ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

06/09/29 『オレステス』の大雨の功罪

2006-10-01 23:59:08 | 観劇
蜷川幸雄演出のギリシャ悲劇上演は1976年初演の「オイディプス王」から始まった。高校生だった私は染五郎(現在の幸四郎)主演のその舞台を観ていたのだが、はっきり言って何が面白いのかよくわからなかった。平幹二朗主演の「王女メディア」が評判になった頃は観劇していない時期だったので今となっては残念至極。そのリベンジでの勢いで2000年の「グリークス」三部作を観に3日間通った。それ以降のギリシャ悲劇は全部観てきた。

エレクトラとオレステスの姉弟の話は「グリークス」「エレクトラ」「オレステス」と3回観てきたが、それぞれ戯曲として人物の描き方がずいぶんと違うものだなあと思った。「エレクトラ」「オレステス」は同じエウリピデスが書いたものだがタイトルロールになっている方にかなり比重がかかっている。大竹しのぶのエレクトラは父への愛、母への憎悪に半狂乱に嘆き悲しみ、ついに再会した弟を煽って母を殺させた。岡田准一のオレステスはあくまでも受動的、ピュラディスにいたっては科白なしの役だった。
(お詫び訂正)大竹しのぶ主演の「エレクトラ」は野村萬歳主演の「オイディプス」と同じソフォクレスの戯曲でした。エウリピデス作の「エレクトラ」もありますが別物です。ご指摘有難うございましたm(_ _)m

さて、今回の配役とあらすじは以下の通り。
オレステス=藤原竜也  エレクトラ=中嶋朋子   
ピュラディス=北村有起哉  テュンダレオス=瑳川哲朗
ヘレネ=香寿たつき  メネラオス=吉田鋼太郎
アポロン(声のみ)=寺泉憲
父を裏切り愛人とともに父を殺した母親クリュタイムネストラをオレステスが殺した後から物語は始まる。アルゴス人たちは母殺しの姉弟の処刑方法を投票で決めようとしている。
エレクトラが長い独白でそのへんの事情を語り、弟が狂気の発作を繰り返すうちに衰弱しているのを心配している。トロイア戦争の元となった叔母ヘレネは先に帰国して姉弟の家に匿われているが、アルゴス人たちの憎しみをおそれて姉の墓参りにも出かけられず娘のヘルミオネを代参させる。
ふたりの命が助かる一縷の望みは叔父のメネラオス。彼が帰国して妻の元を訪れ、必死にオレステスは助けを求める。そこへ母方の祖父のテュンダレオスがやってきて、孫が母である自分の娘を殺したことを罵る。二人の憎しみ合う様を見ていたメネラオスはオレステスを見捨てることが得策と助力を断る。二人が悲嘆にくれるところに評決で剣による死刑が決定したとの知らせがきた。いよいよ覚悟を固める姉弟。
そこに従兄弟であり親友、エレクトラの婚約者でもあるピュラディスが登場。クリュタイムネストラ殺害を手助けし、具体的な計画を立てたのもこの戯曲では彼だという。ピュラディスは起死回生の秘策を二人に明かす。ヘレネを殺し、ヘルミオネを人質にとってメネラオスの心を動かそうというのだ。死ぬのは万策尽きてからという彼の計画を実行に移すオレステス。残念ながらヘレネは神隠しにあったが、ヘルミオネを人質にしてメネラオスと対峙する。
最後は神アポロンが現れて「デウス・エクス・マキナ」=ギリシャ劇的大団円へ。

物語としてはなるほど、大竹しのぶの怪演のためにあったような「エレクトラ」よりは面白い。しかし今回の舞台演出は「本水の大雨」だったことがキーポイント。その功罪はともに大きかった。
蜷川幸雄は役者たちに従来以上の力を出させるために毎回何かしらの負荷をかける。大竹しのぶ主演の「メディア」(エウリピデス作)で舞台上に蓮の池を作り、その中を歩かせることで負荷をかけ、その水音を効果としても使った。
今回は舞台の上に間隔を開けて2本並べたパイプから大雨を降らす。舞台はかなり傾斜をつけた八百屋状態でその床を滝のように水が流れる。かなりの水の音で通常の声の出し方だと客席に科白として届かない。役者たちはびしょびしょに濡れ、足元は滑り、声を振り絞る。そんなギリギリの演技をつきつけられる。
迫力はある。しかし冒頭の中嶋朋子の独白からあまりの聞き取りにくさに苛立つ。雨がやむとちゃんと聞こえる。ここで私は割り切った。ああ、雰囲気だけ把握できれば科白はききとれなくてもいいと。観客にまで負荷をかけられてたまるものかと。物語の設定などこれまでの観劇の積み上げの中でさっさと割り切れたからいいものの、そうでなければもっと怒りは大きかったと思う。

