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逆風に抗して Against the wind,♪ we are running against the wind.♪
ここではないどこかへ。モモンガーの旅
2018年に横浜から信州にUターン
自転車と日々の生活を
綴ります。
 



久しぶりに強い日差しが出てきたので、ベッドマットを引きずり出してっ天日干し。


掛け布団、敷布団は黒色のビニール袋に入れて、日に当てて布団干し。これで袋の中は数十度になり、ダニの成虫は勿論、玉子もゆで卵になって完全に死滅するはず。


夏の日差しでダニパンチ。



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諏訪湖SAで昼食の為、上り線のSAへと糸静線の断層崖をよじ登る。諏訪湖SAは諏訪盆地を見渡せる絶景ポイントにあり、温泉まであるが、一般道路からアクセスしようとすると、絶壁をスイッチバックで登っていく感じ、それがまさに、糸静線の直上であることを示している。

昼食後、諏訪盆地の最後の訪問地、岡谷市の湊花岡地区へ。


ここは2006年の豪雨で7名の方が亡くなった現場。ここも糸静線の断層崖の上流で発生した土石流が湖岸の扇状地をおそったもの。


岡谷では去年も同じような災害が発生し、人が亡くなっている。
今は河川改修され、水は流すが、土砂は止める砂防ダムが上流には完成しているが、これで本当に土石流から逃れられるかと言われれば???でないだろうか?


さて、長野や諏訪の危険な地形を見て回って来たのだが、最後は勿論、松本へ。
中山霊園から新興住宅地の中山台を眺めた所。中央の緑の森林に囲まれた台上の土地が中山台だ。だが、この中山台を囲む両側の緑の部分、牛伏寺川の流れている所が牛伏寺断層の断層崖である。


牛伏寺断層は松本市街では明瞭な断層として見つけられないが、前回見た熊倉の断層から島内から並柳を経て、牛伏寺川沿いに南下し、ここ中山で明確な断層が現れ、さらに高ボッチ、塩尻峠、諏訪へと続いているものと思われる。最近でも2011年の長野県中部地震とか、2年前の高ボッチ東山林道の大規模地滑りとかがあり、この断層は活断層=今も動いている/動く可能性が高い断層で、Wikiによれば「現在を含めた今後数百年以内に、M7 から M8 程度の規模の地震が発生する可能性が高い」と言われている。

最後に寄ったのがアルプス公園の森の里広場。アルプス公園の西側の崖の途中に比較的平坦な広場があり、そこに古民家を移築して公園になっている。崖の途中の広場⇒前回も見た地滑り後の地形ですね。ここは実はまだ滑り切っておらず、さらに奈良井川まで滑り落ちる可能性が高いのだそうだ。
シロートから見ると、森林の中、平で長閑な風景なのだが、周りにはそこかしこに地滑りの跡があり、しかも糸静線の断層崖の上と知ってしまうと、怖くなる。


ブラタモリなどに触発されて、今回のハザードマップを持って地形を眺める講座に参加したのだが、今まで知らなことを知ってしまったのが良かったのか?悪かったのか?
早速、ハザードマップを持って我家の周りを見回してみようと思った。
歩き回ったのはこんなルート。地図ダブルクリックで位置を確認できる。



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前回の地滑り現場をみてから2週間が経ち、ハザードマップを持って地形を巡る市民教室の二回目は糸魚川静岡構造線と中央構造線が交差する諏訪地方に5/28㈰にやってきた。もともと中央構造線があった上に、糸静線が横ずれを起こし、地面にぽっかり数百メートルの穴が開き、そこに周辺の土砂が流れ込んでできたのが諏訪盆地/諏訪湖、これを横ずれ堆積盆というのだそうだ。

最初に訪れたのは上諏訪駅から数百mしか離れていないのに、辿り着くのにグルグル回ってようやく着いた茶臼山の段丘上。すぐ下に上諏訪の駅があるのだが、糸静線に断崖絶壁の上だ。



断層崖を徒歩で斜めに下り、いかに断層崖が急か思い知る。

急な崖から今度は真っ平な諏訪湖の湖畔へ。ここは数十年前に埋め立てられた湿地帯で葦の原が広がっている。長い年月をかけて断層の切れ目に数百mもの土砂が貯まっているので、水分を含んだ土砂の為、超軟弱地盤で地震時には液状化が起こり、揺れも激しいのだそうだ。


で、参加者が付近に不思議な赤い看板を発見。


立ち入り禁止、火気厳禁、連絡先スワガス????


