昭和ひとケタ樺太生まれ

70代の「じゃこしか(麝香鹿)爺さん」が日々の雑感や思い出話をマイペースで綴ります。

今日から師走

2005-12-01 16:37:38 | 日々の雑記
 今日から師走です。当たり前のことですが、平成十七年度(2005年)は、この後一ヶ月(31日)で終ろうとしています。加齢に伴い月日の経過は年々速くなって行く様に感じられると、良く云われますが、特段そんな気持ちにならずに過ごして来ました。
 今さら僅かしか残されていない余命を考えると、あの世に行くのに、わざわざ急ぐ事も無いだろうと云う思いから、日々努めてのんびりと過ごしているつもりですが、己には気付かぬ内に生来のせっかちさに、加齢の因る性急さが加わって来ているのかも知れない。

 この師走という言葉の由来は色々と在るようですが、もうかなり前から広く知られているのが、12月に入るとお寺の和尚さんが、それぞれの檀家を気忙しく走り回る姿からだとする説です。確かに日頃は落ち着きはらっている坊さんが、忙しく走り回る姿を見るのは、やはり奇異に映り、それを見る側からすれば、唯それだけでそれに釣られて、何となく気忙しい思いになるのでしょう。

 現役時代には坊さんならずとも、好むと好まざるにかかわらず、一年の締め括りの月としての業績アップのために、それこそ寝食を削って走り回らなければならなかった。それが当り前だったのです。
 現役を引退して数年経った今では、そんなことも在ったなぁーと、時折り懐かしく想い出すくらいで至って暢気なものです。
 しかし一旦商店街へ出掛けると、クリスマスやお歳暮品の大売出しの派手な広告の賑やかさに、年甲斐も無く気が急かれ、せかせかと動き回っている己の姿を見出します。

 さて今の我が身はまさに年金生活者、悠々自適には程遠い現状で、師走などとは無関係と思っていたのですが、二日前の突然の初雪とその後の強風や冬の雷などに、すっかり出足を挫かれて3日ほど家に閉じ込められて仕舞った。
 そのために月末の公の支払いなどが滞り、その上月初めの予定と合い重なり、とんだ忙しさを味わう羽目となった訳です。
 公的な支払いは銀行からの引き落としにして置きさえすれば、月末月初と忙しい思いはせずとも済むのですが、それでは年寄りの出不精が益々昂じてボケに繋がるから、月に一度や二度の役所通いはむしろ薬になるなどと勝手な屁理屈を並べていたばかりに、今日になって天手古舞いの憂き目を見る始末に至ったのです。
 かくして今日1日で普段の月末月初約3日分の所用を、昼食もそこそこに、その上日課の昼寝を抜いて駆けずり回って、無事に済ますことが出来ました。例えたったの一日間の繁忙でしたが「師走」の雰囲気に浸り事が出来て、更に折からの師走特有の夕焼けに暫し見惚れながら、このところすっかり忘れていた心地良い疲労感に浸っていた次第です。時間を持て余す毎日が、また明日から始まる事でしょう。
     人並みに体験した師走の忙しさを癒やして呉れた夕焼けと[雌阿寒岳」