山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

US-2とP-3Cの活躍

2013-06-29 03:07:44 | 日記
ニュースキャスターの辛坊さんが、太平洋上で救出されてから1週間が過ぎた。
ヨットで岩本さんと共に太平洋を渡ってアメリカに行こうとしたが、宮城県沖1200Kmあたりのところで急にヨットが浸水したため、救命ボートに乗り移り、海上保安庁に救助を求めたのだそうだ。
原因は、マッコウクジラとヨットが衝突し、その衝撃でヨットに穴があいてしまったらしい。辛坊さんが浸水寸前に、ヨットにとりつけてあったカメラのカードを取りだし、あとでその映像を見ると水面に背びれが写っていたそうだ。マッコウクジラの皮膚はとても厚くて岩のように固いそうで、大きなタンカーのような舟でもへこんでしまうことがあるそうだ。最近はマッコウクジラの数が多くなり、ちょうどこの季節に太平洋上のそのあたりに居るのだそうである。クジラと衝突するとは、想定外の出来事だったに違いない。クジラは、エンジン音などがするとよけていくが、ヨットは音がしないので気がつかないようだ。この経験から、今後はわざと音をたてて航海するなどの対処も考えられる。

ところで、辛坊さんたちは、海上保安庁と海上自衛隊によって救助されたが、報道でもされているように、この救助は非常な危険をかけてのもので大変だった。海上は4mも波で救助するほうも命がけであり、またそのために莫大な経費がかかったため、個人の冒険に税金が使われてよいのかという非難の声も多いと聞く。
しかし、人命救助はお金には代えられないし、助かって本当によかったと思う。辛坊さんが「この国の国民でよかった」と言っているが、まさしくその通りだ。救助に当たった自衛隊の方々の精神にも救援技術にも感服するばかりである。

さて、ここで話題になっているのが、US-2という飛行艇である。これがなくては助けることはできなかった。US2は日本で作られたもの(新明和工業製)で、海上に着水できるというものだ。さすがに日本はすごい。今回のことで、初めてこんな飛行艇があることが注目された。しかも、これまでにも実は何百人と助けているらしい。

先週まで放送されていた日曜ドラマ「空飛ぶ広報室」では、航空自衛隊の広報室で、いかに自衛隊の活動を世間に知ってもらうかと広報室の人たちが頑張っていたけど、今回のことでは、奇しくも海上自衛隊がすごい広報効果になったものだ。

US-2は全長33m、プロペラエンジン4個、最大飛行速度560km/h。
新明和工業という会社は、60年前までは「川西航空機株式会社」という会社だった。創業者の川西氏は、昔、中島飛行機(現在の富士重工)の創業者中島氏とともに日本初の「日本飛行機製作所」を設立したのだそうだ。川西時代から数えると90年になるそうだ。US2の実物を見てみたいものだ。

ところで、ある番組での説明によると、今回の救助では厚木基地からUS-2が2機とP-3Cが2機飛んだという話だ。US2が現場に助けに行く前に、位置を確認するために、まず飛んで行ったのはP―3Cだったとのことだ。
P-3C(川崎重工製)なら私が実物を見たことのある飛行機だ。
P-3Cは哨戒機といって、海の中の潜水艦などの位置も発見することもできる飛行機だそうだ。
以前、横田基地に展示してあった写真を載せておこう。



前から見ると鼻のまわりにヒゲが生えているみたいに見えて、白いネズミのようで親しみのある飛行機だった。

横からみたところはかっこいい。下の写真は、展示を終えて飛び立つところ。



(以前自分が書いた記事があった!「P-3Cだそうです。」)

P-3CとUS2はどちらも日本製の飛行機だ。

US2も機会があったらぜひ実物を見て、写真を撮りたいと思う。
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梅雨晴れ

2013-06-27 18:36:44 | 日記
今日は、とても空がきれいな日だった。
職場の窓から外を見たら、青空に真っ白な羊のような雲がいっぱい浮かんでいた。
思わず写真を写したくなるような空だったけど、仕事中にそんなこともできないから、仕事が終わってから外に出て写そうかと思っていた。
夕方、外に出て見ると、あのふわふわの独立した雲たちはもう無くて、白い平たい雲が長く塗り伸ばされたようになっていた。これはこれできれいだけど、やっぱり、あの羊のような雲がかわいかった。

