芸術祭十月大歌舞伎夜の部の後半は菊五郎の狐忠信もの。
今回の主な配役は以下の通り。
<吉野山>
佐藤忠信実は源九郎狐=菊五郎
静御前=菊之助 逸見藤太=松緑
<川連法眼館>
佐藤忠信/佐藤忠信実は源九郎狐=菊五郎
静御前=菊之助 源義経=時蔵
駿河次郎=團蔵 亀井六郎=権十郎
川連法眼=彦三郎 法眼妻飛鳥=秀調
【吉野山】
2008年11月花形歌舞伎の「吉野山」の記事はこちら
2004年6月の菊五郎の忠信との時よりも菊之助が格段によくなっていて成長を感じた。そして今回の菊之助の静御前の衣裳も赤だった。「川連法眼館」と続けるのは初めてとのことで、次の場面で忠信の衣裳の継続性がないことを指摘するところを重んじればやはり静御前も赤の衣裳である方が説得力がある。まぁ全く同じ衣裳である必要まではないだろう。
菊五郎の忠信は芝翫との時もよかったが、今回はずいぶんと違った印象を持った。双眼鏡を覗いていて、今回はずいぶん温かい目をしているなぁとちょっとびっくりした。相手役が大先輩ではなく、息子の菊之助だし、成長ぶりを見守りモードになっているのだろうかとも思える。狐らしさが垣間見えるしぐさにも柔らかな動きの中に親狐の鼓を慕って忠信に化けている狐の可愛らしさが伸びやかに見えた。菊五郎の自在さの現われであろうか。
一方、松緑の逸見藤太は一生懸命つとめてはいたが硬い感じがあった。最後に忠信が投げた笠を頭にいただいて極まる格好も三枚目風ではなく面白くなかった。あまりこういう役は好きではないのかもしれない。「NINAGAWA十二夜」の安藤英竹で道化役ではじけたように思ったが、その反動か?
【川連法眼館】
2007年3月の「川連法眼館/奥庭」の記事はこちら
川連法眼(彦三郎)と妻の飛鳥(秀調)の芝居にまずはぐっときた。秀調の飛鳥は年の離れた妻という感じで黒い髪の拵え。兄が鎌倉方なので夫に試されて自害を図り、「心底みえた」となって夫婦の絆を確かめ合う。一族が敵味方に分かれてというドラマがここにもあることをしっかり確認できた。秀調の芝居が最近お気に入りである。
時蔵の義経が菊之助の静御前とのバランスがあまりよくない。配役のバランスが悪いように思える。
義経の前に郷里から戻った佐藤忠信が参上。生締め姿の菊五郎の本物の忠信がきりっとしていて絶品!義経に謀反を疑われ、團蔵の駿河と権十郎の亀井に挟まれて引き立てられていく時に3人で並んで極まる姿も実に贅沢でいい。
静御前と同道してきた忠信とは別人のようということで、義経は鼓を用いての詮議を静御前に命じ、果たして鼓を打つと別人の忠信が姿をあらわす。
問い詰められて実は鼓の皮になった狐の子であったと自らの本性を告白。狐言葉でもよく聞き取れるし切なく痛ましい心のうちもよくわかるし、どんどん狐忠信が可愛くなっていく。2007年に観た時よりも身体の動きはよくないのだが、その子どもの狐の心根により引きつけられる感じがする。
「奥庭」がついていた2007年と違って花四天も出ない荒法師3人との立ち回りがシンプルで打ち負かして桜の幹に登っての幕切れ。義経と静御前が狐忠信に温かい視線を投げて絵面に極まる。
こういう派手ではなく、親を恋い慕う狐の心情に皆で寄り添うような幕切れもいいものだと満足。
前半の吉右衛門の知盛で劇的に盛り上げて泣かせ、後半の菊五郎の狐忠信でハートウォーミングに締め括る。こういう通し上演もいいものだった。
それと葵太夫が「大物浦」と「河連館」の奥の両方をつとめられていたことも特筆しておこう(この部分を追記)。
写真は当月の『耳で観る歌舞伎』の表紙の菊五郎の狐忠信。
10/20夜の部①「渡海屋・大物浦」復讐の連鎖を断ち切る知盛