光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

きのうの書評はどうだったか。

2009-01-12 18:49:12 | 散策
  雪情報でもないけれど、TVでは、街のほうでは、10cm以上の積雪があって、しかしこれくらいだと、道に雪がある可能性はない。この辺りでも、ずっと雪は舞っているが、積雪は、多くて10cm。でも、気温が低くて、決して誉められないお天気である。雪が一部、溶けてもいる。あれだけ降って、しかし降雪の量がさほど多くないとなると、溶けた雪もある。でも、もしかしたらこれから氷点下となって、溶ける雪も溶けないで、残っている。明日も雪の予報。
  夜が静かだと、この降雪量は増えるが、で肝心なのは、寒気の程度で、最近はあまり聞かない「輪島上空の温度」、これがわからない。1500m、3000m、5000mという感じで、ときに天気予報でこの地上からのかなり高い位置の気温がアナウンスされるが、なぜかその情報は耳に入らない。今のアメダスの、最新の気温は、0.2℃、積雪は、14cmとなっている。

  お正月に入ってから、というか、1月に入って、新聞の書評というのをまだ見ていない気がした。元日の特集に、ことしお勧めの本というのが出るかと思ったが、ない。この日の特集にそれを期待するのが、おかしいかも。それから、一回日曜があって、でそのときも書評の欄は、とっている新聞では、なかったような気がする。これはたしかなようで、あれ、日曜で書評の欄がないようだで、終わってしまった。本は読まないが、書評の欄くらいはざっと目を通しておきたい。という気持ちはある。
  でも、お正月だからないのかで終わった。それで、きのうは日曜だった。結構、暇な時間があったが、あれ、きょうになって書評欄を見ていたか、わからなくなって、多少の不安も出て来る。まー、きのうも寒かったし、あわただしい感じで見ているだけだから、記憶に残らないのももっともだが、また残らないでいいものもある。しかし書評を見たかどうかくらいは、覚えていていい。まだそこまで、血の気が引いているわけでもないだろう。
 
  書評も見ていないか、すぐに忘れるが、PR誌のほうも、新年の1月号は大して見ていない。二つとも遅れずに去年のうちにやって来ていて、恐らく、この原稿の締め切りは、どうだろうか。10月の半ば、遅れても、後半。でも、これも時間と関係のないものも多く、ただ広告と関係のあるものは、やはりあるから、そうそう遅れてもだめだし、後回しにするわけにもゆかない。本が出る前後が一番いい。新刊本って、出る時期が大体みな一緒?。
  で、情報の新しさというと、原稿を印刷してというと、最低でも大体一ヶ月は、時間差がある?、もう2月号が出ている雑誌もあるのであろう。この原稿はいつに書かれて、いつ入稿となど思うと、本の特に雑誌の世界の新年はというと、3月号辺りということになる。面白い現象。でも、手に取れる雑誌なり本のよさは永久に消えない。そんなことよりも、もっと文字を読め、って自分に言っているが、せいぜい昔の、2008年のものを今頃、ちょろちょろと見ている。
  「認知症」とか老化とか、気になるものは多い。これについてもすでに、たくさん書かれているし、またPR誌でも、紹介されるものが多い。なかなかそれを読むまでにはいかない。せいぜい、今はその試練の中にあると思うが、人の運命はわからないもので、結果として、なにか残るとすると、これでよかったのかというものと、こうゆうこともあったかも知れない、という、二つのもので、後悔もあるし、諦めというものも必要に思われる。


  雪の風景。もう見飽きたと言われそうで、でもそれなりに、これではどうですか、という感じになるが、




  ドウダンツツジも、この新芽もきっと綿帽子をかぶっている。




  雪どけの窓ガラス。向こう側の大粒の水滴、内側の小粒の水滴。




  この窓ガラスをとおして、雪の積もる木々の枝。枝が折れているのもあった。




  右下の緑がかったものは、笹。雪の重みで、しなっている。




  雪の窓。これに特に説明はない。

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