それから今日は梅雨なのに、空気がさわやかだった。蒸し暑くないのだ。
風もあって、心地良い。
これは生物に適している。人間が生息するのにちょうどよい。こんなに素晴らしい環境を作ったのは、天地創造の『神』に違いない。人間のために作ったんだろう。

私はこのごろ、自分が年を取って最期を迎えるときのことを考えたりする。夫は年上だから先に死んじゃうと思うし、娘たちはそれぞれの生活があるから、私は年を取ったら1人暮らしをしているかもしれない。だんだん身体が動かなくなってしまって、老い衰えてしまうかもしれない。でも、こんなさわやかな風に吹かれながら、自然の中で息を引きとって行くとすれば、けっして苦しくも痛くもなくて、眠るようにこの世を去れるなら、きっと何も怖くないし、幸せなんだろう。人間は自然の一部なんだから・・・。
ふっと、そんなことを考えてしまった。本当にこの世はすばらしいよね。
地球に生まれ、それも日本に生まれてよかった。東京も悪くないよ。本当に平和だ。

裏には何があるか知らないけど、とりあえず平和そうだ。
世の中はどうなっているかわからない。どういう利害によって成り立っているのかもわからない。
人が困ったときには、それに役立つためのものがある。お金を出してそれを利用すると、とても助かる。たとえばすぐれた医術とか、気のきいたサービスとか、そんなものがあるのはとてもありがたいことだ。きっと困った人のためにそういうものが存在するんだろう。でも、一方で、困った人の便利のためだけに、そういうものが存在するはずはない。全くもうからなきゃ慈善事業でそんなことはできないのだ。
だったらそれは、人のためにやってるのか、お金をもうけるためにやってるのかわからない。
きっと両方に違いない。お金をもうけるためにやってるんだと思うと、ちょっと嫌な気分になるけど、人のためにやってるんだと思うと、すごく感謝して幸福な気もちになったりする。だったら幸福を感じる方向に受け取ったほうがよいだろう。

裏にある醜さよりも、目の前に見える美しさに心を奪われ、幸せだと思っているのがいいのかもしれない。

この平和がいつまでも続きますように。。。



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梅雨らしい日々

2013-06-26 22:21:10 | 日記
最近はようやく梅雨らしくなってきました。
毎日雨が降るので、傘をさして通勤しています。あたりまえ。
しかし、本当は傘をさして歩いて通勤するところ、どうしても時間が足りなくなり、自転車じゃないと間に合わないので、カッパを着て、その上に傘をさして自転車に乗っています。
傘さし運転はいけないのだけど、住宅街のクルマが少ない道ではさしています。センターラインのあるバス通りは走らないようにしています。

思えば、梅雨に入ってからもう1か月も経ちました。早いものです。6月ももうすぐ終わりです。昨日ゴーヤの花が1つ咲きました。長いツルは物干し竿まで伸びたので、それ以上いかないように先を切りました。横目が増えるのはもっと暑くなってからかな。
暑いのはいやだな~。今は涼しくていいです。

以前からバスの運転士さんのブログを読んでいるのだけど、バス停に駐車車両があって迷惑してしまう話がよく載っています。教習でもバス停のそばに駐停車してはいけないことは習っています。にもかかわらずバス停に停める車の気がしれません。

今朝、この雨の中、バス通りの横断歩道を渡るときに、まさしく「バス停」に1台のタクシーが停まっていました。あのバス停の時刻表のところなんだから驚いてしまう。バス停から10m離れていないどころか、0メートルです。そして、まさしくそのときにバスがやってきたのでした。
あ~あ。 唖然。
しかも、タクシーはトランクを開けていたのです。お客さんの大きな荷物でも載せていたのかな?これじゃあ、すぐに発車することもできないですね。
あ~らら、あらら、どうするんだ~~~?
思わず足を止めて見ていたら、運よくバス停には誰も乗る人はいなかったし、降りる人もいないらしく、バスはそのままタクシーをよけて通過していきました。
よかったですね。危機一髪。(いや、危機でもないけど。)
バスもタクシーもほっとしたでしょう。
お客さんは、タクシーを拾う場所を考えなさい!だ。

こんなものを見ていたので、会社への到着時間がいつもより3分遅かった。
遅刻しそうだった・・・。あぶないあぶない。

雨の日は、早めに家を出ないとね。
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夏目漱石の美術世界展4

