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ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

12/09/02 蜷川シェイクスピア「トロイラスとクレシダ」さい芸千穐楽 神々に弄ばれる人間たち

2012-09-15 23:59:27 | 観劇

蜷川シェイクスピアのオールメールシリーズは大好きで、前回の「じゃじゃ馬馴らし」は実に素晴らしかった。今回はその時に主役2人の脇でルーセンショーとビアンカという美男美女カップルを演じたコンビがタイトルロールということで、2人のさらなる飛躍を期待した。
またこれまでのオールメールは喜劇ばかりで、今回が初の悲劇だという。「トロイラスとクレシダ」は上演が稀な演目で、トロイ戦争の最中の物語だ。
トロイ戦争がらみの悲劇は、2000年の「グリークス」三部作から2006年の「オレステス」まで観ているし、山形治江著『ギリシャ悲劇 観劇ガイドブック』(れんが書房新社)も通読しているので、今回も主な登場人物は把握した上で観ることになるので、戯曲を買っての予習は省いてしまった(^^ゞ
Wikipediaの「トロイラスとクレシダ」の項はこちら

【トロイラスとクレシダ】翻訳:松岡和子
出演:★トロイ方
トロイラス=山本裕典、クレシダ=月川悠貴、
パンダロス=小野武彦、カルカス=岡田 正、
プリアモス=妹尾正文、ヘクトル=横田栄司、
パリス=佐藤祐基、デイポポス=田中宏樹、
ヘレノス=井面猛志、カッサンドラ=内田 滋、
アンドロマケ=山下禎啓、アエアネス=間宮啓行、
トロイラスの小姓=谷中栄介、アレクサンドロス=福田 潔
★ギリシャ方
アガメムノン=廣田高志、メネラオス=鈴木 豊、
ネストル=塾 一久、ユリシーズ=原 康義、
序詞役・テルシテス=たかお鷹
アイアス=細貝 圭、アキレウス=星 智也、
パトロクロス=長田成哉、ディオメデス=塩谷 瞬、
ディオメデスの召使=尾関 陸、ヘレナ=鈴木彰紀、ほか

公式サイトの公演詳細情報より、以下あらすじをほぼ引用。
トロイ戦争のさなか、トロイの王子トロイラスは、神官カルカスの娘クレシダに狂おしいほど思いを寄せていた。クレシダの叔父パンダロスの取り持ちによって、2人は結ばれる。永遠の愛を誓い合った2人だが、捕虜交換によりクレシダは敵国ギリシア軍へ送られる。時がたち、軍使としてギリシア陣営に訪れたトロイラスが見たものは、新たな恋人ディオメデスと抱き合っているクレシダの姿だった―。

開幕すると向日葵の大きな花が一面に咲く野原。序詞役がこの芝居の設定を物語る。その中で、この舞台はトロイで、希望の女神がトロイとギリシャの双方のやる気を代わる代わるくすぐるので勝敗はどう転ぶかわからないと言う。
そもそも戦争の発端は、トロイの王子パリスがスパルタ王メネラオスの妃ヘレネと恋に落ちてトロイに連れ帰ってしまったこと。だがこれも、3人の女神が一番美しいのは誰かという審判をパリスにさせて、世界一の美女をエサにアフロディテの買収が成功したから生まれた恋愛沙汰なのだから、もうどうにもこうにも人間が神々に弄ばれて戦争をしているというしかない。だからそんなに大真面目に観る必要がないと気楽な私だ。

ギリシャ神話の神々は人間との間に子をもうけ、そういう半神半人が平気で人間たちの中にいるという設定自体、現実離れも甚だしい。ヘレネも然り、アキレウスも然り。そういう半神半人は人間離れした美しさや強さを備えている。

Gカップ並のつけ胸をつけた長身の鈴木彰紀が演じるヘレネは人形のように美しく、パリスが虜になるのも無理はないと男兄弟はみなかばう。また、ずば抜けて長身の肉体派星智也が傲慢の極致のアキレウスを好演。アガメムノンに恋人を奪われたせいで戦線離脱し、親友のパトロクロスとテントの中でゴロゴロしているというが、あきらかに両刀使いと思わせる、エロい仲である。

テントから出てくる姿は情事のあとらしく、腰に布を巻いたり、ひまわりの花をつけて前を隠しているだけだったりし、後ろ向きに綺麗なお尻を披露してくれたりする。蜷川の舞台は身体をさらけ出させることが少なくなく、トロイラスの山本裕典も引き締まって腹筋の割れた美しい上半身をさらけ出していた。最近のTVドラマ「GTO」で主人公のダチでお馬鹿風のお巡りさんを演じていた同じ役者とは思えない熱演が素晴らしい!

