波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

漫画『東京ヒゴロ』を読む

2023年11月07日 | ご連絡

1年1冊、2年で3冊完結の松本大洋作『東京ヒゴロ』読む。大手出版社をやめた漫画編集者が理想の漫画雑誌を作るために奔走するドラマらしいドラマは無いが熱い想い伝わる漫画。漫画に対する哲学を濃厚に感じるのは、すべてのコマがペンで丹念に描かれているから。スクーリーントーンも最小限しか使わず、雨脚も街並みもアパートの片付いていない仕事部屋も、じっくり見るに値する。どこを開いても作家の呼吸や拍動がある、白黒のイラスト集のよう。瀟洒た軽快なマンガでなく、力勝負の圧力を受ける漫画。読み飛ばせない持ち重りする文体の小説に似ている。

松本大洋は、30年前に『ZERO』で驚き、『花男』『鉄コン筋クリート』『ピンポン』、『Sunny』と感心して読んできた。その世界に引き込む力は、暴力的とも情緒的とも言える詩情。絵本『かないくん』(谷川俊太郎作、松本大洋絵)で、作者の色彩感覚が好ましく絵柄が詩だと感じた。「死を重々しく考えたくない。かと言って軽々しく考えたくもない」という主題に迫る見開き頁の色調と図柄がとても印象的だった。絵画とイラストと漫画を区別する必要なんか無いなあと思った。
漫画世界外からも高い評価を受ける作者だが、『東京ヒゴロ』はそういう評価にあぐらをかかず独りよがりの信念や満足感にも陥らない漫画を描き続ける宣言のように思った。人による好き嫌いがあっても、否定出来ない漫画だからこその心を揺さぶる凄みがある。それも最初から。

捨てないし売らない漫画、マンガ棚でなく画集の隣に並べたくなる。こういう感じは、『漫画家残酷物語』の永島慎次、『ねじ式』のつげ義春に似ている。ドラマらしいドラマはないのに、絵が見せ、吹き出しが読ませ、繰り返し開かせる磁力がある。


【続々 もの言えば】前回記事で言いたかったのは、自分と縁のある人が悪く言われたら(それが本当かどうかは問わず)、「そんな人ではない」と言えるだけの人間らしさは持ち続けたいということ。後で自分が間違っていて謝ることになっても。文句を陰で言わず本人に直接言うことと意味や勇気の度合いは同じ。これをやっと思い出した。波風立男の名前に恥じずこのぐらいのプライドは揺るがずに暮らしたいなあ。

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