2013-06-26 21:35:56 | 美術
この展覧会で最も驚いたのは、漱石自身が絵を描いており、多くの作品が展示されていたことです

第6章 漱石自身の作品

掛け軸のような日本画でした。細かい部分が緻密に描かれていて驚くものもありました。
なかなか上手ですが、やっぱり画家に比べると、プロの域ではないなという感じ。特に、遠近感がない(奥行きが感じられない)ように思いましたが、どの絵も、なんとなくかわいげがあるというか、温かい感じがしました。
解説によると「竹図」にはかなりの力を入れて画いたとのことですが、私は景色の絵のほうが好きでした。

それから、自筆の原稿もあり、これが現在の印刷物となっているものの大元なのかと思うと、不思議な感じでした。

第7章 装幀と挿絵

さらに驚いたのは、装幀も漱石自身がしていたということです

初期は、橋口五葉に頼んだものの、『こころ』では、漱石自身が手掛けていたということを知り、驚きました。

こうやってみると、漱石は深く付き合っている友人もたくさんいて、人の画いたものを批評するだけではなく、自分自身でも絵を描いたり本の装幀をするなど色々な事をして、豊かな人だったのだなという新しいイメージがわきました。

これまでは、神経質とか癇癪持ちなどということをきいていたのですが、それよりもやはり、温かみがあってユーモアのある人なのだと思うばかりです。

最後に漱石のデスマスク
これは、教科書や漱石に関する書籍などの中で、写真を見たことがありましたが、実際のデスマスクを間近に見ると、すごい現実感でした。
亡くなってすぐに友人がとったものだそうです。鼻が高く整った形をしていました。

この展覧会に行ってみて、本当によかったです。
改めて作品や評論を読み直してみたいと思います。

図録を買ってくればよかったなあと思います。


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夏目漱石の美術世界展3

2013-06-26 20:56:35 | 美術
漱石展は、まだまだ第3~7章と続き、書きたいことがたくさんあるのですが、早くも記憶が遠のいてきたので、おおざっぱに書いて終わりにしようと思います。

第4章 漱石と同時代美術

ここでは、漱石が見た当時の展覧会の絵の批評や感想が載っていて、おかしいったらありませんでした。
特に笑ってしまったのは、縦長の絵なのですが、そこに横向きの舟(ボートのような小型のもの)がいくつも描かれている構図の絵です。つまり横から見た舟が上下にいくつも並んでいるのです。絵の横幅は舟の長さくらいしかありません。絵というのは、広い景色の一部分を切り取って描いているはずです。そうしたら、そんな狭い幅の中に舟がちょうど並ぶわけがありません。これはどうしたって配置がおかしいだろうと思うわけです。幅の狭い堀か水路のようなところに、むりやり舟を押し込めて並べたとしかいいようがない、とかなんとか、漱石が書いているようでした。全くその通りです。わざとそんなおかしな構図にしているんだか、センスがないんだか分からない絵です。

それから、狐のような動物が林のようなところにいる大きな絵がありました。空には月がでていて、夜を描いているそうです。漱石が言うには、景色や空は明らかに夜なのですが、動物は昼だと言っているそうです。周囲の景色と動物の表情がミスマッチだということなのでしょう。
これは、どうだかな?と思いました。私が思うところ、動物は夜行性なのでこれでよいのではないかと思いましたが、どっちにしても漱石の表現がおもしろいです。

第5章 親交の画家たち

浅井忠の作品、「収穫」などがありました。この人の絵は、以前府中市美術館で見た記憶があります。「収穫」は金色っぽい茶色の稲の穂を刈り取って積み上げたりしている絵だったと思います。漱石はこの人の絵は好きだったと思います。

橋口五葉は「吾輩は猫である」の装丁をしたくらいなので、最も親交の深かった人なのでしょう。「孔雀と印度女」が印象に残りました。
中村不折 ホトトギスの表紙 あまり記憶にありません。
津田清風 記憶に残ったのは「少女(夏目愛子像)」です。ピンクのような赤っぽい服を着た少女の絵でした。夏目漱石は、津田清風ともかなり親しい仲で、油絵を習っていたそうです。漱石が言うには、津田清風は漱石の嫌いな色を平気で使うのだそうで、おそらくこの夏目愛子の色合いも漱石はあんまり好きではなかったのかな?と思いましたが、文句を言いながらも、我が娘の絵を描いてもらって、嬉しく思っているふうな感じがして、笑ってしまいました。

