写真はエル・グレコ美術館の外観。美術館というより、私邸を開放したという雰囲気だ。
【エル・グレコ美術館(Museo del Greco)】
トレドのトラベルガイドに必ず登場するエル・グレコ(1541-1614)。彼が描いた対岸からみたトレドの景色は、今も変わらないと言われます。トレド・トレイン・ビジョンの時に、このブログでアップした、あの景色です。
エル・グレコは「ギリシャ人」という意味のイタリア語にスペイン語の定冠詞「エル」がついたあだ名です。本人は絵にサインを入れる時はギリシャ文字で本名ドメニコス・テオトコプーロスと入れていました。ヴェネチア領クレタ島に生まれ、後半生をトレドで暮らしました。
エル・グレコの絵は、一度、見るとけっして忘れることができないインパクトがあります。気迫でしょうか? 傑作と呼び声の高い絵ほど、その傾向が強いのです。白が浮き出た皮膚の感じと、人やものが縦長に伸びて、溶けているような不思議な絵。見つづけていると、荘厳な精神性が流れ込んでくる感覚があるのですが、一見したときの正直な感想は「少女まんがっぽい」でした。
手足が長く、小顔でほっそりとした人物群、中心キャラが立つように配された独特な構図、よくみると目にはキラキラの星だって描かれています。
縦長に伸びたぐにーん感は動きを動きのまま、とらえようとした工夫のように思えてきます。彼の絵の発する独創的空間には、詩的寓意がたっぷりとつまっているよう。鬼気迫る感じで怖い。
もし、自分がこの画家に肖像画を頼んでこんな絵が渡されたら、悩むなあと、ありもしない妄想が膨らんできました。じっさいに教会が彼に宗教画を発注し、出来上がった絵の受け取りを拒否したり、破格の値下げ交渉をして、応じざるをえない状況にエル・グレコが立たされたり、といったことがあったようです。
そのような独特の人物画に比べると、風景画はじつに精密で、彼の力量の確かさがわかります。
エル・グレコの大作はマドリードのプラド美術館やトレドのサント・トメ教会が有名ですが、この美術館は彼の絵と至近で向き合うには適した空間だと感じました。
もともとエル・グレコが住んでいた地区の廃墟を1906年にベガ・インクラン侯爵が購入して修復し、彼が生きたころの調度類を並べ、海外に流出しかけていたエル・グレコの作品を私財を投じて買い集め、1912年に公開したのが始まりの美術館。別名「エル・グレコの家」とも呼ばれていますが、前述のとおり、本当の家ではなく、その近くに住んでいただろう、という場所です。
いまは国営ですが、そもそもがスペインのパラドールの祖をつくるなど、スペインツーリズムの礎を築いた侯爵が手掛けた美術館。氏のなみなみならぬ情熱のなせる業か、驚くほど素直にエル・グレコの絵に向き合うことができました。
(つづく)