ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

07/12/15 十二月文楽②「新版歌祭文」小助バージョン?!

2007-12-24 23:58:33 | 観劇

「新版歌祭文」は今年の7月、国立劇場・社会人のための歌舞伎鑑賞教室で「野崎村」を観た。福助のお光がよくて泣けた。
その時の感想はこちら
その時にしっかり義太夫を聞き取れるようにと、住大夫の「野崎村の段」のCDで聞き込んで観たのだが、文楽で観るのは初めてなので楽しみにしていた。また今回は「座摩社の段」もあるし、続けてみると印象がまた違うに違いない。
前日に公式サイトを見たら、竹本貴大夫さんがご逝去ということで床の顔ぶれが変わったということだった(ご冥福をお祈りする)。先月末には十九大夫の引退もあり、期せずして大夫陣の若返りがすすむと思われる。

【新版歌祭文】座摩社の段・野崎村の段 近松半二=作
<座摩社の段>
手代小助=桐竹勘十郎:竹本津国大夫
丁稚久松=吉田文司:豊竹咲甫大夫
お染=吉田蓑二郎:豊竹睦大夫
油絞り勘六=吉田幸助:竹本相子大夫
山家屋左四郎=吉田玉志:豊竹つばさ大夫
鈴木弥忠太=吉田清三郎:豊竹芳穂大夫
岡村金右衛門=吉田玉佳:竹本文字栄大夫
山伏法印=吉田勘緑:豊竹始大夫
下男・下女=人形遣い複数:豊竹希大夫
鶴澤清志郎
幕開け前に床にいくつもの台が並んでいると「あぁこの段はかけあいでやるんだなぁ」とわかる。一人で語り分けるのもいいが、かけあいも賑やかで大好きだ。これくらい登場人物が多いと大夫の出入りも多い。
人形遣いは特に事前チェックもしていなかったので、勘十郎が手代小助で出てきてちょっと驚いた。しかし、観ていくうちに「座摩社の段」では小助が一番重要な役だということに気づく。丁稚久松が働く油屋の朋輩で一緒に集金に出かけてきたが、腹痛をおこす仮病を起こして久松ひとりで集金に行かせ、その間にその金を騙し取るための算段。座摩社には先に山家屋左四郎が片思いのお染と両思いになりたいとお百度を踏んでいた。八卦見の山伏法印を巻き込んで左四郎を騙して金を巻き上げる悪事も。とにかく“悪いヤツ”なのだ。

お染も下女とともに参拝にやってきたところに集金から戻った久松と出会い、下女が気を利かせて二人きりにさせると八卦見の小屋でしばしの逢瀬!もう本当に燃え上がっている二人の恋がここでよくわかる。
やがて侍と町人の喧嘩騒ぎが起こり、小屋から出てきて見ている久松の懐から侍が財布をとって町人の眉間を割る。血が着いたのを洗って返すと手水の井戸のところですりかえる。偽物を持って帰る久松。鈴木弥忠太と油絞り勘六が小助の策で打った芝居だった。ところが勘六は岡村金右衛門とさらに一芝居打って金を取り返すどんでん返し。ここは客席に驚きの声が上がる。私ももちろんびっくり!小助の悪ぶりも大したことがない。結局は小悪党というレベルか。それをここまで人形で愛嬌たっぷりにやられると憎めない感じがする。

どうやら久松の生家側の人間らしい。このお家騒動部分については後発作品の「於染久松色讀販(おそめひさまつうきなのよみうり)」を玉三郎の七役で観た時に頭に入っていたので、その記憶と結びつける。

<野崎村の段>
<義太夫>
中 竹本三輪大夫・野澤喜一朗
前 竹本津駒大夫・鶴澤清友
後 竹本文字久大夫・野澤錦糸 ツレ鶴澤清馗 
<人形役割>
おみつ=吉田清之助 久作=吉田玉也
おみつの母=吉田玉英 油屋お勝=桐竹亀次
祭文売り=吉田一輔 船頭=吉田蓑一郎
下女およし=吉田清三郎(代演)

通常バージョンで省かれる場面から。繁太夫節の門付けというのは語って聞かせるだけでなく本も売っていたのだ。久作はおみつの気晴らしに「お夏清十郎」の読本を買ってやる。これが後からお染久松に意見するのにお夏清十郎の所業への意見の態をつくるのに重要な役割を果たすわけだ。
久作は大阪の油屋に暮の挨拶に出かけるが、そこに久松が小助とともに帰ってきた。小助は詮議詮議と騒ぎたてるところに、久作が急ぎ戻ってきて小助に金を叩きつける。ここまでが‘端場’で上演がされないことが多いというが、やっぱりここも小助が大暴れ!今回は勘十郎を小助にあてて、小助バージョンの上演かとも思ってしまった。

久作がふたりに祝言をさせるということにして、以降は住大夫のCDで聞いたのとほぼ同様の場面が続く。しかしながらお染が姿を現してからおみつの様子は歌舞伎よりももっと激しいヤキモチ行動にびっくり。久作に据える灸の火をお染の手に押しつけている!人形ならではの誇張した表現に楽しませてもらいながら、おみつのこれからの不幸へ突き進んでいく。病みついているおみつの母も歌舞伎と違ってちゃんと出てくる。CDの登場場面より多いような気がするが、とにかくおみつの母の死が迫っての思いがしっかり描かれる。そのためにお染久松が自分たちの恋を貫くために生きていられない申し訳ないと思う気持ち、おみつが二人を生かすために尼になる選択のせつなさがより際立っている。

