マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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企画展安堵のいま・むかし~辻本忠夫氏スケッチ画より~学芸員ギャラリートークin安堵町歴史民俗資料館

2019年10月25日 09時34分46秒 | 民俗を聴く
先月の4月13日に訪れた安堵町歴史民俗資料館。

私にとって第一に関心があるのは企画展の「安堵のいま・むかし~辻本忠夫氏スケッチ画より~」作品展示である。

一か月も経っていたら展示されていた作品がどんなものを描いていたのか、すっかり抜けてしまった。

映像は見るだけでは記憶に残り難い。

例えば画を見てどなたかとワイガヤしていれば記憶に残ることがある。

印象は喋り、聞くことによって頭の中に残像となりやすい。

そう、思うのであるが、残念ながら展示物の一切が撮影禁ズである。

記憶をより残すには、画を見て、そのときの印象を文字で残すしかない。

そう思っていたが、前月のメモ録はほぼ皆無に近い。

館内で配布されていた資料に関連行事として「展示ギャラリー・トーク」スケジュールがあった。

1回目の4月22日はすでに終わっている。

次回は、この日訪れた5月19日。



この日は奈良県立民俗博物館でも同時間帯に国際博物館の日の記念講演会がある。

残念ながら1本に絞らざるを得ない。

菖蒲は咲いていたが、時季は遅かった。

今年の花の咲き具合は例年よりも一週間くらい早い。

そんな情景を見ていたところに三重ナンバーの黄色い軽自動車が資料館の玄関前に停めて一人の女性を降ろした。

軽自動車はバックした。

ガシャンと勢いのある音がした。

チェーンで連鎖していた駐車場留めのチャーンがぶっ飛んでいた。

金属支柱と支柱の間にすっぽり軽自動車の後ろが嵌ってチェーンがぶっ飛んだ。

前を行こうとする車。

おっかな運転で向かいの家の塀に当たりそう。

大声で怒鳴ったが、耳が遠いのかハンドルが逆向き・・。

パニック状態になっているように思える動作。

何度も指南して前方を来た道にむけた途端に走り出した。

おーい、と声をかけても走り去る黄色い軽自動車。

壊したことさえ認知せずに逃げた。

ぶつかった衝撃はあったろう。

ならば、運転席から降りて後方の当たったところを見るのがフツー。

降りもせずに三重に行ったのかどうか、知らないが、同乗してきて降りた女性もただおろおろするだけでなんの詫びもない。

耳が遠いというから説明してあげても、私が何をと思うような顔できょとんとする高齢者。

その場にやってきたその婦人の連れ合いと思われる女性は・・・もうえーかげんにせー、である。

施設は損害を被った。

修繕は直ちにできるものではないが、一応の応急措置的なことは伝えておく。

そんなトラブルがギャラリートーク前にあったことを付記しておく。

そのトラブルに関係する高齢女性もトークの場にいた。

ここへ来た目的はそれにあるらしい。

他にも何人かが来られて合計8人が聴講するギャラリートークはU学芸員の解説。

そつなく綺麗にまとめられて持ち時間の30分間をこなす。

さすがだと思った。

解説は展示順にそった1章から8章まで。

同村の富本憲吉氏(※人間国宝の第一号)と懇意にしていた辻本忠夫氏が描いた展示スケッチ画などを示しながら解説される。

辻本忠夫氏は西安堵が出身地。

生業は農家。

農業作業の合間に住まいする安堵町の情景などを写生・デッサンしていたそうだ。

その枚数はそうとうな量になるらしい。

氏が残したスケッチ画は家族が大切に保管していたから、こうして私たちも拝見できるのは実にありがたいものでご家族に感謝せねばならないと思った。

画帳は大きなものでなくポケットに入るようなB6版ぐらいであろうか。

さっと取り出して濃い鉛筆でデッサンする。

色付けは自宅に戻ってからしていたと考えられる。

安堵町は環濠集落。

富本憲吉家もそうだが、家を外からの攻撃から守る構造。

役目はどうなのかわからなかったが、「からたち」の木があったとスケッチ画に描かれている。

2章は昔の娯楽。

蓄音機、テンチャン遊び、ばいがち合ひ、べったの勝負を描く情景は、子どもたちの服装からおそらく大正時代から昭和初期のころのように思える。

さて、テンチャン遊び・・とは。

いわゆるお手玉のようだが、不思議な呼び名である。

ばいがち合ひ・・とは。

“ばい”遊びをしている情景から、私の年代でも体験のある一般的呼び名のベイゴマ遊び。

私の住む地域ではべいと呼ばずにバイである。

バイするで、と言っていたことを思い出す。

バイはバイガイ(貝)の形とそっくりに作られた鉄製のコマである。

だから、バイと呼ぶ。

順当な呼び名であるが、世間ではべいごまのようなが・・。