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簡単に終わらせようと思ったのですが、長くなってきてしまいました。
まだ最後までいかないので、残りは別にまた書きます。


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夏目漱石の美術世界展2

2013-06-25 01:16:17 | 美術
さて、順番で行くと、「第3章 文学作品と美術」の展示内容について書くところですが、「第1章 漱石文学と西洋美術」のところに展示されていた、ターナーの絵について書くのを忘れていたので、それから書きたいと思います。



上のパンフレットの左下に載っているターナーの「金枝」(1834年)という作品です。

『坊ちゃん』では次のような場面がありました。

「 船頭はゆっくり漕いでいるが熟練は恐ろしいもので、見返ると、浜が小さく見えるくらいもう出ている。高柏寺の五重の塔が森の上へ抜けだして針のようにとんがっている。向こう側を見ると青島が浮いている。これは人の住まない島だそうだ。よく見ると石と松ばかりだ。なるほど石と松ばかりじゃ住めっこない。赤シャツは、しきりに眺望していい景色だと言っている。野だは絶景でげすと言っている。絶景だかなんだか知らないが、いい心持ちに相違ない。ひろびろとした海の上で、潮風に吹かれるのも薬だと思った。いやに腹が減る。「あの松をみたまえ、幹がまっすぐで、上が傘のように開いてターナーの絵にありそうだね」と赤シャツが野だに言う。野だは「全くターナーですね。どうもあの曲がり具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」と心得顔である。ターナーとは何のことだか知らないが、聞かないでも困らないことだから黙っていた。舟は島を右に見てぐるりと回った。波は全くない。これで海だとは受け取りにくいほど平らだ。赤シャツのおかげではなはだ愉快だ。できることならあの島の上へ上がってみたいと思ったから、あの岩のある所へは舟はつけられないんですかと聞いてみた。つけられんこともないですが、釣りをするには。あまり岸じゃいけないですと赤シャツが異議を申し立てた。おれは黙ってた。すると野だがどうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんかとよけいな発議をした。赤シャツはそいつはおもしろい。われわれはこれからそう言おうと賛成した。このわれわれのうちにおれも入っているなら迷惑だ。おれは青島でたくさんだ。 」

実際にターナーの絵を見て、なるほど、坊ちゃんの青島の松は、あんな形だったかと思いましたが、赤シャツが「幹がまっすぐで」と言っているのに、野だが「あの曲がり具合ったらありませんね」と言っているのがおかしいです。実際、野だはターナーの絵を知っていたのでしょうか?葉っぱのある上のほうの部分の枝ぶりはちょっと曲がっているようでしたが、そのあたりの事を言っているのか、あるいは幹が多少湾曲している事を言っているのでしょうか。そして、ターナーが画いた木は松ではなく何の木だったのかなと思いました。
どっちにしても、この場面も、坊ちゃん(おれ)の感想や人のやり取りがおかしくてたまりません。

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次に、第3章 文学作品と美術『草枕』『三四郎』『それから』『門』の展示より

パンフレットの写真、右上のほうにある女性の顔の絵です。

これはグルーズの「少女の頭部像」で、そのほかに「和田英作」という人が模写をしたというグルーズ原作の「少女」という絵が展示されていました。
少女の顔は、上の写真でもわかるように艶っぽく何とも言えない表情をしています。

『三四郎』では、次のような場面がありました。

「 二三日前、三四郎は美学の教師からグルーズの画を見せてもらった。その時美学の教師が、この人の画いた女の肖像は悉くヴォラブチュアスな表情に富んでいると説明した。ヴォラブチュアス!池の女のこの時の目付きを形容するにはこれより外に言葉がない。何か訴えている。艶なるあるものを訴えている。そうして正しく官能に訴えている。けれども官能の骨を透して髄に徹する訴え方である。甘いものに耐え得る程度に超えて、烈しい刺激と変ずる訴え方である。甘いと云わんよりは苦情である。卑しく媚びるのとは無論違う。見られるものの方が是非媚びたくなる程に残酷な目付きである。しかもこの女にグルーズの画と似た所はひとつもない。目はグルーズのより半分も小さい。 」

文庫本の注釈によれば、「グルーズ」は「フランスの画家。市井の風俗に取材した絵を多く描いた。」と書いてあり、「ヴォラブチュアス」とは「肉感的な」と書いてありました。

