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山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

引っ越し先は
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ユリノキ(神代植物公園)

2012-05-28 23:26:37 | 植物・花・木
神代植物公園のバラはありふれているので、今年は別のものを載せてみようと思います。
今、見ごろになっている花ということで、「ユリノキ」の花が、園入口の掲示板に紹介されていました。どんな花かと見てみました。



それは、大きな木に咲いているこんな花です。



モクレンの仲間だそうです。学名は“Liriodendron tulipifera”といって、“tulipifera”は、「チューリップのような花をつける」という意味だそうです。たしかに、春先にみるモクレンもチューリップの花に似ているなと思うのですが、それがなぜ「ユリの木」というのか、不思議ですね。その他に「ハンテンボク」とも言われているそうで、それは葉っぱが「半纏」に似ているからだそうです。また、「レンゲボク」や「チューリップツリー」ともいわれるそうです。原産は北米で、冬には葉が落ちる落葉樹であり、高さはかなり高い木になります。



神代植物公園のこの木もすごく高くて、いったい樹齢はどのくらいなのでしょうか、かなりのものと思えますが、花もすごい高いところに咲いているので、写真に撮るのも大変でした。

遠くてあんまりよく見えませんけど、やはりここ以外では、見かけたことがない木だと思います。

Wikiによると、日本には明治8~9年頃渡来したそうで、上野の国立博物館前に巨木があるようです。
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短大1年6月7日の日記

2012-05-28 00:33:50 | 学生時代の日記
197X年6月7日

考えてみると毎日一晩中をつぶし解決しているはずなのに、実際には何にも解決されていないのである。
昨日、開き直って「赤頭巾ちゃん気をつけて」を読んだ後、日記を5ページ書いてぼんやりしていると、空がしらんできた。それでも寝る気になれなくて、S子に手紙を書くことを思いつき手紙を書いた。久しぶりに楽しさを感じた。高校も違い大学も違って離れちゃったっていうのに、心が近くにあるなんて、なんて嬉しいことなんだろう。もっと早く返事を書けばよかったと思った。その後、空もすっかり明るくなったので、S子への手紙とN恵の手紙を持ってポストに出しに行った。米屋のおじさんはもう起きて道の掃除をしている。私は起き続けていて、これから寝るのだが、人はずいぶんと早起きだと思うであろう。

部屋に帰ってきてから、カセット―歌謡曲の部 小椋桂・チャー・原田真二を聴きながらチョコレートを食べた。6時半、朝食を食べてからにしようと思ったが、食べないで寝た。「英文演習」はやめるつもりだった。「保健」はさぼるつもりだった。12時に目が覚めたがまた寝た。次に気がついたら2時だった。一生の不覚である。大切な・・・そう、私にとっては最も大切な「美学」をのがしたのだ。4時間めにもぐり込んでやろうかとも思ったが、X子の話によるとその必要もなさそうなので、「資料目録法」に出た。M子と話していて何1つとして講義は聴いていなかった。M子とスーパーに買い物に行くことにしていて、部活を忘れていたことに気づいたが、部活はやらないにした。スーパーに行ってぴんとこない物をたくさん買ってきた。夕食でない間食をとるとお腹がいっぱいになった。ラジオを聴いていたが、部屋にいるのが耐えきれなくなって、又きょうも外にでてしまった。

○駅の方の本屋に向かった。いいかげんにパラパラと雑誌を見ていたが、「PHP」の“逃げ出してしまいたい”を買った。そのへんの公園で読むのが最も心境に適していると思ったが公園はない。逃げ出してしまいたい?逃げ出さないように読むのだが、現に私はもう逃げだしている。○○街道に出て、新宿のほうに歩いて行った。○○というところまで行った。帰りは真っ暗だった。

どうしてみんなは平気な顔をして学校に来ているのであろうか?A子は平穏な顔をして「いやだわぁ」「苦しいわぁ」と言いながらも“仮面の告白”を読んでいるのは納得できない。それ以上にイヤなのは、私の食生活が乱れているの、基本的時間帯が崩れているのと言って、部活もせず買い物に行って、たぶん家ではテレビを見て満足して暮らしているM子である。所詮人間なんて食費をいかに節約するか、いかに切りつめて生活するかが問題なのであろうか。切りつめの得意なM子が賢く価値のある人間なのであろうか?結局そうなんだな。

私は、T子とN恵とS子(※3人は同郷の友)に遊びにくるように誘った。「PHP」の岩田静治によると、それは「ベタベタ関係への逃げ」というものであるようだ。友人とべたつくことによってまぎらそうとしているのである。互いに堕落する―これが最も恐るべきことであると思う。

E原H子(※高校時代からの親友)という人間はこれを絶対に許さない。そこに価値がある。M子は入学のころからずっと定期的というくらいに友人を泊めている。それが一種いりびたるというふうに感じられた。
私のように事が進展してくると逃避ということがはっきりわかるのだが、彼女の場合はそうなる前に友人とベタついているから、そこで解決というか、問題がゼロになるのであろう。私は、それ以前に1人になって解決しようとするからこうなるのだ。

ここまできたら自分で解決しろ。結局、三島由紀夫に食いつくしかない。PHPを読んだことはよかったらしい。森みどりのである。
今の私はスランプだ。しかしスランプもない人間は前進もないんだ。
都民劇場の通信が来るのを待っている。

昔、学校の授業を受ける事は自分に適していないと思ったことがあった。学校をやめて早く自分の道を歩きたいと思った。今日もそれを感じて、そのことを思い出した。学校へいくことは良いことだが、私にとって全面的に良いわけではない。短大は出るが、あとは○○(※故郷)で生きようと思う。○○や××(※著名人)も○○で生きているのだ。

★ ★ ★

当時を思い返して

M子は、高校時代からの友人で同じ短大に入り、私と同じように近所のアパートで独り暮らしをしていた。M子は、しっかりものできちんとした生活をしていた。M子の部屋はいつもきちんと片付いていて、家計簿もつけていた。良妻賢母になるタイプだった。

それに対して、私の生活は入学して2カ月もたたないうちにめちゃくちゃになっていたようだ。
M子はゼミが違ったので、ゼミの苦しみはなかったかもしれないが、本質的に性格が違いすぎていたと思う。

今にして思えば、私はこの当時から全く変わっておらず、夜更かし朝寝坊、めちゃくちゃな食生活、授業サボり、は放送大学に入った現在でも同じだ。

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