Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

果タシテ・・・

2004-12-15 23:41:13 | days
あっという間に前回の書き込みから相当な日にちが経ち、
今年もほんの僅かとなりました。

幕張出張後にひいた風邪が長くて、
今週のはじめまで咳がとれませんでした。
現在の体調は、One Foot In The 完調の領域 という感じ。
こんな長い風邪も久しぶりでした。肺がぜぇぜぇと鳴動するのです。

さて、残された2004年期間をどう使えるのでしょう。
以前書いた、“果たしたいこと”を成就するのは厳しい状況になりました。
なにやってんですか、と、以前のバイト連中だったら言うでしょう。

ドラクエ8やってました。
睡眠時間をけずっても眠くならないくらい熱中してやってしまいました。
風邪が長引いた一因をも、たぶん担っていると思われます。
ゲームをする時間は、きっと去年の5倍くらいになっているかもしれません。
一昨年の20倍くらいになっているかもしれません。

たまにかくと、こう近況報告のようになってしまいます。
蓄積されたものを出力したいのだと思います。いろいろな形で、いろいろな方法で。
入力したものを多面体に加工して、多面体を多角的に出力していく。
一面的に言えば、そうも言えます。
HAASという写真家が、レンズの焦点をぼかして、その状態でもっともバランスの良い場面を見つけてから
焦点をあわせていくと良い写真がとれる、というようなことを言ったそうです。
方方ブラウズしていてそんなページを読んだのです。
これも、脳の入力と出力に対するメタファーになり得る言葉だと思います。
入力にも、蓄積にも、出力にも、いろんな取捨選択があって、それがいわゆる個性なのかなぁなんて思います。
それぞれの論理に基づいた取捨選択もあれば、論理を超えた取捨選択もあるわけで。
美意識からの取捨選択もあれば、私利私欲からの取捨選択もありましょう。
そしてそれらをかき集めると矛盾だらけだなんてのがまた個性でしょうか。
別々の人間の遺伝子を引き継いだ個人なんだから、矛盾があって当然って気がします。
どうやろうが、どうなろうが、全て人間の範疇内。この範疇の捉え方が、個々の、
あるいは大小のグループでの社会に対する共有幻想によって狭められ、形作られるんじゃないでしょうか。
共有する幻想の源が、言葉だと思います。特に、文体でしょうか。

ま、とにかくです、話がそれました。
果たせるのか果たせないのか、それが問題です。

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