正直いって、「三四郎」のこの部分の女についての記述は、どのように訴えていて、どんな目付きなのか、私にはよくわかりません。グルーズの画のようかと思いきや、それとは似たところが1つもないと書いてあるのです。目がグルーズのより半分も小さいとは笑ってしまいますが、日本人だからさもありなんです。見た目は似ていないけれど、ヴォラブチュアスな部分だけは同じだったのでしょうか。
いずれにしても、グルーズの描いた「ヴォラブチュアスな表情」の女性像の絵がどんなものかを見ることができたのはよかったです。

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そして、パンフレットには載っていませんが、青木繁の「わだつみのいろこの宮」が展示されていました。この絵は、青木繁展でも見たことがありました。

『それから』には、この絵について次のように記されています。

「 それから11時過ぎまで大助は読書していた。が不図ダヌンチオという人が、自分の家の部屋を青色と赤色に分かって装飾していると云う話を思い出した。ダヌンチオの主意は、生活の二大情調の発想は、この二色に外ならんと云う点に存するらしい。だから何でも興奮を要する部屋、即ち音楽室とか書斎とかいうものはなるべく赤を塗りたてる。又寝室とか、休憩室とか、凡て精神の安静を要する所は青に近い色で飾り付けをする。と云うのが、心理学者の説を応用した、詩人の好奇心の満足と見える。
大助は何故ダヌンチオの様な刺激を受け易い人に、奮興色と見做し得べき程強烈な赤の必要があるのだろうと不思議に感じた。大助自身は稲荷の鳥居を見ても余り好い心持はしない。出来得るならば、自分の頭だけでも可いから、緑のなかに漂わして安らかに眠りたい位である。いつかの展覧会に青木と云う人が海の底に立っている背の高い女を画いた。大助は多くの出品のうちで、あれだけが好い気持に出来ていると思った。つまり、自分もああいう沈んだ落ち付いた情調に居りたかったからである。 」


この「青木という人」が青木繁であり、この絵が「わだつみのいろこの宮」だということです。確かに背の高い女性が描かれていました。しかし、展示されている絵を見ると、私としては、それほど「沈んだ落ち着いた情調」とは感じられませんでした。むしろ落ち着きの中にも華やかさがあるように思いました。青木繁は神話などを題材とした絵を良く描き、この絵の女性は海の底に立っているらしいですが、それは絵を見た限りでは、私には以前からよくわかりません。
インターネットでこの絵の画像を検索するといろいろ出てきます。もっと暗い感じに見えるものもあります。左の女性は派手ではないものの赤っぽいドレスを着ています。右の女性は白です。(青っぽい画像もあり。)
「それから」の中では、大助が赤を落ち着かない危機的な色として感じており、青や緑のような落ち着いた色彩が好きだということはわかります。また、百合の花など、白がいかにも好きそうでしたので、右の女性の雰囲気が好みに合いそうだと思いました。

この展覧会で、漱石が「青木繁」の絵を好んでいたこともわかりました。青木繁の絵は、漱石と同時代の画家として、このほかにも自画像など数点展示されていました。

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本日は、引用部分がかなり長くなってしまいましたが、漱石の作品の部分を思い出しました。
とり上げるときりがないので3点についてだけ書いてみました。

他の展示についてはまた後日書きたいと思います。

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夏目漱石の美術世界展1

2013-06-24 00:31:18 | 美術


昨日は、上野の東京藝術大学美術館で開催されている「夏目漱石の美術世界展」に行ってきました。学生時代は「夏目漱石ゼミ」だったので、このような展示があるのを知ったからには行かないわけにはいかないと思いました。今ではもう昔のような情熱は薄れてしまっているものの、ちょっとした刺激剤になりそうだと思いました。

展示内容は次のように構成されていました。

序章  「吾輩」が見た漱石と美術
第1章 漱石文学と西洋美術
第2章 漱石文学と古美術
第3章 文学作品と美術『草枕』『三四郎』『それから』『門』
第4章 漱石と同時代美術
第5章 親交の画家たち
第6章 漱石自筆の作品
第7章 装幀と挿絵

序章の展示では「吾輩は猫である」の最初に出版された橋口五葉デザインの装幀本で、図案も面白いですが、金の縁がついたり、袋状になっているページをナイフで切りながら開いて読む形式など、当時の貴重なものを見ることができました。

