手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

北詩連定期総会に出席  

2010-04-30 19:55:42 | 詩吟関係

 例年のことですが、ホテルKKR札幌が会場です。北詩連の監査役になっていますが、委員は三人、監査報告も別の方にお願いしてありましたので、ただひな壇に座るだけです。13時から理事会、14時30分から総会、総会では結構意見もだされ16時過ぎまで掛かりました。

 終了後恒例の懇親会、2時間の時間はあっという間でした。二次会、いつものようにペルシャに行くことになりました。とても盛り上がり時間を忘れていました。

 どうもこのメンバーで飲むとすっかり調子に乗っちゃうみたい。帰宅したら11時少し前でした。さすがに今日は疲れていました。手稲第二教場が休みだったので助かりました。

 第一回の幹事会を10日に設定することにして、岡先生が手配をすべてやってくださいました。
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事業仕分け 民主の支持率向上につながるか  NO !

2010-04-28 19:02:16 | 無題

民主党の事業仕分け第ニ弾、始まっている。ここを期待して私も民主を選んだ。しかし、今実施されている事業仕分け、大変素晴らしいと思うけれど、でも民主党の現状では評価することが出来ない。

 折も折、小沢さんに対する検察審査会の結論が出た。「起訴相当」しかも審査員全員の意見だったと言う。でも小沢さん止めないという。鳩山さんは、頑張ってとエールを送っている。同じ穴のモグラだもの、当たり前だ。

 普天間で、今日徳之島の有力者に斡旋を依頼したが、当然だけれど賛同してもらえなかった。アメリカから国務長官が来日している。これは普天間の始末を早くつけて欲しいと言うことだと思う。アメリカの政府は、前政権との合意で、海兵隊の一部グワム移転を決めていた。その対応が出来ないとなると、日米双方にとっても大きな負担が掛かるのだ。ここをよそにして、普天間問題の交渉延期は沖縄県民に対する裏切りだけでなく、沖縄の負担を際限なく延長するに等しく、アメリカに対する約束違反を攻められても仕方なくなるはずだ。

 こんな状況下での仕分け、折角の努力も民主党の支持率向上につながるはずは無いと思うが・・・・。まあ私の感じ方が間違っているのであれば幸いだけれど。
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普天間の移設先  やっぱり前政権の決めたところに落ち着くのですか

2010-04-26 19:58:30 | 無題

 辺野古沖、唯埋め立てるのでなく、杭を打ってその上に飛行場を作ると言う案みたいだ。これも前政権の中で検討されたものだと言う。これが腹案だったと言うのだろうか。
 
 言えないですよね。腹案は徳之島だった。何人かの受け入れ賛成派の方からの話に乗って、振興資金をつけてあげれば飛びつくと思ったのでしょう。もう、徳之島はアメリカも受け入れる状況に無いし徳之島の住民は聞く耳持たないでしょう。

 結局、辺野古はだめ、県外と選挙公約しながら、辺野古にもどる。沖縄県民は簡単に受け入れることは無いでしょう。初めから前政権がアメリカとも合意し、地元も何とか受け入れてくれるところまでこぎつけていたここに決めておいて何も問題は無かったのです。
 
 それを、政権が変わったのだから、今までの日米合意も改めて見直す、沖縄の県外に普天間は持ってゆくと、烽火を上げて、沖縄県民の気持ちをゆすった。沖縄の県民の喜ばないわけが無い。それが、沖縄県内のあちらこちらに打診の手を伸ばし、どこも蹴られてきて、徳之島にたどり着いたら、島全体の猛反対を受ける始末。そして、最後の手段、元に戻る。今度の言い訳は、初めからゼロベースで見直してきただけだ。結局、元のところへ戻るけれど、埋め立てるのでないと開き直るのだと思う。

 昨日の沖縄の県民大会で、知事が、嘉手納の苦痛を早く取り除いて欲しいといったけれど、県内移転反対といわなかったところに何か伏線がありそうにも思うけれど、決着が着かなければ、普天間現状維持が続くのだから、普天間の住民を慮って一刻も早く普天間の苦しみを解消して欲しいと言うのはきわめて当然な言葉だと思う。

 政権が変わって、直ちにやったインド洋の給油活動。アメリカは継続して欲しいと言っていた。それを止め、アフガニスタンで独自の活動をするといってきた。どこまで世界に認められる活動になっているのだろう。そして、日米合意にこぎつけていた、普天間の辺野古移転も見直し、いまさら何とか助けてくれも無いもんだ。しっかり、沖縄の住民と話をして5月一杯までに解決して欲しいものだ。自分で蒔いた種だ。しっかり後片付けをしなさい。今頃になって、アメリカに出て行けといって聞き入れてもらえるものでもない。どうするつもりなの、岡田外相がアメリカに、辺野古沖の杭打ち案了解を取ったと言うけれど、沖縄の住民を納得させなきゃならないのだ。
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新党乱立!!!  舛添え新党 風あたりが強い