ギリシャ劇初挑戦の藤原竜也と中嶋朋子は千穐楽間近だったが声はつぶれてはいなかった。しかし藤原竜也は防水シートのようなものの下から登場した時は身体中まっ赤だったので風邪をひいていてひどい声なのかと思ってしまったくらいだ。
吉田鋼太郎のメネラオスの衣装も必要以上に鎖やら金具をつけて金属のガシャガシャ音をさせながら動く。そして今回の黒いドレスの女性コロスたちは鈴をつけたビニール傘を多様に用いる。また舞台の両端に打楽器が置かれて適宜打ち鳴らされている。不条理な音の世界が作り出されている。不条理な社会のイメージか。

そのクラ~イ雰囲気が北村有起哉のピュラディスの登場でやわらぐ。活動的で前向きな性格の人物設定のようで、この友人は根アカと根クラで相性がいいらしい。北村有起哉の陰影のない声で起死回生の秘策を話されると一条の希望の光がさしてくる感じがした。
そして最後の大団円のアポロンの声。『エリザベート』初演時のパパ役の寺泉憲である。明るい!舞台も一挙に明るくなったがとにかく脳天気に明るいのである。トロイア戦争も傲慢な人間が増えすぎたのを減らそうとしたとか、その原因となったヘレネは本当はゼウスとレダの娘でもあるから天上に置くことにしたとかのたまう。王室の不倫は罰しなければならないからオレステスに敵討ちの信託をしたが、それを実行して苦しむ姉弟を救うために出てきたといい、今後の身の振り方を指示するのだ。
そして最後に蜷川幸雄の大挑発!客席にチラシの雨が降り注ぐ。幸い今回は1階席をとっていたためにその雨を真下からみることができた。これは圧巻。一生忘れられそうにない。そして何が降ってきたかとみると、星条旗が目に入る。次はダビデの星の入ったイスラエルの国旗、レバノン、パレスチナ自治区.....。カラーの国旗デザインの下にはそれぞれの国歌の日本語訳。こうきたか!!
ギリシャの昔から21世紀の現在まで地球上には戦争が絶えることがない。それも人智を超えた力でないとやめさせることができないのだろうかということか。
そうではないはずだし、そうでないことを祈りつつ、何からやっていけるだろうか。

写真は公式サイトよりのチラシ画像。
追記
①本日のお席は1階後方だが下手通路脇。そういう席だったんだと着席して気づく。私の隣をメネラオスが、オレステスとピュラディスが.....状態だったのは嬉しかった。そうです、鋼太郎さんかなりご贔屓です。

②国歌の歌詞を読みたいために一揃いいただいてきたが、国のために戦うという内容がどちらにもあった。しかしながら「星条旗よ永遠なれ」の歌詞を読んで絶句。自衛じゃなくても正義のための戦争するよっていう内容が明記されていた.....。

以下、関連記事をリンクしておく。
7/14NHKで観た「この人にトキメキ!蜷川幸雄」の記事はこちら


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18 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
雨の運出 (花梨)
2006-10-02 00:49:36
こんばんは。同じ日に観劇していたようですね。

雨の演出、どうなんでしょう。私はかなり前方で観ていたのてずが、台詞はやはり聞き取りずらかったです。どの程度効果があったのか疑問…。

吉田鋼太郎さんの衣装、通路際では無かったですが、綱太郎さんの通る近くに座ってたので、間近でみるとあの衣装はインパクト・大でした。

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演出の意図がわからなくて (harumichin)
2006-10-02 02:37:27
何で雨を降らせたのかなあ?