2章の西洋美術に関しては、漱石は著書の中で自分が外国で見た絵画について記述しているのですが、その絵に関する詳細な描写は、いったいどうやって記憶にとどめていたのか、現代のように画集などに収められているものを見ながら書いていたのかと不思議なほどでした。それらの実物の絵が展示されていましたが、まさしく漱石が記述した通りの絵でした。漱石は、英国留学中に西洋美術を熱心に鑑賞していたようですが、帰国してからも「ステューディオ」という雑誌を取り寄せて読んでいたようです。

3章では日本の古美術ですが、一番記憶に残ったのは渡辺崋山の「黄梁一炊図」(1841年)というものでした。

この絵は、私の不確かな記憶によれば、大きな掛け軸の絵のようなものですが、切り立った山河の風景の中に木がありその木に守られるかのように家(宿)があって、その家は開け広げられているのですが、そこで昼寝をしてくつろぐような人が描かれています。その絵全体が、とても気持ちがゆったりするような気分の良くなる雰囲気を醸し出していて、いい絵だなあと思いました。周りの自然は豊かで、少し危険を感じさせるものの、安全な場所でくつろげることのやすらぎが醸し出されているのです。

この絵については、『こころ』の中で、先生が私にあてた遺書中に記述があります。

「私が死のうとしてから、もう十日以上になりますが、その大部分は貴方にこの長い自叙伝の一説を書き残すために使用されたものと思ってください。・・(略)・・私を生んだ私の過去は、人間の経験の一部として、私より外に誰にも語り得るものではないのですから、それを偽りなく書き残して置く私の努力は、人間を知る上に於いて、貴方にとっても、外の人にとっても、徒労ではなかろうと思います。
渡辺華山は邯鄲(かんたん)という画を描くために、死期を一週間繰り延べたという話をつい先達て聞きました。他から見たら余計な事のようにも解釈できましょうが、当人にはまた当人相応の要求が心の中にあるのだから已むを得ないとも云われるでしょう。私の努力も単に貴方に対する約束を果たすためばかりではありません。半ば以上は自分自身の要求に動かされた結果なのです。」

漱石が記した「邯鄲という画」とは、我が家にある新潮文庫「こころ」の注釈によると
「邯鄲酔夢図」のこと。中国の故事「邯鄲の夢」に材を得た絵で、崋山が自刃の直前に描いたものとされる。邯鄲夢は盧生という青年が邯鄲の里で、道士呂公の枕を借りて寝ると、人生の富貴をきわめた一生の夢を見たが、さめてみると、宿の主人のたいていた黄梁がまだ煮え上がっていないほどの短い間のことで、功名や栄華の虚しさを悟るという故事。崋山の絵は呂公の枕を借りた盧生がまさに眠ろうとしているところを描いている。
と説明されています。

今回の展覧会では「黄梁一炊図」となっていますが、これが「邯鄲酔夢図」です。
「こうりょういっすい」の「黄梁」とは「きび」のことで「一炊」は米粟きびなどを炊く時間のことだそうで、「黄梁一炊の夢」ということわざがあるようですが、「きびが炊ける間のつかのまの夢」というような意味だそうで、「邯鄲の夢」と同じ意味でした。

(この絵の一部分(家の中の部分)が掲載されているブログがありました。渡辺崋山の画像

渡辺崋山が自刃する前に、この絵を画いたというのも驚きます。この絵を画いてからでなくては死ねなかったというほど、重要な絵、画きたかった絵ということなのでしょう。
「こころ」の中の先生が私にあてた手紙もそのようなものであり、いわば生きた証でもあり、残された者たちへ伝えたかったメッセージなのでしょう。

これまで「こころ」を読んでも、この絵については具体的にイメージすることもできず、まるで記憶にもない文面でした。

この展覧会を見て、いろんな場面で気づくことが多く、目から鱗が落ちるような発見が多々あります。

長くなりましたので、今日はこのへんにします。

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「ブロガー特別内覧会」とは?

2013-06-23 10:40:46 | 美術

「夏目漱石の美術世界展」を観た感想を書こうと奮闘しているところなのだが、順を追って詳しく書けばきりがないし、特別印象に残った事だけ書けば、それも要点が抜けるし・・・と、どうにもまとまらずに困っている。

そんな中、他の人のブログを読んでみようと検索してみたら、美術館の絵画の展示風景が掲載されているブログがいろいろあるので、驚いた。
読んでみると、「ブロガー特別内覧会」によるものであり、撮影は特別に許可されているのだそうだ。

「ブロガー特別内覧会」なんてものがあるとは、全然知らなかった。近頃いろんな美術館の展覧会でも行われているようであり、今後、そういうものがあったら応募してみようと思う。
でも、やっぱり美術についてのちゃんとしたブログじゃないとダメなのかな?