2010-04-25 19:13:42 | 無題

 民主党の評判ががた落ちしているのに、自民党がすぐにでも取って代われるような有様でない。民主党が駄目、じゃあ自民党とならない状況に痺れを切らす人は多い。

 そんな閉塞感を破ろうとして自民党を出て新党結成がなされているが、いまいち歯切れが良くない。先に結成された与謝野さんたちの党も平沼さんが入ることで新鮮味がなくなった。今回の舛添さんは、参議院改革クラブに仲間入りとなるとまたすっきりしない。

 民主党の人気が下がっているが、このままだと参議院選で民主党に過半数を取られるかもしれない。そうなっては嫌だ。そんな思いで新党が出来たけれど、果たして、新党がどれだけ票を伸ばせるのか。何か、舛添さんがいなくなって自民党の議席が減るのは確実でしょう。そして、票がばらつく可能性がある。すると、それが民主に有利な条件になるかもしれないのだ。

 まあ、どうなるか分からないが、無党派層の票はかなり「みんなの党」あたりに流れるのかもしれません。これで、舛添さん「みんなの党」に入ったら、第三党間違いなしだったのじゃないかと思ったりします。思い切って反民主で団結して、新党が大同団結して行ったらおもしろいと思うけれど、水と油みたいな関係の人も多いから難しい注文になるのでしょう。
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間もなくゴールデンウイークだけど

2010-04-24 20:55:35 | 随想

 今年は大型連休です。でも、私には関係の無いことみたいです。ただ、昨年は確か四月の末くらいから5月の連休明けくらいまでとても暖かいいい日が続いたように思います。それで、連休に家の周りのチッチヤな畑だけれど、耕して、トマトとかきゅうり、茄子などの苗を植え、ささげなども蒔いたりした。ところが、5月の中ごろから気温が上がらず、寒い日が続いたりした。折角植えた苗は育たない、蒔いた豆は芽生えないと言うひどいことになった。去年は6月に入ってから苗を植えればよかったようでした。どうも、今年は更にひどい感じです。三月、四月春の青空が広がった日、何日あっただろう。

 去年は海水浴の出来るような日もほとんど無かった。今年もどうも去年に似たような冷害を心配しなければならない年になりそうだ。

 週間天気予報もあまりよくない。本州の寒暖の差、50何年ぶりとか報道されていたけれど、温暖化が言われているのに、寒冷化に走っているみたい。とにかく困った天気です。
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地域の文化活動を盛り上げるために

2010-04-23 19:53:02 | 随想

 手稲区は地域文化の振興がうまく進んでいるのだろうか。何か足りないものを感じる。

 地域文化の発信元となる地区センターなどの活動を見ていて思うことだけれど、設定される講座に教養講座(文学・芸術・芸能)がほとんど開設されていない。開設しても受講者がいないと言うのですが、実際そんな講座の募集も見たことが無い。

 10年ほど前に私は稲苑大学(老人大学)に所属しました。その頃の講座には、短歌・俳句・民謡・ダンスなども入っていて、そこから会員が生まれたりしていましたが、最近はそのような講座かあるのかどうかも分からない。稲苑大学の3期生くらいだったでしょうか、20人くらいが詩吟に入って一団体として文化協会に加入したてことがありますし、今年退会になりましたが俳句の団体も出来て、文化協会に加入したこともあったのです。稲苑大学のOB会ではいろいろのサークルを作っているようですが、パークゴルフとかカラオケが中心みたいで、そのあたりにまとまって、今ひとつと言った感じです。

 中央区に行けば、NHKとか道新とか、放送局などが主催する文化講座があるのですが、手稲区にはそんな計画は無く、文化協会も既成のサークルをまとめているだけですから、何かこのままだと、文化活動は衰退の一途をたどるように思えてならない。

 いろいろな分野で講師をボランティアでもやってくれる人は手稲にも沢山いると思うのですが、そのような埋もれた人材を活用しての、文化活動振興策を区として考えてもらえないものなのでしょうか。

 手稲に30年も住んでいますが、手稲で文化講演会を聞いたことも無い。文化協会で講師を呼ぶことも出来るかもしれないけれど、会場費などの問題があつてできないのが実態です。  
 一年に一回くらい、文化講演会を区が開催するなんてことは無理なのでしょうか。
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手稲文化協会 22年度定期総会を終えてきました

