手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

明日は六月だ

2019-05-31 19:25:07 | 随想
  五月は北海道ではまだ春なのだけれど、今年の5月は真夏日が何日もあり、おまけに雨がほとんど降らないできた。そして、もう5月が終わった。明日から本来の夏6月になる。

 6月に入ると間もなく北海道の一大イベント、「よさこいソーラン祭り」が来る。そして札幌夏まつりへと続く。私の現役のころは札幌祭りが夏服への衣替えの時期だった。今は6月に入れば夏の服装になる。

 ヨサコイ祭りの最初のころは見学に出掛けたものだった。盛んになるとは思っていたけれど、こんなすごい祭りになるなんて全く想像できなかった。オール北海道の祭りになるとは思っていたけれど、今や全国規模どころでなく、国際化してきている。凄い祭りになりました。よくまあこんなに揃えることができたものだと感心させられる。北海道の夏はこの祭りから始まる。

 私にとっても6月は大事な月になっています。今年で34回となる碌峭会交歓吟詠会を6月18日に開催するのです。3月から進めてきた開催についての諸手続きもほとんど終わり、あとは当日の成功を期すだけですが、終わってみなければわかりません。今年は54名での会になります。私の体力もほとんど限界に近くなっていて、今年は何とかなるけれど、来年の保障はでき兼ねる。それだけに今年の会を大事にしなければならない。

 

 
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手稲教場 詩吟

2019-05-27 19:48:08 | 詩吟関係
  今日も全員8名全員が出席してくれた。今週の日曜6月2日は、本年度最初の資格審査会です。3名受審の予定なってます。それで、稽古の最初をリハーサルにしました。先日から梶尾君が譜面台を持参するようになったので、前に譜面台を立てそこに出てきて稽古をしてもらいました。三人ともまずまずの仕上がりです。口の開閉がまだ十分でない。それと全く基本の「言葉は短く余韻は長く」が身についていない。言葉を丁寧に読むのはいいのですが、詩吟の気迫、引き、振りのリズム感が出ない。最近私の体調が良くなく、模範吟をあまりやらないことが響いているかもしれない。

 審査以外の方の稽古は、自分の席でやってもらいました。maさん大分形が決まってきました。だがまだ「わたり」が克服できない。ITさん教本、現役の時やっていない吟になって少し戸惑っている。少し時間をかけてあげるようにした方がいいようだ。

 後半の交歓吟詠の稽古は、全員前に出て二回づつやってもらいました。感想を言えば、またまだだめ!です。やはり気合が入っていない。もおいくらも時間がないのです。来週から少し気合を入れてみます。
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札幌文化芸術劇場で落語を聞く

2019-05-26 19:18:03 | 身辺雑記
  昨日、父の日の贈り物として上の娘が札幌文化芸術劇場で開催される「札幌落語まつり」に私と家内を招待してくれた。13時30分開場、16時開演ということで、手稲南口14時3分発の札幌行きのJRバスに乗った。時計台前に着いたのが15時過ぎだった。昔の市民会館の近くに作られたということは判っていたが、まだ行ったことがないので一寸心配だったけれど。15時20分にたどり着いた。たどり着いたのです。私の足が良く持ったというくらいでした。昔の市民会館のところで尋ねてたどり着いたのです。何と凄いビルディングの中なのです。中に案内の方が沢山いて教えてくれます。4階の入口で列ができていて、その列の中に娘がいました。入場してからも席に着くまで案内がなければ大変な時間がかかったと思います。7階の席でした。

 初めて入ったこの劇場は収容人数2000名の大ホールです。素晴らしい劇場です。しかし、落語に大ホールは不似合です。二階の出っ張り席で、舞台は三階下みたいな感じです。音響が良いから大丈夫かと思っていたけれど、声はほとんど聞き取れず、パフォーマンスも言葉が聞こえないのじゃ面白くもない。顔は輪郭が分かるくらいで目鼻も表情もわからない。