たとえば、「弐代目・青い日記帳」というブログ
夏目漱石の美術世界展
美術についての専門家の域です。とても充実していますね。




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上野

2013-06-23 02:05:15 | 旅行・街歩き
本日、6月22日(土)は、上野に行ってきました。



これは、国立博物館前の広場(と言っても道路を挟んで延長上の位置)。
みなさん噴水の周りでくつろいで、いい感じ。



今日の目的は、東京芸大美術館で開催されている「夏目漱石の美術世界展」でした。
いつも読ませていただいているブログから、これが開催されているという情報を知り、あと2週間なので、思いきって今日出かけました。
これについては、いろいろ書きたいことがあり、まとめるのに難航してます。
改めて載せたいと思います。



そのほかに、西洋美術館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」もやっていました。
これは、見ませんでしたが、昨日テレビドラマ「テイクファイブ」の最終回でも登場しており、興味がそそられます。また行けたら行きたいです。



↑西洋美術館あたり。



帰りに、スカイツリーが見えるのを発見。



それから、「めぐりん」というミニバスが走っていました。

上野は、この上野恩賜公園しか来たことがないのですが、いろいろ散歩してみると面白そうだなと思いました。




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満月近し

2013-06-22 01:58:39 | 日記
今日も、何のネタも思い浮かばないなあと思って、ふと外を見ると、空に大きな月が浮かんでいた。現在、6月22日午前1時40分。南西の空の斜め上だ。

ちょっと歪んでいるように思うが、自分の目があてにならないので調べてみる。
6月23日の夜が満月になるらしいので、2日早いようだ。月齢12.8日だそうだ。
つまり、満月は月齢が15日ということらしい。まんまるに見えないのは、目のせいではなかった。

日曜日は天気が良いそうなので、きっときれいな満月が見えることだろう。

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胃痛

2013-06-21 01:42:09 | 日記

このあいだの、バリウム検査ではなんでもなかったのだが、このごろ胃が痛む。
ちょっと心配ごとがあるので、それが原因かとも思うが、それにしても、そんなに胃に影響するとは驚きだ。もしかしたら、フライの食べ過ぎかもしれない。
しかし、胃がもたれるのではなく、キリキリ痛いので、やっぱり食べ物が原因ではないのかもしれない。

今週もあと1日、頑張ろう。

仕事は、変わりなし。最近忙しくなってきたが、なんとか回る。

2日前から、全く書くことが思いつかなくなってしまった。
何の話題もなし。どうしたことやら。
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意外と見えていないもの

2013-06-18 01:35:38 | 日記


このまえ、昭和の雰囲気を醸し出しているお店をみつけて、思わず外から中に向かって、物を陳列してある様子の写真を撮ってきた。
それで、撮った画像を見てみると、なんと「店内の写真撮影はお断りします」とあっちこっちに書いてあるではないか。全然気がつかなかった。

これが書いてなかったら、ブログに載せていたに違いない。写真を撮る時も、ブログに載せたいなあと思って撮ったんだから、おそらく、私と同じような人がたくさんいるはずだ。このお店では、そんなことをあらかじめ防御するために、このような断り書きをつけているに違いない。

こんな札がついているにもかかわらず、写真を撮るとはどういうことだ!と怒られそうだけど、本当に気がつかなかったのだ。

そんなバカは、私しかいないと思ったら、最近そういうのは自分だけじゃないということがわかった。

例えば・・・
私のいる部署の出入り口は一般人が出入りするところではなく、いわば裏口である。それで、用事のある方は、別の入口に回るようにという説明がドアの目につく所に書いてある。
にもかかわらず、結構多くの訪問者がこの出入り口からやってくるのである。
呼び鈴はあるのであるが、それを押す時には、そのボタンのところにも「ここは受け付けではない」と書いてあるというのに、結構セールスマンや宅配便やらがやってくるので、人は全然認識していないということがわかる。