堆積した地盤に溜まったメタンガスを地下水と共に汲上げ、水とガスを分離していたガス田の跡。今は使われていないが、高度成長期までは諏訪地方のガスはこの辺りから採れていたらしい。そう言えば、諏訪湖の湖面に時々ガスの泡が浮いてくるのを見たことがあるような気がする。

平らな所から、今度は茅野側の断層崖へ。2001年に断層崖と直交する下馬沢の上流で地滑りが起き、その下流の扇状地が被害を受けた場所。諏訪神社上社のすぐ近くである。今は河川改修が終わっているが、この沢全体を土石流が流れてきたことを想像すると、空恐ろしい。


さらに沢の横には、小袋石(おふくろいし)の案内板が


沢横をしばし登ると、ミニ御柱を立てた洞の向こうに大石が見える。


こんな大きな石が斜面の途中に止まっている。かって2001年の土石流を何倍も上回る土石流で流れ着いたものなのだろうか?


岩の種類は泥岩。かって海底に流された砂礫が圧縮され固まった岩が、山の上から転がってきたわけだ。


こんな物が地響きとともに転がってきたら、、、、ひょっとして、諏訪大社ができたのは、このような自然災害とも関係しているのだろうか??

帰り道、扇状地の端を通ると、林間に見たことのある建築物、藤森照信の高過庵がチラ見えした。水害でも水からは逃げられそうだが、あんな大石が流れてきたらアウトだね。


と午前中の見学はこれで終わり、昼食後の記事はまた明日UPで。
見学した地点は下図をダブルクリックで。



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フレンチバロックコンサートの終わった後は、関係者を囲んでのディナーに特別参加させていただいた。


普段とは異なる分野のお話を楽しく聞かせていただきながら頂くフレンチは大変美味しく頂けたので、写真少なし。


デザートまで、話は尽きなかったが、このあたりでお開き。ご機嫌で帰宅したのであった。



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5/25㈭、朝一番の電車に乗って、上野の国立西洋美術館にやって来た。所が、この行列、、、、
良かった、これは当日券を買う人の列だったので、私は入口からすぐ入場。



今日の目的はこれ「憧憬の地、ブルターニュ」


不覚にも知らなかったが、Bretagne(仏)=Brettany(英)、ブルターニュの起源はイギリスから海を越えてやってきたケルト人なんだね。だから、純粋?のフランス人にとってブルターニュ地方は半分異郷、そこにやって来たフランス人画家や日本人画家の絵の展示だ。

まずはモネ


そして、本日のお目当てはゴーガン


シャルル・コッテ


リュシアン・シモン



モーリス・ドニ、



この後に、日本人画家が描いたブルターニュの絵が多数。

ブルターニュを感じる、フレンチ三昧の半日であった。




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5/14㈰、「ハザードマップを持って、地滑り現場を見て回る」ツアーで次に向かったのは信州新町の岩倉山。ここは1847年の善光寺地震の際、地滑りが起こり、犀川を堰き止める高さ60mの自然ダムができ、それが地震後に決壊して、川中島扇状地を押し流し、さらには信濃川の下流、新潟県にも大きな被害をもたらした、場所。地盤が弱く、最近も道路崩落で国道19号線がしばしば不通になる場所でもある。


地滑りの結果、下部で犀川を堰き止めただけでなく、不思議なことに地滑りの上部にも大きな池ができている。



地滑りのメカニズムを聞いて、ようやく合点がいったのだが、地滑りは山塊全体がすべり面の上を滑って落ちる。落ちた後には往々にしてU字状、もしくは凹状の土地が残り、動いた山塊との間が窪地となり、そこが池になるのだそうだ。



岩倉山の地滑りの規模は想像を絶していて、数kmに渡って山が流れ、犀川を60mの高さで堰き止めたため、八坂、生坂は水没したらしい。岩倉山から数km下り、犀川の閉塞点に立つと、その時流れてきた土砂とオリジナルの地表との境が、川岸に露出している。
下の写真、川面から1m位上の割れ目がその境界線だ。



この地点は道の駅のすぐ近く。いまだに国道19号が動くのも当たり前だね。


つぎに向かったのは長峰山、ブラタモリで大塚教授がタモリに扇状地の説明をした場所。残念ながら雨で見通しが悪い。それでも、右側の扇状地が何となく白っぽく、左側の扇状地が少し黒っぽいようなきがする。