 出演者は、桂宮治、林家たい平、桂枝光、三遊亭好楽、桂文枝の四名で2時間半でした。笑いに行ったのに笑うこともなく二時間半眺めていたことになります。終わって出るのも大変でした。7階から一名用のエスカレーターで降りるのですから時間がかかります。劇場から外に出るのにこんなに時間のかかる経験は初めてです。別に広い階段もあるようでしたが、7階から階段を歩いて降りるのは私にできません。下に降りたらもう19時を過ぎています。食事は地下街ですることになりましたが、私には強行軍でした。

 楽しませてもらうはずが、疲れ果てての帰宅になりました。折角の娘の贈り物なのに、疲れを戴く結果に終わったのは残念でした。

 落語に大ホールは似合わない!!
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明日落語を聞きに行ってきます

2019-05-24 19:56:29 | 身辺雑記
  上の娘から父の日の贈り物として、「さっぽろ落語まつり」の入場券が贈られた。生まれて初めて経験する落語会です。会場は札幌文化芸術劇場、以前市民会館のあったあたりに作られたはずですが、行ったことがありません。

 15時30分開場、16時開演です。出演は、桂宮治、林家たい平。桂枝光、三遊亭好楽、桂文枝となっています。知っているのは、たい平だけです。

 歩くことが大変な私ですが。大通りから会場までくらいなら何とかなるでしょう。久しぶりに心の底から笑うことができればいいのですが、どうなのでしょう。

 家内も一緒に行くことになっています。
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交歓吟詠会 プログラム完成

2019-05-23 19:37:41 | 詩吟関係
  午前中、街づくりセンターに行き、輪転機を使わせていただき、B4カラー用紙、裏表2枚、60部を印刷させていただき、午後から手稲教場の女性5人に手伝っていただき、ホッチキス止めをしてもらって完成しました。
 例年、自分のPCで印刷していたのですが、街づくりセンターの輪転機使わせていただけるかもしれないと思い、電話したら予約の入っていない時はいつでも使えることが分かり、今年は輪転機で印刷したので助かりました。

 もうかなり昔のことですが、私が手稲文化協会の役員をしていたころ、コミニユテイセンターの中に在る街づくりセンターの輪転機を随分使わせてもらったのでしたが、その時の輪転機はB4の印刷ができなかった。それと個人が使うことができるかどうかわからないで来ていたのです。今回、その二つ問題がクリア出来、印刷をさせてもらいました。街づくりセンターは、区民のための施設なのですから、区民であれば個人でも使用できるのは当然のことだったのですね。

 ほんの20分くらいでホッチキス止め終わりました。会員の方こんなことでも手伝えることがうれしいようでした。終わってから私の行きつけの昼カラ店によって3時半までカラオケを楽しんできました。
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6月18日開催予定の交歓吟詠の打ち合わせをしてきました

2019-05-20 19:54:25 | 詩吟関係
 中心となってホテルとの折衝などをしていただいている小田桐さんの都合で今日最終打ち合わせを終えた。

 帰宅後、手を入れなければならない部分を訂正して原稿を作りあげた。

 ヤマチは過去に何回も使っているのですが、どうも昔と様変わりしているみたいです。10周年の時だとか、花林の全道大会などで使ったときと違う感じがある。サンプラザの会場とと同じくらいを考えていたけれど、どうやら昔の一室を二つに区切って使わせているようだ。それでも昔と同じ料金を取っているみたい。サンプラザより近いのだから良しとしなければならないのでしょう。

 今回の交歓会、私の受賞記念大会にするといわれて、OKをしてしまい、横断字幕もその通り作ったのですが、断ればよかった。折角だから賞状と記念写真など一式飾ってもらおうと考え、飾る手配をしてもらいましたが、取り下げてもらいました。

 今までは、私の会費は免除してくれていたのですが、今回は徴収されるようです。私の祝賀ということですから、プログラム作成、通信費などいただかないでおこうかと思っていたのですが、一万円を予定してくれているみたいですから、それは戴くことにします。