2010-04-22 20:34:12 | 手稲文化協会関係

 17時45分、区民センターに着き、会場つくりを始めたらすぐ俵先生が和先生と一緒にいらっしゃった。続いて西川華之人先生と剣持さんがいらっしゃった。更に新しく役員にお願いした加賀谷さんが来てくれた。

 お陰で会場つくりもうまく進み助かった。

 会議はとてもうまく運んだ。現在実施中の事業のあり方などについて厳しい意見もありこれからの事業展開のため有意義だった。

 当面、7月の第2回舞踊の集いの成功に向けた取り組みが必要だ。

 地域振興課の文化協会担当の方が代わったとか。明日でも挨拶して、舞踊の集いのお願いをしてこなくちゃならない。
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「尽日春を尋ねて春を見ず」  戴 益

2010-04-21 21:08:04 | 随想

 戴益の詩で残ってきているのはこの詩だけです。「春だというので、小さな春を探して、一日中杖を突きながら幾つもの山を歩き回ったけれど、ついに見つけることが出来なかった。そして帰宅して庭の梅の枝を見ると、梅の芽は大きく膨らみ今にも咲きそうな状態ですでに春が兆していた。」といった意味の詩です。多分、「立春」の頃の詩なのでしょう。

 日本の和歌などにも、「春立つ日」として読まれたものも多い。暦の上の春は、春には遠いのです。そんな趣と、一日中尋ね回ったが、見つけられなかった春が、なんとすぐ家の前に来ていた、というあたり、身近なところにある真実を見逃しがちなわれわれの生き方に対する比喩が秘められているのかもしれない。

 例年、この時期の天気の良い日には、カメラを持って春を探しに出かけるのですが、今年はそんな気を起こさせるようないい日が無い。情けない春です。 
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あの鶯の声を聞きたい

2010-04-20 19:43:46 | 手稲文化協会関係

 山菜取りに行かなくなってもう何年になるのだろう。5年も経っただろうか。5月の連休明けに、2度出かける。一度目は「行者にんにく=あいぬねぎ」とりです。月形の向こうの札比内というところの渓谷の奥に行くのです。車を置いて1500mくらい歩きます。この沢に入ると鶯の啼き声がとても心地良いのです。静まり返った澤の空気をゆするように聞こえてくる。この声を聞くだけでも来て良かったと思うのでした。

 2度目は5月の末になります。このときは月形の山奥に出かけ、独活・たけのこ・蕗を取ってくるのです。このときも、鶯の鳴く声を聞けます。

 山菜取りの楽しみもさることながら、今の住まいにいては聞くことの出来ない鶯の声を聞くのが楽しみだったのです。そのどちらも今は失っています。
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平均寿命も越えた・・皆どうしているのだろう

2010-04-19 20:16:42 | 身辺雑記

 これまでの人生、いろんな人と付き合ってきました。もう思い出せない人も多いけれど、同じ世代の友達には忘れられない人も多い。しかし、定年後は会う機会も少なく否応なしに疎遠になってゆく。70歳前くらいまでは、時々飲んで楽しんだ仲間も、それぞれの事情もあり、会う機会がなくなってしまっている。

 私は、詩吟という世界で、それなりの付き合いをさせていただいている関係で、詩吟の仲間が新しい友達となってくれていて、現役時代の同僚との付き合いは全くなくなっている。

 多くの人は、生涯の友といった方をお持ちで、たとえ狭くても、深い付き合いを楽しんでいられるのでしょうが、私は、浅く広い付き合いを、今もしているようです。

 年賀状だけは、200人くらいやりとりしていますが、それだけで、もう会うことのない方がほとんどです。

 この歳になると、いろいろ出来なくなります。多芸多趣味と言っていいほうだったのですが、次々にそぎ落とされてゆきました。マージャンは強いほうでしたが、10年前くらいからまったくやっていません。囲碁は15年前くらいにやめたままです。スキーも10年前くらいで終わりました。釣りは山女釣りで一年に一度は行っていたのに昨年は行きませんでした。また、山菜取りも好きでしたが、3年前くらいからやめました。

 肺気腫がかなり体にこたえる状況になり、おまけに、少し無理をすると腰に来ます。先日のタイヤ交換で腰を痛め、ようやく回復しましたが、こんな状態でささやかな家の周りの畑も今年どうなるのか分からない。次々とそぎ落とされるようにやりたくても出来ないことが多くなっている。全く自然な現象ですが寂しくなります。
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