長峰山をくだり、次は熊倉の渡しへ。


犀川の左岸をサイクリング中に、この熊倉の辺りだけが、奈良井川や安曇野よりも10m位高く成っていて、不思議に思っていた。多分河岸段丘の残りだろうかと思っていたのだが、河岸段丘ではなく、実はここはフォッサマグナの段丘なのだそうだ。


ここは断層の上だが、地盤も固く、犀川が洪水を起こしても安全なので、耐震性の高い建物なら住むのには良い場所なのだそうだ。
と言う事で、大塚教授の授業を聞きながらバスツアーのできた一日、非常に有意義であった。



ツアーで立ち寄った場所は下記の地図を参照ください。

 



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信州大学の市民教養教室で開催された、「ハザードマップを持って巡る地形と地質」なる催しに5/14㈰参加した。案内役はブラタモリでも有名になった信大の大塚特任教授だ。
あいにくの雨の中、長野道で長野市の地附山へ。
ここは1985年7/20に大規模な地滑りが発生し26人が亡くなられた現場である。



多くの方が無くなったが、そのすぐ後に日航機の墜落でその20倍の方が亡くなったので、あまり記憶に残らなかった事故だった。
地滑りのメカニズムとしては、滑りやすく水を通しにくい粘土層とその上の水を通しやすくやわらかな凝灰岩があり、そこに長梅雨の雨が浸透/溜まって山の斜面を滑り落ちたもの。



これが、原因の一つ、裾花凝灰岩。


そこここにこの凝灰岩の露頭があり、その周辺にはボロボロ崩れる凝灰岩の風化した土がある。


崩れ落ちた現場で見ても、それほど急な傾斜とは思えず、普通のなだらかな山なのだが、条件が整うと、崩れるというより、山の数分の一が一体になって、斜面を流れ落ちるのだそうだ。被害直後の写真には、山の表層とその森林がかなり残っているし、この時、地滑り事前調査の為、現場入していた県職員は流れ落ちる樹木にしがみついて助かったとのこと。


現場は今は公園となっており、さらに地滑りが進まないように、粘土層の下の固い地盤まで数十mの鋼製パイルを打ち込み、


地滑りの原因となる水を抜くように、四方八方に排水トンネルを巡らせて集水タンクに集めて排水しているらしい。


しかし、現場を眺めても、地図を見ても、事前にここが地滑りを起こすとは、専門家には分かっても、にわかタモリには分かんないよね。と言うのが私の感想。

地附山の場所と地形は添付の地図をダブルクリックして拡大してみてください。



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4/22㈯、東京から元同僚をお招きしてのお花見BBQを開催。心配した天気は予想ほどの低温でなく、なんとか屋外でBBQを楽しむことができた。我家の山桜も何とか咲き残り、「お花見」もできたので、ほっと一安心。


翌2/23は塩尻観光と言う事で、まずは奈良井宿へ。


午前中で観光客の少ない内に、宿場一周し、旧中村邸を見学。



リニューアルされた木曽くらしの工芸館に寄って、お宝をゲットしてもらい、


松本歯科大の八重桜の下で軽く一杯やった後、


唐沢そば集落の根橋屋で蕎麦と天ぷらを賞味していただき、


最後に五一ワイン、井筒ワイン、サンサンワイナリーと梯子をして、ワインのテイスティング、


そしてもちろんボトルのお買い上げをしていただいた。



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この所急に暖かくなり、春の兆しを感じられるようになってきた。数日前に買った桃の花の枝、なんとかひな祭りに間に合って半分咲いてくれた。



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山本義隆氏が松本に来て講演すると言うので、2/23㈭、「リニア中央新幹線と原子力発電」を聞いてきた。



山本義隆氏、半世紀前、学内や相模原等で一緒にデモしていた時に比べ、当然のごとく、だいぶ歳を取り、ギョロ目が目立たなくなっていたが、甲高い声は変らずだった。


超優秀な物理学徒だったのに、その道を放棄し、科学技術の階級性を問題視した氏の教えに反し?科学技術への信仰を捨てきれなかった私は、大学を追い出された後、E=mC^2とエネルギー問題を解決するには原子力だと考えて、東芝に入社。福島5,6号の原子炉炉心構造物製造や福島1,3号の原子炉炉内修理に従事したのだったが、原子力業界の現実に打ちのめされて、原子力を捨て、4年後には水力事業に社内転職した。あのまま原子力事業に従事していたら、後悔の念に苛まれただろうが、傷の少ない内に社内転職できてラッキーであったと今になって思う。