 とにかく、準備はできました。明日、輪転機用に原稿をコピーして、木曜日にプログラムを完成させます。
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碌峭会 交歓吟詠

2019-05-17 18:19:52 | 詩吟関係
 私の詩吟教室「碌峭会」の交歓吟詠会について書いてみます。

 ブログで何回も書いていますが、まとめて振り返ってみたいと思う。

私の詩吟の教室は最初は 象堂流平和吟友会と命名しました。しかし最初の二年は私が現役でしたので、指導料をいただかないいわば同好会的な会として発足しました。三年目に私が退職しましたので、正式な道場として活躍することになりました。その後、所属していた流派が恵山流から 象堂流へと変更になり、私の吟号も騄象としました。それに合わせて、会名も騄象会平和、碌峭会手稲第一、第二として20年間来まして、20年目で 象堂流を退会して独立し、北海道詩吟連盟に加盟させていただき、今の碌峭会になりました。

 私は吟道を学ぶことは当然の目的だけれど、詩吟という芸能を学ぶ友達との交流を深め、絆を深めることにより、より豊かな人生を創造してゆきたいと考えていました。どこの会でも一年に一度は新年会とか忘年会として懇親会を持ちます。私の会も最初の二年は会だけの懇親会を開きましたが、3年目に実質的な会になったところで札幌三道場交歓吟詠会を立ち上げました。平和吟友会が主催で札幌東区にありました 象堂流札幌会と葳松会(いしょうかい・・西陵高校の先生方を中心にが立ち上、同僚のTさん宅を会場にして、月一度宗家に来ていただいて指導を受ける会)の三道場交歓吟詠会として発足しました。次の年から当番持ち回りで開催してきました。これはあくまでも独立道場の自主的な活動ですから宗家の許可は必要ないと考えていまして、案内は当番教場がする形でいちいち許可を戴くことは考えずに開催していましたた。しかし、宗家は札幌会が当番の折一度来てくれただけで後は、東先生、葛西先生が出席してくれる状態できました。問題は5回目に起こりました。札幌会が当番になったのですが、時期が来ても案内がないのです。結局この年交歓吟詠ができず、私の会の合同忘年会で終わりました。翌年札幌会が一年遅れで交歓吟詠を開催してくれたのですが、この時の参加者は騄象会からは30数名参加したのですが、当番の札幌会は6名、葳松会からは2名の参加しかありませんでした。これでは交歓吟詠が私の会のために開催されるようなありさまで、他の会に迷惑をかけるようなありさまになりました。

 翌年が騄象会の創立10周年でした。それで碌峭会創立10周年記念大会を開催し、これで札幌三道場の交歓吟詠は終わりにさせてもらいました。そして11年から騄象会交歓吟詠会という形に改め、騄象会三教場と私が講師をしている手稲老人福祉センター詩吟講座受講者を含めての交歓吟詠会として進めてまいりました。この交歓吟詠に毎年宗家に案内を出しましたか、一度も宗家は来てくれませんでした。代わりに東先生が宗家代理として参加してくれていました。そして15周年記念大会の折も宗家は参加してくれませんでした。要するに、開催に当たって宗家の了承を戴くことをしなかったのがいけなかったのだと思います。このことに一番立腹されたのが東先生でした。部下がこのように会員をたくさん集めて記念大会をやること祝福もしないのかとおっしゃっていました。私もこのあたりから、宗家のやり方に我慢ができなくなってきました。特に流派を代表するような立派な先生方が次々に干されてやめて行く姿は見かねる思いでした。宗家流とはいうものの、理事会もあるのです。とても納得できない事案につて私は何回か質問をして善処を約束してもらいましたが全くなしのつぶてで握りつぶされていくのでした。

