手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

:健幸クラブ詩吟

2015-02-18 20:08:12 | 詩吟関係
 今日は今月休みというKさんと、Tさんの二人が休み。一寸さびしかった。

 一番後に入ったMさん、学制の話になったとき、お歳を聞いてみた。驚いた。わたしより若いのです。体調が万全でないせいか一寸老けて見えていました。とても覚えるのが早く、音程のとり方が素晴らしいのです。多くのお弟子さんを教えてきています。いろいろな人に出会っていますが、この年齢でこの音程でこんなにすんなり吟になじめる人は珍しい。

 今日は特に発声で口中での音の使い分けを話してあげました。かなり意識してやってくれるようになりました。特に余韻を喉の奥から押し出すやり方が今まで意識していなかった部分みたいで、声に幅が出てきたように思います。早く身に着けてほしいものです。

 同じことを先週の土曜平和教場で話したのですが、昨日の福祉センターでAさんの吟調が変わったのに気が付いていました。帰るとき平和教場で聴いたことがすごい参考になったと言ってくれていました。あの説明はそれなりに良かったのだと思います。

 3月16日の小学校での吟も一通り稽古しました。きっと喜んでもらえると思います。
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二月第三週   今日は素敵な天気だった

2015-02-17 18:28:37 | 詩吟関係
 昨日までの寒さが一気に飛んで素敵な青空の温かい火曜日となりました。第三週です。福祉センターの詩吟今月は今日が最後です。福祉センターと健幸くらぶの詩吟は月三回ですから今日明日で今月の稽古が終わります。来週は少しのびのびできるのです。おまけに冬の寒さも雪も峠を越えたみたいで暖かい日が続きそうです。

 今日の福祉センターは18人の参加でした。最初に先週からの続き「降 雪 陸游」をやりました。「遠近模糊として看れども看えず」という結句。この何日かの道東・オホツク沿岸はまさにその通りだったのでしょう。地吹雪の恐ろしさ、例年札幌にも今時分来るのですが今年は根室方面に行ってしまったのですね。そんな話もしてあげました。

 後半は「城東の荘に宴す 崔敏童」をやりました。「百歳嘗て百歳の人無し・・・・十千酒を沽うて貧を辞する莫れ」つい最近までは百歳なんていなかったけれど今や百歳の人は珍しくなくなりましたねと話し、残された春を楽しむのに貧しさを理由に身を引くようなことをするな、というのでしょうが、現実は現実として白居易の「口を開いて笑わざるは是れ痴人」と同じとても豪快な 飲みっぷりですねとか話してみた。

 帰りがけ、MさんとAさんが話している所を通りかけたら、Aさんから「先生・・Mさん月曜日の教室に入りたいそうです」という。何回か誘った人なのですが、決断できないでいたみたいで、「ぜひいらっしゃい。いつからでもいいですよ」といって上げたらうれしそうな顔をしていた。そのうちに多分入会してくれると思う。かなり上手になっているので楽しみです。

  
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花燃ゆ  松陰が野山獄から出られた事情が分かった

2015-02-16 19:59:21 | 無題
  黒船密航事件後野山獄に収監されたことは知っていた。しかし、松下村塾に到る事情がわからないでいた。

 昨日の放送でようやくわかりました。妹の活躍も立派ですが、やはり素晴らしい人物には素晴らしい盟友がいるのですね。

 松陰の言葉に「何事においてもできないことはない。それは行動していないだけだ。」という言葉がある。「諸君、狂いたまえ」とも言っている。

 出来ないとあきらめる前に死ぬ気で立ち向かえばきっとできる。幕政をそのまま受け入れていた長州が維新の大業を成し遂げる原動力となった言葉でしょう。

 ふと思ったりするのだが、毛利元就の血筋を引く藩主の器量も大きかったのではないかということです。

 これから松下村塾が始まりますが楽しみです。
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春一番の大嵐  

2015-02-15 21:00:29 | 無題
 例年今頃大雪になる。勝手に春一番と言っている。今年は道東・オホツク沿岸に集中したみたい。札幌は風だけ強いけれど雪がついていないので大助かり。

 この春一番が収まると気温も高くなり、日も長くなっているので降った雪も腰が弱くなっていて、解けるのが早く、春に向かう感じが出てくるのです。

 明日の午後あたりから落ち着いてくるみたい。

 昨晩と今晩、フイギュアの四大陸大会を見た。昨日の男子メダルなし、ちょっとさびしい結果だった。今日の女子、宮原が失敗それでも最終滑走だったアメリカの選手が失敗して2位となり、SP三位だった本郷も三位を維持できて何とか日本の面子を保ってくれた。

 この後、三月に最後の世界選手権がある。羽生選手捻挫とかという情報があるけれど、大会に間に合ってほしいものです。女子はソ連の選手が出てくると太刀打ちできないのでしょう。