しかし、思い起こしてみると、入社していた時に所属していた重機械部は、水力、原子力以外にもウランの遠心分離機(数千台作って事業終了)とか、超電導磁石とかヤバチイ物を作っていたね。リニア中央新幹線のリニアモーターは勿論、最近ではITERの1個300トンの超電導トロイダルコイルを作って出荷しているし、、、、
まあ、技術屋としては世界で初めてとか、世界最大とかの枕言葉が付くと、つい興奮して研究開発に取り組んでしまうのだが、その技術がどのようなインパクトを社会や人間に与えるかをよく考えないとマズイなと思う今日この頃。




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勢いよく閉めた衝撃で、浴室ドアのロックが壊れてしまった。閉のロックをする為のスライドスイッチの爪が折れてしまったのだ。右側の部品には本来は2本の爪状の突起があり、それが左の部品のΦ5mmの穴に嵌まり込む仕組みだ。爪が見事一本折れている。


我家のナンチャッテ手動3DプリンターでΦ4.5mmの棒を作り、


さらに少量のホットメルトグルーを塗り付け、所定位置に押し込んで固定。きちんとスライドして、開閉できるし、もう分解することは無いだろうから、これで良いのだ!
なんとか直った!



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2/10㈮南岸低気圧の接近に伴って、太平洋側に雪が降る上雪となった。我家のベランダでの積雪は27cm。


確かに沢山降ったものの、気温は高め。露地置きの福寿草も満開になったし、


雪除けをしておいたパンジーも満開である。


2/11㈯昼過ぎに雪捨て場を通りかかったら、もうだいぶ融けて地面が覗き始めていた。


明日も気温は高めとの事なので、何とか雪が融けてくれるとありがたい。



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散歩をしていたら小学校にある縄文時代の家屋の周りに人だかり。


所々、まだら模様になってるが、痛んだ屋根に新しい萱を追加して修理する作業を茅葺職人がやっていた。聞いてみると普段は茅葺屋根の葺き替えをやっているのだが、今日は予算が無いので、修理に留めているとのこと。


古代の家ではあるが、使うのは幅の広い打ち込み用木槌?と最新式のバッテリー刈り払い機。


刈り払い機で綺麗に刈り揃えてゆく。


折角の機会なので、普段は開いていない入口から入り、内部の見学も。


寒風の吹き込まない内部は外より数度暖かい感じ。これで、中で火を焚けば、何とか過ごせたのかもしれない。



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連れ合いの確定申告が終わったので、早く私の分も完成させて、一緒に提出せよとのご下命。
思い腰を上げて書類を整えると、何時も出している投資信託の源泉徴収表が無い。10分ほど探し回って、ひょっとして郵送ではなく、ウェブ上かとメールをチェックすると、有りました! よかったよかった、これで全部書類が揃った!

と良い気分で国税庁のページを開き、去年のDataを読み込ませて、進むのだが、配当の記入の所で引っかかる。配当金額の所に、私の受け取った額を記入していたものだから、源泉徴収の金額不一致ではねられていたのだ。それに気づくのに1時間。さらに他の場所でも少し引っかかって、書類捜索から確定申告作成まで1日掛りになってしまった。

我家のスマホは世界標準/SIMロックなしの格安スマホなのでNFC読み取り機能が無い。e-Tax申請は出来ないので印刷して、郵送。

さて、一部良くわからない点を適当に処理したので、申請通り税金が戻って来るか?



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1/17㈫、原村の飾り御柱=おんべが既に片付けられていてショックだったが、続く荒井のおんべも立っていなかった。だがしかし、市民タイムス情報によれば北花見(きたけみ)のオンベはまだあるはずと向かう。


ありました、ありました、まだあって良かった。


稲花の向こうに、霧氷で白くなった東山。空の青、山の白、そして色とりどりの稲花。


交通量の多い交差点に車を置いておけないので、次の横山へ参りましょう。
あら、随分と立派になったね。


去年までは、その辺の立ち木に括り付けられて、みすぼらしい感じだったのが、今年から、きちんと足場パイプで立てる場所を確保して、道祖神の横に立てられている。


西山は雲の中で背景にならないが、東山を背景にもう一枚。


と言う事で、今年の松本平の飾り御柱=おんべの見物も今日で最終日を迎えたのであった。
年々飾り御柱を立てる集落が減ってきているが、できることなら、コロナも日常化しつつあるので、来年こそはそこらじゅうで見られるようになってほしいものだ。

東山山麓の飾り御柱=おんべの所在地を記した地図の載ったブログ記事は下記参照。
地図ダブルクリックでブログ記事へ。



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