と思ってみたり、

衣装のじゃらじゃら音や打楽器の音など

必要だったのかなあ?と蜷川さんの意図がわからずまいでした。

まあプログラムも購入していないので、わかるすべもないのですが・・。

ストーリーとしては、好きな作品でした。

藤原くんを見に行ったのですが、結局、北村さんがこの作品では、良かったかなあ・・って

ぴかちゅうさんとおなじような感想を持ちました。
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すっかりご無沙汰しております (ゆっこ)
2006-10-03 00:03:56
雨の演出は、最初こそ「おおっ!」と感心しましたが

あとは終始うるさいだけで、はっきり言って台詞の邪魔だったと私も思います。



蜷川ギリシャ悲劇とは、どーも相性が良くないようで

今回も酷評してしまいました。

鋼太郎さんの衣装もジャラジャラうるさかったですよねぇ。

装飾過剰で、実際以上に短足に見えたし(笑)

でも同行の友人の「見掛け倒しの人間ということを、衣装でことさら強調したのでは?」

という冷静な指摘に、なるほど!と納得しました。



ラストの「ビラまき」に関しては、

私はぴかちゅうさんと違って、ずっと否定的なんです。(^^ゞ
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皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2006-10-04 00:15:03
★「酒と芝居の日々」の花梨さま

>かなり前方で観ていたのてずが、台詞はやはり聞き取りずらかったです。どの程度効果があったのか疑問…。.....前方の方はもう少し聞こえているのではとか思っていましたが、前方席でもそうだとすると舞台の上の方々の自己満足になってしまっていると思います。どんな席でもきちんと聞こえることは求めたいですが、蜷川さんは五感重視みたいですよね。

『グリークス』を観た時に山形治江さんが作られた作品解説集を買って読んだのでけっこうギリシャ劇について面白いな~と思ったのでそれ以降追っかけてます。それ以降では『メディア』が作品的にも演出的にも一番面白かったです。今回はまあ一回観てその価値はあったかなという感じです。

★「花がいっぱい」のharumichinさま

>北村ピュラディスの声量、セリフの明確さが良く.....というところ、私だけじゃないぞと心を強くしました。実は私のが友人は北村さんだけあの台詞回しはないだろうと言ってたもんですから。彼の出現で局面を変えるのだから藤原・中嶋と同じトーンの必要性はなく、希望の光がさすのにとてもぴったりな明るい声でよかったと思います。

彼の声でお父さん北村和夫さんの声を彷彿とします。顔は似ていないのに声が似てます。ナマの舞台は一度だけ、山田五十鈴の千姫の想い人の役でした。確かにあまり抑揚をつけないしゃべり方なんだけど、それが心地よいという個性的な声もありだと思ってます。

★ゆっこ様

蜷川さんの舞台は観客を挑発するものですね。だから喜劇の方がゆったり観ることができる気がします。蜷川シェイクスピアのベスト1は今のところ『間違いの喜劇』だし。今度の『恋の骨折り損』も期待してます。

★「ようこそ劇場へ」のbutlerさま

>両手を両耳の後ろに当てて、必死に集音に努めました(笑)。途中からは、雨音を意識の中で消して、セリフだけ拾えるようになりました(笑)。

蜷川さんの観客にかけた負荷を見事にはね返すとはすごいです。私はその元気が今はありません(笑)

チラシの雨については私も肯定的です。「星条旗よ永遠なれ」の歌詞の日本語訳をネットで探したのですがすぐに見つからず。チラシを観ながら入力するのもおっくうなのでこちらで全く引用してません(^^ゞしかし「さすが世界の警察」っていう国の国歌ですね。

★「ARAIA -クローゼットより愛をこめて-」の麗さま

今回の演出の目玉の「大雨」で台詞がききとりにくくて、私ももう聞き流しておりました。眠くなっても仕方がないと思いますよ。それに公式サイトにあったあらすじは一箇所間違っていると山形さんの資料にあたって確認してしまいました。この戯曲の場合はヘレネを殺そうと言い出したのはピュラディスのはずです.....って細かいことを言い出してしまうので困ったヤツなんです。すみません。

>藤原くん...難しい話、難しい役、、、ハードルが高ければ高いほど技量を発揮する、本当に良い役者だよなぁ.....同感です。好みのタイプではないのですが、実力は認めてまして定点チェックさせていただきたいと思ってます。彼は大人の男への脱皮ができるかどうかが勝負だと思ってます。うーん、あの髭は双眼鏡で見た時にも似合ってないと思ってしまいました。そのへんがファンクラブに入っている友人とも評価が分かれてまして(笑)