 間もなく、プロ野球のオープン戦が始まる。楽しみです。今年の日ハムは面白そうですね。
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手稲第一教場・手稲第二教場合同新年会

2015-02-14 19:00:44 | 詩吟関係
 昨日例年やっている合同新年会をやりました。今年は私が昨年から行き始めている昼カラのスナック「ルビー」にしました。この店、中二階のようなソフア席のある構造の店でカラオケのお客はいつも下のカウンター席で間に合っているのです。その中二階席を借り切って、昼カラの軽食付きの形でやらせていただきました。乾杯にビール一杯がつきます。若干の持ち込みOKということで、良い盛り上がりで12時30分から16時30分まで4時間遊ぶことが出来みんな満足で帰りました。

 昨年までは、同じようスナックで3500円でやっていましたが、こんな盛り上がりはありませんでした。

 ちょっと飲みすぎましたので帰宅してブログ書く気になれませんでした。
 
 今朝は5センチほど雪が降っていて、何日ぶりかで雪撥ねをしました。午後は平和教場、ちょっと疲れが残っていましたが無事教室を終わらせてきました。

 今日はバレンタィンですが、娘と孫の連名で送られて来たものと家内からの二件だけでした。例年何件かいただけていたのですが、今年は音なしでした。いよいよ義理チョコもなくなりました。

 ちょっと寂しいかな・・・
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建国記念日・・碌峭会にとっても記念日です

2015-02-11 18:34:41 | 詩吟関係
 2005年12月11日、この日は朝から吹雪だった。その吹雪の中、私の車に三教場長(高橋・福本・今井)の三人を乗せて岩見沢に向かった。岩見沢の象堂流宗家佐々木象堂氏の自宅に向かったのです。

 目的は 象堂流に退会届を提出するためでした。1月の新年会の折、私の最初の詩吟の先生で、私に何かと親切にお世話くださっていた東先生が大変な仕打ちを受けていることを知り、 象堂流から出ることを決意し、各教場に話をし了解を得られたので退会届を取りまとめ、この日提出したのでした。

 建国記念日が奇しくも 象堂流退会、碌峭会出発の記念日となってしまったのです。

 20年間世話になっていた 象堂流ですが私には耐えがたいブレッシャーがありました。数年前から離脱を考えていたのですが、踏ん切りがつかないまま来ていました。これまでに象堂流の屋台骨を支えていた先生方が次々と退会したり、独立し北詩連に加盟したりしていている現状を見てたまらないものを感じていたのです。そんな状況の中でいわば 象堂流の生みの親でもあった東先生を疎外し、結局それが原因での事故で東先生が亡くなることとなったのでした。

 私は当時40名ほどのお弟子さんを抱えていました。退会届はすぐ受理されましたので、すぐに現在の碌峭会設立に動き、その年の4月から現在の北詩連に加盟させていただいたのでした。あれから11年目を迎えます。会員数は25名ほどに減少していますが、三教場とも元気に活動しており、なお、北詩連で新しい吟風と出会い、詩吟を根本から見直すことができました。

 現在三教場のほかに、手稲老人福祉センター公開講座詩吟の講師をして20名ほどの会員の指導をし、さらに町内会健幸くらぶ(老人クラブ)の詩吟の会6人を教えていますので50数名のお弟子さんを教えていることになります。

 自分の吟を振り返って見ますと、 象堂流の時とは吟風が全く変わりました。これが詩吟なのだとようやく感じられるようになってきました。ただ、上手とか下手とかいう評価をされると私は決して上手とは言えないと思います。でも、一応これだけのお弟子さんを持っているというのはそれなりの評価をされてよいのかもしれません。

 今は 象堂流からの離脱、良かったのだと確信しています。

 先日先日高名な彫刻家が「石の上にも3年という言葉があるけれど、石の上にも30年と感じている」とおっしゃっていた。私の詩吟もう40年を過ぎています。今ようやく詩吟を感じ取れるようになってきているような気がします。
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昨日書いた記念大会の日程変更することになりました

2015-02-10 19:40:12 | 詩吟関係
  昨日のブログに30周年記念吟道大会を5月31日にすると書いたのでしたが、手違いがあり6月14日(日)に変更することとになりました。丁度札幌祭と重なるのですが、特に問題はなさそうなのでここに決めます。

 二週間遅くなりますので作業もちょっと余裕ができそうです。案内の返事も4月末日までで間に会うと思います。ただ、ちょっと困るのは来年度から北詩連は新役員体制になるのです。会長も変わるという話が聞こえています。すると、プログラムの祝辞書いてもらうのをどうするかということになります。北詩連の定期総会は4月の第4日曜なのです。プログラムの印刷を5月25日くらいにしておけば、新役員が決定してからでも間に合いますね。そんな余裕もできるということで、6月開催の方がよかったことになりそうです。