歌舞伎の幕切れもいくつかの型があるようだが、おみつが父親にすがって泣いての幕切れは六代目菊五郎の工夫だったろうか。
CDでもそういう場面はなかったが、今回の上演はさらに籠と舟で分かれて大坂に戻る場面、籠屋と船頭のチャリ風演出をきかせている。特に船頭はうっかりと水の中に落ちて這い上がり、棹も忘れたりと笑わせる。濡れた背中も斜めにかけたてぬぐいで拭くところなど、「菅原伝授手習鑑」の水奴を思い出した。

泣きあげての幕切れは、悲劇の人物にスポットを当ててクローズアップするような演出。今回のような幕切れは、悲劇の人物から引いて視点を人の世全般の中から鳥瞰するような演出(クローズアップの反対はなんていったらいいんでしょう)のように感じた。どっちもありなんでしょう。

写真は公式サイトで今公演のチラシ画像のお光。
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07/12/15 十二月文楽①「信州川中島合戦~輝虎配膳」

2007-12-24 00:34:56 | 観劇

観劇の感想がたまる一方なので、次に何を書こうかと思案にくれる。そうだ、大河ドラマ「風林火山」最終回に関連して文楽の「信州川中島合戦~輝虎配膳」を書くことにしよう。よく考えてみると、大河ドラマで直江って西岡徳馬が、宇佐美って緒形拳がやってた人物じゃないか。上杉家の主な家臣も登場するこの作品に親近感が湧いてくる。ただ勘介に妻や母や妹もいるという「風林火山」とは全く違う設定。勘介が実在したかどうかを示す文献が少ないのだから自由にいろいろ書けるわけだ。
一昨年6月の歌舞伎座で「輝虎配膳」は初見。梅玉の輝虎と時蔵のお勝の琴をはさんでの名場面(写真のような場面)が印象に残っている。
さて文楽ではどうだろうか。

【信州川中島合戦】輝虎配膳の段
近松門左衛門=作

人形役割と義太夫は以下の通り。
輝虎=吉田玉女:豊竹新大夫
越路=吉田和生:豊竹松香大夫
お勝=桐竹紋豊:豊竹呂勢大夫
唐衣=吉田勘弥:竹本南都大夫
直江=吉田玉輝:豊竹咲甫大夫
甘粕=吉田清五郎:豊竹靖大夫
柿崎=吉田蓑一郎:豊竹靖大夫
宇佐美=吉田玉佳(宇佐美だけど見せ場なし(^^ゞ)
鶴澤燕三 琴=鶴澤寛太郎
輝虎は城に執権直江山城守や侍大将たちを集め、信玄との初戦に敗れて怒りをぶちまけている。敗因は敵方に軍師として山本勘介がいるせいで、その勘介は直江の妻の兄という縁があることから、直江に勘介を味方につける工作を命じる。直江はそのために既に勘介の母を味方につけて勘介の心を動かそうと、妻の唐衣を通じて母を招いていた。そこに二人が到着。輝虎の居城を直江の城と偽っていた。
この作品は武田側の歴史書を踏まえているので輝虎=謙信の人物像は短慮の殿様になってしまっているとのことだから、Gacktのイメージを重ねてはいけない。
唐衣は兄嫁が吃りのために、筆談用の道具と歌えば言葉が滑らかになるために琴を用意。この作品は近松晩年の作で「吃又」の又平を女性とする趣向で書かれているというが、「吃又」も近松がもっと若い頃に書いた作品と筋書で確認し、自分の作品のアレンジだったと確認。二人が通されると挨拶の交換だがお勝はさらさらと筆を走らせて見事な手跡を見せる。
直江が初めての姑との対面に主君から拝領の小袖を差し出すが、越路は「古着は着たことがない」と付き返す。その上、肘枕をして横になってしまうのが人形の大胆な表現だ。
続いてもてなしの膳を輝虎が自ら運んでくるが、越路は「窮屈な給仕はいらぬ」と断るのに、輝虎は遠回しに勘介の説得を烏帽子を畳につけて頼む。それを毅然と断り膳をひっくり返す越路。直江と短気を起こさないと約束した上での策だったのを堪え切れずに激昂し刀に手をかける輝虎。唐衣は母に詫びるように願うが、越路は覚悟を示し詫びようとしない。そこで写真の場面になる。お勝が必死に琴の調べに乗せて許しを乞う。床では貫太郎が琴を演奏する姿がけなげに思えてしまう。東京での初公演から観ているので情が湧いているのだ。
このお勝の必死の懇願に、輝虎は心を動かされて刀を下ろす。越路とお勝は直江の館に向かうところで幕。

軍師を自分の方に招くためにその母親を歓待するというのは、「三国志」にある故事を踏まえているのだという。近松は中国の文献の素養も深く、元武士だっただけに武家社会のドラマをこんな風に書けたのだとあらためて納得。

燕三の気迫の三味線に新大夫と咲甫大夫の若手ふたりが主従の気迫のやりとりを聞かせてくれる。越路はベテランの松香大夫が老母の気丈さをじっくりと。お勝の必死な訴えを呂勢大夫が切々と語り、大満足の義太夫陣。人形も玉女が短慮の輝虎を大名の大きさを持って見せ、お勝の紋豊も琴をはさんでの訴えの迫力あり。越路の和生の気丈ながらも老女の動きの面白さに目を奪われる。
やはり今回も、同じ作品を歌舞伎と文楽とで観る醍醐味を感じて満足。

写真は筋書より「輝虎配膳」の輝虎とお勝。
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