といいながら『デスノート』前編もタダ券で誘われたのでしっかり観てきました。主目的は鹿賀丈史!だったんですが、藤原君のライトもなかなかよかったです。もうすぐ後編だから絶対観ます(^O^)/

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大雨の功罪 ()
2006-10-04 00:34:35
ぴかちゅうさん



こんばんは。麗です。

私も先日観てまいりました。

ぴかちゅうさんの、タイトルに激しく同意!(笑)

雨音はかなりのクセモノでしたね。

他にもメネラオスの鎧の音やら、

コロス達の鈴の音、生演奏の打楽器・・・

音の洪水におなかいっぱいでした。(笑)



ラストのチラシの雨には、ちょっと驚きました。

しかも書かれていた内容にも驚きが。

アポロンの神の一声で、

現代のテロや戦争が丸く収まればいいのですが。
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ニヤリとしました (♪~)
2006-10-08 01:01:08
TBが上手く入らないようで、お手間おかけしました

前作でも思いましたが(二作しか見ていないのでその部分だけからですが)蜷川さんはすんなり物語を理解してもらいたくて作品をお作りではないのですよね。その辺りの彼の狙いがみごとに観客に届いた作品だなぁと思わずニヤリとしてしまいました。

衣装のジャラジャラが大分話題になっているようですが、まったく気になりませんでした。何故だか甲冑には金属音がつきもののような気がしていたので。

北村さん、昨年の大河にも出ていてその時は誰?という感じでしたが、今思うとやっぱりもったいなかったなぁ、あのドラマ(役者は揃っていたのに)という感じです。

TBさせていただきま~す。
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続・皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2006-10-09 02:17:56


★麗さま

コメントも有難うございますm(_ _)m

>アポロンの神の一声で、現代のテロや戦争が丸く収まればいいのですが。

それに該当するのが地球市民の世論の高まりだと思うのですが、まだまだ弱いんですね。

★「Show Must Go On!」の♪~さま

蜷川さんは常に挑戦の人ですね。役者やスタッフだけでなく観客にも「これでもか~」とつきつけてくるものが大きいです。それが気持ちよく感じるときと不快に感じるときの両方があります。しかしこの刺激を受けたくて高校時代から目が話せずに追っかけてしまっている私です。
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私も北村ピュラデスに1票! (スキップ)
2006-10-09 03:27:50
ぴかちゅうさま

雨の演出は事前に聞いてはいましたが、やはり驚きました。でもセリフの声はさほど聞き取り難いとは感じませんでした。東京の反省で改良されたのでしょうか、座席(4列目センター)のせいでしょうか。

北村有起哉さん、よかったですね。私もオレステスやエレクトラと同じトーンでなくて正解だったと思います。閉塞した空気感を打ち破るカンジで。それにしても、ほんとにお声はお父様似でいらっしゃいますよね。
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続続・皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2006-10-09 03:56:14
★「地獄ごくらくdiary」のスキップさま

予想以上の雨の音でリハーサルで降り方を弱めたらしいですが、公演中も少しずつ弱くしていったときいてます。4列目だとずいぶん聞きとれると思います。私はN列でしたから14列目前後でしょう(1列目が今回はどのくらいだったか把握してません)。

私も前方席だったらけっこう手放しで絶賛の感想を書いてたかもしれませんね(^^ゞ

北村有起哉さん、大河ドラマ『義経』の五徳、存在感ありました。次の遭遇が楽しみです。

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やっとオレステスにまみえました。 (とみ)
2006-10-10 18:10:19
>ぴかちゅうさま

律儀に感想書いておられますね。みならわんとあきません。尊敬。

僭越ながら,2003年,大竹版エレクトラはソフォクレスです。エウリピデスも同じタイトルがありますが,農夫に嫁せられていて別物です。アイスキュロスは,オレスティア三部作として,アガメムノン,供養する女たち,滋みの女神たちと書いておられます。

要するに,ええとこ取りできたグリークスでは,デウス・エクス・マキナショックが薄められてなんとかなりました。

どう感想書いてよいのやらまだ絶句状態で,もごもごしています。
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