 思い返すと 象堂流に加盟して20周年の年に象堂流を離脱して北詩連に加盟させていたのでしたが、もう11年目になるのです。その間、西支部の普及部長を2年ほど、そして総務部長を5年務めさせてもらいました。とても忙しい思いをしましたが、一面とても楽しく仕事をさせていただき良い思い出になっています。

 今日は、福祉センターの詩吟でした。天候に恵まれて17名の参加でした。今日は「弘道館に梅花を賞す」と「降雪 陸游」の二題をやってきました。お一人男性の方が見学に来ていたのですが前半を見学しただけで、後半は帰られましたちょっと残念。

 
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碌峭会創立30周年記念大会の開催を5月31日に決めた

2015-02-08 21:02:31 | 詩吟関係
  迫らないと決断できない愚図です。先週大会会場を確保するため予定のホテルを訪ね、最初の打ち合わせをしてきました。
開催日の候補が二日ありました。どちらが良いか少し確認して5月第5日曜の31日(日)に決めました。

 実行委員会を今週立ち上げて動き始めることにします。いろいろ面倒なことがあります。実行委員にすべて任せるのが良いのですが、そうするとかえって心配が多くなりそうなので、私が中心で動くことにしようと思います。

 今まではプログラムも私がパソコンでつくっていましたが今度は印刷に回さなければなりません。挨拶を頂戴する準備もしなければなりませんし、プログラムの体裁も考えなければなりません。

 大きな大会はこれが最後になるでしょう。やってよかったと思えるものに何とかしたいものです。
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工藤正次さんの通夜に参列してきました

2015-02-07 19:31:34 | パークゴルフ
  今朝の新聞でパークゴルフの先輩でとても世話になさった工藤正治さんの死亡を知った。とても温厚で、親切で皆様から慕われていました。山口西パークゴルフ場を本拠とするバッタクラブの大先輩で、実力もあり、大会で入賞の常連みたいな人でした。私の尊敬する先輩でした。パークゴルフ場につく時間が私と同じくらいのことが多く、一緒させてもらうことをいつも楽しみにしていたものです。

 一昨年あたりやや老化現象を感じていました。そして昨シーズンは遂に入院され、パークゴルフには一度もいらっしゃいませんでした。心配していたところ今日の知らせです。数え歳91歳ということでした。

 昨年からバッタクラブも退会していたはずですから当然でしょうが、バッタクラブからどなたも参列していないようでした。現役で亡くなったのであれば結構参列する人も多かったと思うのですが、今日はちょっと寂しかった。明日の告別式は失礼させていただきます。工藤さん、静かにお休みください。

 最近耳の感度が鈍ってきていて、お坊さんの説教とか、会場の従業員が、正治さんの経歴などをマイクを通して話しているのもさっぱり聞き取れない。会議などでも皆様の発言がよく聞き取れないで困ることがある。やはりそろそろ補聴器などの世話にならなきゃならないのでしょうか。
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手稲第二教場 新人が入って雰囲気が変わった

2015-02-06 18:49:58 | 詩吟関係
  昨年区民センターが使用出来なくなった折マンションの会議室を借りて稽古となりました。その折、世話してくれたOさんの紹介でお一人入会され、今年に入ってすぐ見学に来られそのままMHさんが入会してくださり、二名の増加で会の雰囲気が全く変わった。寂しくなっていたのですが、すっかり落ち着き教場らしくなりました。

 初めに入会されたSさんは他流での指導者資格を有する方で、特別会員としての扱いです。しかし、他流の癖を稽古では全く見せず、私の指導に従ってくれています。吟はとても上手ですからみんなの模範ともなってくれます。新しく入ったMHさんは男性で、北区の方です。私のブログを見てこられたのですが、とても温厚でどっしりとされていて、とても真面目に稽古をされています。

 二人会員が増え、病気で休みがちだった教場長も続けて出席してくれています。今日はSさんが休みでしたが6名の参加で充実した稽古ができました。

 平和教場も新しい教室を二人立ち上げ、一応独立の形ですが、教室には参加してもらっています。教室は立ち上げたものの教えることでは苦労があるようです。頑張ってほしいと願っています。
そこに新人二名が入って活気がでています。心配なのはFさん、入院していたのですが経過がしらされていません。

 手稲第一教場、Kさんご主人の入院で今後が心配な状況です。しかし、雰囲気としては新人の二人が゜とても頑張っているし、先輩たちも吟を楽しむ姿勢に変わっていてとても雰囲気が落ち着いてきています。

 今年は碌峭会の創立30周年になるのですが、この間随分多くのお弟子さんと出会っています。すでに他界した人も二十人を超えている。会員も一番多い時は40名を超えていた。今は25名前後を行き来している状態ですが、健幸くらぶを入れれば30人を超えています。福祉センターの会員も20名ほどいます。今50数名を教えていることになるのですね。

 いろいろのことがありました。でもみんないい人でした。私の人生を彩ってくれています。
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