お互いの名誉のために勇気をふるって戦うという大義名分のための戦争になっている。ヘレネを返せばギリシャ軍は引き上げると言ってきた時、トロイ王の長子ヘクトルは弟パリスにヘレネをあきらめて返せと説得する。しかしながらギリシャ方が叔母を返さない以上、ヘレネを返す必要はないとトロイラスまでもパリスの味方をし、結局はヘクトルも弟の名誉のために戦おうと決断。戦争の膠着状態を脱するために、ギリシャ陣営に一騎打ちをもちかける。
その相手に誰がなるかというところでもひと悶着が起きる。ギリシャ方の老将たちが知略をめぐらしたからだが、そこで出てきたアイアスはヘクトルの従兄弟だったため、一騎打ちは取りやめになる。トロイ王の妹がギリシャ方の捕虜になっている間に生まれたのがアイアスだという。ということは、両国はずいぶんと長い間、敵対関係にあったらしいことがわかる。

一騎打ちをやめ、その翌朝に決戦を約束してお互いを讃える宴会になり、出陣の朝を迎える。兄の出陣を狂気の妹カッサンドラが止める。ヘクトルの死とトロイの滅亡を予言するのだ。「グリークス」では滅亡したトロイから凱旋したアガメムノンの妾にされていたが、自らの死まで予言していた(妻のクリュタイムメストラに殺される)。その高貴な王女ぶりと今回の狂女としての描かれ方のギャップにちょっと驚いた。しかし調べてみると彼女は言いよってきたアポロンを拒絶した際、予言の力をもつがそれを周囲が理解してくれないというアポロンの呪いをかけられていたのだった。

妻のアンドロマケにも自分を止めないように言い渡して、名誉のために出陣していくヘクトル。横田栄治のヘクトルはトロイ最高、いやこの舞台で最高の英雄らしい存在感があり、彼の死によってトロイが滅ぶ必然性を感じさせた。
向日葵の野での戦闘シーン。数多くすっくと立つ向日葵の間を縫ってのものになるので立ち回りが大変そうだ。役者たちに大きな負荷をかけることが大好きな蜷川の演出らしい(^^ゞそしてパトロクロスがヘクトルに捕まり殺される。
参戦拒否をしていたアキレウスだが、愛人を殺されて復讐を誓い猛然と参戦。ヘクトルを追いつめてついに殺す。さらに戦車につけて引き回すように部下に言いつける。これでトロイの滅亡の運命は定まった。

さらにこの物語には出てこないが、パリスが生まれた時に「トロイを滅ぼす子だ」という予言のため山に捨てられたのだという。結局、トロイが滅び、ギリシャが繁栄することは、神々によってあらかじめ決められていて、人間はその路線上で弄ばれていただけだということか?戦争に勝った国のギリシャ神話を元にした物語なのだから、そういう描き方になっているのだろう。
それを後世のシェイクスピアが、人間が神々に弄ばれたということにして、人間の愚かしさをストレートに描かないようにしているのだとすれば、それも実にシニカルな描き方になっていると思わざるをえない。
ギリシャ方の道化のテルシテスがこの戦争の愚かしさを痛烈に皮肉っている(たかお鷹が序詞役も兼ねて作品の輪郭をくっきりと見せてくれた)。自分は名誉をかけて戦う立場になく、一人離れた立場で客観視している。その皮肉な目はシェイクスピアの目そのものだろう。
さらに、それをまた蜷川幸雄が現代の日本で苦い悲劇の舞台として見せてくれたと思うと、実に実に面白かった。

とここまで、トロイ戦争の進展を中心に書いてしまったが、タイトルロールの2人の恋愛についてもちゃんと書く。「踊る大捜査線」の部長で人気の小野武彦は初の蜷川作品とのこと。若い2人の取り持ち役を軽妙に見せてくれた。
クレシダはトロイラスを愛しているのに素振りもみせない。男というものは言いよってくるうちが誠実で落ちてしまえば女への気持ちは豹変すると思い、ガードを硬くしている。実に理性的な女性だ。月川悠貴の美しくクールで硬質な女方ぶりがタイトルロールにふさわしくグレードアップしていた。
それに対してトロイラスの山本裕典は、青臭く分別は足りないが情熱でつっぱしる王子を熱演。クレシダだけにしか目がいかない。自分が一途に愛しているので相手もそうしてくれると思い込んでいる。
しかしながら女には捕虜交換に行くことも拒否できず、敵国で暮らさなければならないのであれば、戻れない国に残した恋人よりもその国の男で頼れる者がいれば庇護を受けていくことで生きていくという選択もありだろう。先にアイアスを生んでいるプリアモス王の妹がよい例だ。これも苦悩の上でのクレシダの理性的な決断であり、「不実なクレシダ」というレッテルを後の世に貼ったのは男中心の価値観の時代のせいだろう。