べったの勝負とは・・。

大阪生まれの大阪育ちの私らはべったでなくべったんであった。

東京人がメンコと呼んでいたようだが、それは形も違う。

ぺったんでもなくべったんである。

3章は安堵町の一大産地であった梨果実の生産である。

明治時代初年に京都・山城の国から持ち帰った梨の木を植栽して育てたら、地区土壌に合ったのか、豊作、豊年。

当時のマニュアルであろうと思われる「大和梨栽培大要」を展示していた。

梨は甘い。

蜜が濃いから年中に亘る防虫策が難しかった。

そこで辻本忠夫氏が考案した防虫の機械。

大型鉄製の噴霧器である。

原薬の硫酸を撒くときにはレインコートが必要不可欠だった。

かぶっていないと身体が毒されるから危険を伴った防虫だった。

また、新聞紙も防虫に役立ったという。

何故に新聞紙であるのか。

その答えは印刷インキである。

インキ自身が防虫になるということは、どこかの場でも聞いたような気がする。

ただ、インク材は昔と今とでは違っているので、昔は効果があったが、現在は期待できないと思う。

梨の市場は飽波神社の前がそうだった。

個人蔵の出荷帳も展示されているが、そのなかに書いてあるらしい。

梨栽培は戦争激化に伴って、食糧増産の稲作に移った。

栽培していた梨の木は燃料。

木炭自動車が走る時代だったから、その燃料にしたのであろう。

最後の1本を伐採し終わったときに終戦を迎えた。

原木の1本でも残っておれば、復活も可能と思われるが、元の梨栽培畑にはなりようがないほど地域の変容ぶりに無理がある。



映像は資料館内で栽培していた苺の露地もの。

えー実、えー色具合だ。

スケッチ画キャプションに「カブロ取り」がある。

「カブ口取り」の可能性もあるが、一体何であろうか。

当日聴講していた女性が質問されてもわからない詞である。

4章は懐かしの風景。

富雄川ドンドンキャプション。

これもまた何がドンドン。

スケッチ画から流れる川に段差をつけて流れを緩やかにする工夫であろうか。

かつて大和川が蛇行していたと思えるスケッチ画がある。

この章では過去と現在を対比できるように、スケッチ画された場所を最近映像の写真で紹介していた。

蛇行はしばし洪水を引き起こして周辺は地区が水ツキになった。

河川工事した結果は一直線の川。

逆に一挙に流れて王寺の方では、そこらじゅうの川から流れて集中するからときおり冠水することもある。

昨年の秋に発生した冠水は大阪に流れる出口の一極集中型災害であろう。

ちなみにゼンリン地図でも広げてほしい。

川は一直線になったが、地区の境界線は昔と同じ。

川西町吐田の一部住民は現在の大和川北に住むことから大和川に架かる橋を渡って南にある学校に通っていたと、当日聴講されていた地区の校長先生が話していた。

このあたりは水ツキがあったことは大和郡山市の額田部町に住む高齢者が話していたことを思い出した。

護岸工事される前の大和川の土手に萱が自生していたという。

採取した萱は編んで人が滑るお尻に敷いて土手を滑走していたそうだ。

上流の川西町・下永付近でも護岸工事をされた。

コンクリート護岸の隙間から生えてきた萱。

もしかとすれば真菰草かもしれない。

萱と真菰の大きな違いは葉の幅もあるが、見分けがわかりやすいのは根に近い部分の軸。

赤みがあるはず。菰草であれば、6月に行われる地区の伝統行事の「キョウ」に登場するジャジャウマ作りに用いられるはずだが・・。

どうなんだろうか。

地理的には東安堵よりそう遠くない地に大和郡山市の椎木町がある。

ここでは年に一度。

春日大社の若宮おん祭に寄進奉納される菰編みを作っている。

下永と同様に菰は畑で栽培する。

つまり、生息地は川でなく畑であった。

余談なことだが、ふと思い出した。

スケッチ画のキャプションに川堀りがある。

下永ではこれを“ツユハリ”と呼んでいたと解説される。

“ツユハリ”はどちらかといえば集落にある水路の清掃。

田圃に水を入れる水路も含めて地域が管轄する水路であるから清掃をする。

大和川は国交省の管轄。

その場合も“ツユハリ”と呼ぶのだろうか。

ふと、疑問をもった。

ちなみにツユハリは田植え前に行われる村人総出の作業。

旧村のほとんどは5月末の日曜にしているようだ。

小字橋本に建つ「すてんしゃう」道標。

道路改修の折にやや埋没。

見えなくもない「すてんしゃう」の刻印。

思わず“天王寺ステンション“を思い出した。

今では「すてんしょん」なる詞を発したら笑われるかもしれないが、れっきとした明治時代、まだ和訳が広まっていない時代にステーションが訛った表現である。

そのすてんしょん表現は近畿一円。

ところが関東では「すてーしょん」。

東北、北海道に九州になれば「ていしゃば」あるいは「てんしゃば」。