また、社内で、物の置き場所などを変えた場合、すぐ近くにもかかわらず、左側にあったものを正面に置き換えただけで、まったく置き場所がわからなくなったりするようだ。正面はいやでも目に入るのではないかと思うが、左にあると思っているのだろう。

それで、気がつかない人が多いようなので、「正面の棚に移動しました」などというメールを全員に送っておいた。
ところが、その後も、あれはどこにあるのか?などと探しまくっている人がいるらしく、聞かれた人もまた、全然別のはるか離れた場所に移動したと思い込んでいるありさまである。
メールが来たことは知っているが、なんと書いてあったのかは記憶してないらしい。それで、移動するならあっちだろうなどと、勝手に思い込んでいたりする。

結構上の空なものだ。

だから、「書いてあったでしょう」とか、「以前お知らせしましたよね」などということがあり、「そうだったっけ?」「そういえばきいたけど、忘れちゃった」なんてことがざらだ。

「撮影禁止」なんか、全然見えないし、「歩きタバコ禁止地域」でも平気でタバコを吸いながら歩いているのである。

まあ、「表示に気がつかないのは私だけじゃない」ことがわかり、ちょっとホッとした。
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人との接点

2013-06-18 00:31:42 | 日記
1人でいるときは気楽でいい。ものに対する価値観も好みも自分の思うままであり、それを「普通」とすることができるからだ。

でも、人といるとそうはいかない。基準が「自分」から「自分でない人間」のものに変わるのだ。すると、自分が「普通」ではないものになる。

多くの場合「劣っている」「狂っている」「変」なのは自分ということになる。

自分の「足りない」部分や「みっともない」部分が、あらわにされてしまう。

それで、なんとなく「不幸」な気分になってしまったりする。

でも、人を通して自分を見ないと,本当の自分は見えないのだろう。
人を基準にして自分を判断しないと、自分の「足りなさ」に気づくことができず、相変わらず何の改善もせず、進歩もないのだろう。

人と一緒にいて、自分の「足りなさ」や「至らなさ」を感じなくなったら、それでやっと人並みの人間になれたということだ。

自分だけの世界でいい気になっていたら、それは「自己満足」だろう。

今は「自己満足」で平穏な日々を送っているようなもんだけど、
それも必要ではある。

いじけてしまうからね。

結局、どっちも必要ってことかな。


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カルガモの赤ちゃん

2013-06-16 23:17:56 | 日記
近所の川で、カルガモの赤ちゃんをみつけました。



カルガモのヒナって、こんな模様なのですね。



お母さん鴨と一緒に泳ぎながら、元気に餌を探していました。



6個の卵を孵化させるって、結構大変なのではないでしょうか。
カルガモのつがいは他にもいますが、ヒナがいるのはみかけません。

お父さん鴨は近くにいないようでしたが、母親だけで育てるのかな?

道行く人は、ヒナをみつけると、「ニイ シイ ロク羽だな」なんて独り言を言って行く年輩のオジサンが多かったですが、何の関心もないのか、気がつかない人も多いのに驚きました。

大手町ではあんなに話題になっているのにね。

三井物産のカルガモのヒナ10羽すくすく


5年ぶりだそうで、やっぱりヒナがかえるって珍しいですよね。

人間もカモも少子化脱却。頑張って育ててネ!
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見守り携帯のその後

2013-06-16 22:09:18 | 日記
みまもりケイタイ
固定電話で実家に電話をすることが多く、電話代がバカにならない。最近、ソフトバンクで「みまもりケイタイ」というのがあるのを知って、それを購入した。基本料金が月々580円であり、こ...


1年前の記事を見て、昨年実家の母に見守り携帯を渡してから、もう1年も経ったことに気がついた。
その後、母も使い方に慣れて、通話料無料で2~3日おきに長話をしている。1人暮らしの母は、友人や近所の人はいるものの、日常的に家族との会話はないわけだから、それが電話でできるのは良かったと思う。

こっちからかけたり、母からかかってきたりして1時間近くも話したりしている。
ただ、母は出かけるときは携帯を持って出ないし、他の部屋に行くときも持って行かず、固定電話と同じ状態になっている。
私のところにしかかけないので、他の機能は一切使わない。
だから緊急事態とか緊急に用事のあるときには役立たないことになる。

まあ、それでもしかたがないかという感じだ。

まだまだ、アタマもしっかりしているし、1人で気ままに暮らしているので、しばらくは別居状態でも大丈夫そうだ。
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