若くて直情径行な青二才のトロイラスは幕切れまでには死なない。しかしながらその後、やはり死んでしまうらしい。まぁ、この主人公は死んでも仕方がない人物だねぇと思うしかない。同じように愛する女に裏切られたメネラオスは最終的にヘレネとよりをもどしているのが対照的だ。純愛に命を投げ出すというのは、実は青臭く愚かしいことなのではないかと思えてきた。

それとアポロンに言及してさきほど思いついた。向日葵の花は太陽の方を向いて咲いているという。その向日葵の咲く国の王女が太陽の神アポロンを拒絶したことの報いというイメージも重なってくる。
この皮肉にみちた苦い物語を面白く見せるという演劇的な仕掛けとして、オールメールキャスティングが実に効果的だったと思う。そしてベテランと若手の配役のバランスが絶妙で、若手の成長ぶりが実に頼もしく思えた。これも蜷川マジックだろう。
そしてこの勢いで東京芸術劇場12月公演の「トロイアの女たち」につながっていくのだろうか?これだから蜷川幸雄演出の舞台から目が離せない!!

さいたま芸術劇場千穐楽のカーテンコールは、舞台に蜷川夫が呼びこまれないと客席が赦さない雰囲気の拍手で湧く。上下とも黒い服で歓呼に応えていた。さらに山本裕典も一言挨拶するよう共演者に促された。「今日で(東京言い直して)さいたまが千穐楽になりましたが、全国巡業があるのでよろしくお願いします」というようなことを言っていた。可愛いねぇ。
冒頭の画像は今公演のチラシ画像。


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (恭穂)
2012-09-17 19:04:56
ぴかちゅうさん、こんばんは!
沢山の向日葵がとても印象的な舞台でしたね。
クレシダの選択が理性的な決断、というのにとても納得しました。
月川さんのクレシダ、ほんとに素敵でしたよね。
「トロイラスの女たち」、チケットがとれるかわかりませんが、
この舞台の先にあるもの、と考えると、
是非観にいきたいなあ、と思います。
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★「瓔珞の音」の恭穂さま (ぴかちゅう)
2012-09-18 01:22:17
TB返しとコメントを有難うございますm(_ _)m
「トロイラスとクレシダ」の感想は、これまで観てきたギリシャ悲劇とそれをシェイクスピアがどう料理したかという視点で書きました。タイトルロールの2人もすごくよかったんですけどね。
この物語が東京芸術劇場の「トロイアの女たち」に続いていくんだなぁとも納得。2か国の役者が出演する字幕の舞台を頑張って観ないといけないなぁと決意を固めつつあります!
東京芸術劇場の企画ではありますが、さい芸のメンバーズ先行もあると『アーツシアター通信』が届いてわかりました。それで申し込んでみようと思っています。
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トロイの男たちとトロイアの女たち (スキップ)
2012-09-20 22:36:26
ぴかちゅうさま
物語に出てこない部分までも詳細に調べて書いていらっしゃる記事に引き込まれて熟読しました。
パンフレットよりためになります(笑)。

トロイラスの嘆きもヘクトルの悲壮な死も、すべては神々に弄ばれた結果だとすればあまりに虚しく悲しいことですが、色恋沙汰や権力争いで果てしない争いを繰り返す人間への警告ともとれるのかもしれませんね。

「トロイアの女たち」私も観たいのですが、12月に上京はさすがに無理そう。
ぴかちゅうさんのご感想を楽しみに待ちたいと思います。
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★「地獄ごくらくdiary」のスキップさま (ぴかちゅう)
2012-10-02 01:33:41
コメントをいただいていたのに、返事がすっかり遅くなってしまい、恐縮至極ですm(_ _)m
トロイラスとクレシダの山本・月川コンビは「じゃじゃ馬馴らし」のコンビの時よりも遥かに成長していて、タイトルロールにふさわしくなっていたのが嬉しかったです。
女方陣でみると、月川・内田滋って「間違いの喜劇」の時は従姉妹役でしたよね。内田さんのカサンドラは見応えがありました。
立役陣でみると、ヘクトルとアキレウスの横田・星組が実に素晴らしかった!
ストーリー的には全くシェイクスピアのシニカルな話の作りこみに感心させられながら、役者たちの熱演でやっぱり人物が生きて立ち上がっている魅力にも引き込まれてしまいました。
蜷川オールメール初の悲劇も大成功だったと思います。続く、東京芸術劇場での「トロイアの女たち」、なんとかチケットとれましたので、頑張って記事アップしますね(^_^)/
横道にそれるその話①恭穂さんのところで盛り上がっていた内田滋さんのブログ、私ものぞいてきました。面白かったです。
その②最近また歯医者さんに通っているのですが、横田さんがなんとその院長先生の患者さんだったんです。治療中にさい芸の楽屋に遊びに行った時に一緒に撮った写真を見せてくれたんです。最近は横田さん、通ってないようですが(^^ゞ
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