近畿でも伊勢辺りでは「てんしょば」になるからおもしろいものだ。

5章の天理軽便鉄道。

風景画の描き方に密度がでるようになった。

精細で色彩も鮮やかな画もある。

単なるスケッチ画ではなく、じっくり腰を据えて描いたと思われる写生画もある。

法隆寺自動車学校開校や西安堵側・架構橋工事中の名阪国道は時代の変革を切りとったスケッチ画。

状況が刻々と変化する安堵町を記録している。

6章の行事と祭礼。

中でも特筆すべき画がある。

2枚、連続のパノラマ状態で拝見できる野辺送り。

キャプションに丁蝋燭、丁鉦、長播、燈籠、生花、如来様、仝供、伴僧、導師、仝供、長柄、家族がある行列する葬送のスケッチ画。

今ではまったく見ることのない貴重な民俗画。

しかも、野辺送りに箱に収めた融通念仏・如来さんまで送ってくれるというありがたい葬送。

東安堵は融通念仏宗檀家。

これまで六斎念仏講がお盆に忙しく檀家参りに鉦打ちする姿を撮らせていただいたこともある。

ただ、スケッチ画の如来さんについては大阪・平野の本山大念仏寺ではなく、地区お寺にある分仏のようである。

節分の歳越(としこし)晩の父親は枡に盛った大豆を撒きながら「福はうちー 鬼はそとー」と払っていた家の習俗画もある。

そのトシコシを家で体験していたという男性が話してくれた。

学芸員も校長先生も地区で観光案内をしている人も驚きのその男性は辻本忠夫氏の次男さんだった。

今は大阪・八尾の山本に住んでいるが、近鉄山本駅にたまたま目に入ったポスターに、えっと思ったそうだ。

何の画か説明はなかった画風でわかった父親のスケッチ画がポスターにあったから、駅員に頼んでもらったという。

スケッチ画に父親のサインもあったから判明の根拠もあるが、生家で描いていたそうとうな枚数を見ているものだから画風でわかったという。

この日のギャラリートークがあるとはまったく知らずにいたという。

実はこの日に集まりがあった。

その場に兄さんがおられて展示のことを聞いて、兄嫁とともに足を運んだそうだ。

子供のころの生活体験を生々しく話してくださる辻本忠夫氏の次男さんの出会いに感謝である。

ところでそのポスター。

なんでも奈良県立民俗博物館に寄贈しているようだ。

父親は梨栽培もしていた。

生産、出荷に忙しい毎日。

出荷に運んだ先は大阪・堺。

木の車の大八車に載せて運んだ。

夜中に安堵町を出発して堺で下ろしたら、一目散に戻って安堵町でまた荷出しをする。

王寺町にある低い峠を越えて再び堺へ。

片道だけでも30kmもある安堵町-堺間。

自動車で運搬してもそうとうな時間がかかる。

昔の人は偉かったと思う。

次男さんは昭和14年生まれ。

現役バリバリにさまざまな活動をしてはるそうだ。

ちなみに天理軽便鉄道安堵駅のスケッチ画である。

背景の山々の状況から法隆寺向こうにある山であろうとか教えてくださる校長先生。

駅舎は時代によって建物に変化があったそうだ。

話題を展示作品の6章に戻そう。

今では見られない飽波神社の秋祭りの情景がある。

馬が何頭かいる画のタイトルは競馬(くらべうま)である。



いつころに廃れたのか存知しないが、奈良県内で今でも競馬の行事をしている地域はない。

あれば、貴重な行事になるのだが・・・。

ちなみに8章にお米ができるまでの一枚に刈りぬけがある。

キャプションに稲の収穫に赤飯を炊いた。

その赤飯を椀に盛って箕にのせる。

そこに稲刈りに用いた鎌を供えている画である。

今では見ることのない安堵町農家の習俗は、鎌に感謝する鎌納めのカリヌケ儀式であるが、大和郡山市の田中町で取材したことがある。

神社行事の際にたまたま話題になったカリヌケは今でもしていると話してくださって取材させてもらった貴重な一枚である。

もう一枚もお米の生産。

節目に行っていた一つにさなぶりがあった。

田植え終わりの農日の祝日。

植えた苗に餅を供えて一日休みとキャプションがあった。

学芸員トークは予定の30分間で終えたが、次男さんの体験談とか地域の歴史風土に詳しい校長先生や観光案内の女性の話題提供もあって盛り上がった。

実に有意義な時間を過ごせたことに感謝申しあげる。

回顧話題に思い出した写真集がある。

東京・樹林社発刊の『なつかしきあの日、あの時 大和高田市・御所市・香芝市・葛城市・上牧町・王寺町・広陵町・河合町編』。

本日トークのU学芸員も執筆者の一人に名前を連ねていた。

実は、私も樹林社のお世話になったことがある。

ひょんな出会いからコラム執筆をすることになった『大和郡山・天理今昔写真集』。

掲載写真の鑑定もお願いされた写真集であるが、私自身が撮った写真はない。

(H30. 5.19 SB932SH影)


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