日だったりして、速達か宅急便で届けたりしました。
課題を出せば、それで単位認定試験を受けることができますが、今までは、試験のときに、さらにまた2科目くらい棄権するのが普通でした。
しかし、今度はそうは行きません。なんとかひとつも落とさないで行きたいです。

ただ読んでただけじゃ全然アタマにはいらない教科書ですが、この課題をやることで、いやでも頭に入るというわけです。

                  

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