 また、 象堂流競吟大会の団体総合優勝は宗家の本拠栗山が常勝だったのですが、それを破ったのが私の会でした。会員数も宗家に次ぐ人数になっていました。

 そんな中で20年目を迎えます。正月理事会があり新年会が開催されます。此の理事会で私は東先生に6月の 競吟大会が終わったら 象堂流を退会する旨の話をする決意を持って出かけました。ところが東先生が見えないのです。何と暮れに理事長と事務局長が東先生の家に出向き、正月の理事会、懇親会に出ないで下さいと話してきたということが分かりました。ここで、6月退会の決意をあらため、すぐに退会する決意を固めました。1月のうちに騄象会三教場に私の決意を告げ了解を得て、2月11日に三教場の代表とともに宗家の自宅を訪ねて退会届を提出してきたのでした。そして騄象会を碌峭会として独立し、4月から北海道詩吟連盟に加盟することとしたのでした。  以下次号に
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福祉センター詩吟  

2019-05-14 18:04:24 | 詩吟関係
  良い天気で20名の参加でした。先週からくるようになった民謡の田中先生、今日もいらっしゃいました。

 前半「松前城下の作」をいつもの通り、素読、範吟、 男女別の合吟をして、 独吟二入りました。その途中に後ろの入口から男の方が身を乗り出して何かいっているのですが、よくわかりません。誰か知り合いの方を探しているのかと思い、気にせずに進めていました。 独吟が残り5人ほどになったとき、前のドアから先ほど後ろのドアから身を乗り出していた方が入ってきました。そして私のところへ来ます。何と施設の職員の方でした。今大学の福祉科の女子学生が20名ほど施設の見学に来ていて、こちらも見学させていただきたいといっているので、見学を許可してくれますかという話でした。いいいですよと返事をして入っていただきました。残りの5名ほどの 独吟を聞いてもらいました。ここでいつもだと休憩に入るのですが、折角見学に来ている方に見学していただいた甲斐もありませんので、休憩をせずに次の課題吟「問梅閣 高啓」を素読から男女別の 合吟まで進めました、そこで見学の方が退出しました。そこで、休憩を10分ほどとって 独吟をやっていつもの時間で終了することができました。

 20名になると、解説などでの時間が制限されます。 独吟の時間を一人2分以内で納める時間設定にしなければなりません。逆に吟以外の時間をあまり考えなくても良いので楽でもあります。

 
 民謡の田中先生、先週は3本でやらせてみたのですが、声に余裕があるように思えました。民謡の声は良く聞いていて、とても素晴らしい声なのを知っています。それで前半の「松前城下の作」で4本で伴奏をつけましたら、高すぎました。後半3本で取りましたらきれいに吟じることができました。暫く3本でやらせることにします。
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午後厚田までドライブ

2019-05-12 19:08:55 | 身辺雑記
  今日午後から天気が良かったので娘に運転してもらって厚田までドライブしてきました。港の出店が午後やっているかどうか不安だったのですが、幸い一軒だけまだ店を開けていまして、目的だった飯鮓、1個1000円が3個残っていて、一個500円にしてくれるというので3個購入してきました。道の駅、車を入れるのにどうか心配だったけれど、すぐは入れて、二階でアイスを食べ、棒寿を買い、下の売店でも少しの買いものをして楽しんできました。厚田の道の駅、相変わらずの混みよう。行く時前を列をなして走っていた車も全部道の駅に寄ったように思われました。

 いい天気が続きます。気温がそれほど高くないけれど、とても気持ちの良い毎日です。花畑の草取りをしなければならないのだけれど、身体が動いてくれません。

 軒下畑の小松菜が芽を出しました。花畑は今チュウリップの赤で染まっています。なんで赤が増えるのでしょう。
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交歓吟詠会のプログラム作成でブログはお休みしました

2019-05-11 19:18:20 | 詩吟関係
  6月18日に予定している碌峭会交歓吟詠会のブログラム作成に取り掛かり、ようやくPCにうちこんだ。
ブログラムだけでなく、この後みんなで検討してもらうための資料なども作らなければならなくて、苦労しました。54名の参加者で開催することになりますが、この出席者全員を知っているのは私だけですので、懇親会を含めての席順なども私が決めなければできません。とにかく後みんなで校正をしてもらい印刷おをするだけの準備ができました。やれやれというところです。
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